久保勇貴のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
宇宙工学を研究している人って、エッセイも堅苦しく難しいんでしょ?と思っていました。でも、それは私の偏見であったと思い知らされました。久保さん、Twitterでフォローさせていただいていて、あれだけツイートを読んでいたのに、ごめんなさい。
久保さんの日常や、過去の体験。その中に、宇宙工学のお話が織り混ぜられています。正しくは宇宙工学の中に…なのですが、そんな堅苦しさはありません。でも、一章読み終えると、小さく知識を得られたり、心が動かされたりします。
理系の人は…と書くと、また偏見になりますが、文体はエッセイ。こんなにフラットに、こんなにも久保さんのことを書いてもいいの?と思ってしまいます。でも、その中心は、宇宙。
とても不思議な気分で読み終えて、2巡目の旅に出るところです。
JAXAの人って、お堅いんでしょ?そう思っておられるかた。将来宇宙工学をやってみたいなと思うかた。最近の若い研究者って、どんな生態なんだろう?と思われたかた。広くいろんな人に読んでいただきたいなと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ東京大学で宇宙工学を研究されている方のエッセイ。
専門知識と日常生活の結びつきが面白く、勉強になる言葉も多い。
著者のふわふわとした雰囲気が伝わる文章。
以下、印象に残った章と感想。
「お布団が好き、で、トレミーの定理」
コロナ緊急事態宣言の中、「守る」を意識する。
そこから派生し、元々世界は危険だったのでは?と考える。
宇宙、宇宙服をはじめ、人間を守るために考えられたさまざまな要素に溢れている。
著者の幼少期。自分という存在を守るためのアレコレ。何かを我慢したり、必死になったり。
好き、好きじゃないの間の感情で揺れ動く心。
「宇宙の旅行、十字の祈り」
2021年、民間人の宇宙旅行が多く行われた劇的な年。とても挑戦的で希望的なことだけど、忘れてはいけない、忘れられない過去もある。
良い悪いと共に、深い思考が求められる。 -
Posted by ブクログ
1993年生まれの著者は、
東大で宇宙工学研究して宇宙飛行士目指していて、
今はJAXA宇宙科学研究所の研究員をされているそうです。
学生のときに書いてきた文章をもとに、本にしたエッセイ。
文字にすること、文章を書くのが好きみたいですね。
文字は光子だ、っていうのは、
最近読んでいる思想と重なる部分がありました。
コロナの時もかぶっていたりするのかな、
テレワークでロケットの打ち上げのシミュレーションとかしてるらしい。
だから自分の部屋、ワンルームの部屋から、宇宙につながっている、
ロマンもあり、夢があり、
そして冒険心の裏にある、
おそろしいことのリストアップはリアルで共感できました。
重量リソースの配分、有限な資源をどう配分するか問題、トレードオフ、の話もまたリアルで。
なんだかすべてつながっているなー、
そして、表現することも勇気だなーと。 -
Posted by ブクログ
「宇宙」って子どもの頃は何となく本だったり、学校の授業だったりで接したことがあったけど、大人になるにつれて考えることをやめてしまったもの。でもそれを仕事にしている人がいて、そして同世代の人だった。それだけで1歩分だけ身近に思えた。
宇宙ってそんな遠い世界の話じゃないんだな、と思えた。というか、今自分が存在している(と思っている)"地球"こそ宇宙の一部にすぎなくて、目の前のもの全てが当たり前のように存在しているけど、不思議で、いつ壊れてもおかしくない不安定な空間なのかも、と思うとちょっとだけ怖くなった。
自分が生きている間に宇宙の全てが解明されることはないけど、宇宙について考えることを止めないというバトンを、人類として繋いでいくことは素敵だな。 -
Posted by ブクログ
『いろいろな説があったようだけれど、自分たちの住む世界が中心であるということに関しては、世界中誰も疑うことがなかったらしい。たぶん、生まれた時ってそうなんだろう。誰もが、自分こそがこの世界の中心であるということを疑わない。きっと、僕もそうだったんだろう。だからこそ、死は途方もなくおそろしいことだった。僕は世界の中心ではなくて、僕が死んでもそんなことには関係なく世界は回り続ける。こんなにも僕の命はかけがえがなくて、なのに、世界にとってはほとんど何の価値もない』―『ワンルームから宇宙をのぞく』
最近の男性ヴォーカルの歌うJ-Popsの歌詞に出て来るような言葉が、時として冗長なくらいに並ぶ。巷に溢れるブログに吐き出される言葉の洪水とよく似たそれらの言葉は、やはりJ-Pops同様に時々哲学的な響きを帯びる。移動しながら耳から聴き取るそんな歌詞の言葉が立ち上げる思考と感情の混合体にも似た文章。きっと最近のJ-Popsを好んで聴く人々にとって、ある意味アンビバレントな言葉はもやもやとした感情に対する一時的な鎮静作用があるのだろう。だから敢えて言うけれど、このエッセイもそんな風に読み流してしまうことも出来る。そして、≪何もかも不条理な世の中で、それでも僕らは生きてゆく、誰にも気付かれなくても、僕は僕の立ち位置をきっと見つけられる≫ と、そんな風に読み換えてしまえばそれきり。多分きっと、著者の言いたいことの根っこにある感情は、例えばOfficial髭男dism(誰もヒゲを生やしていないけど)とかが歌にしている筈だから、それを聴いて少しばかりデトックスしたような気分に浸ることだって出来る筈。でも著者の久保勇貴は書かずにはいられない。それは、もやもやに対する鎮静剤が欲しいからじゃなくて、もやもやの向こう側にあるもっと大きな問題に視線がつい向いてしまうからなんだろう。その大きな問題とは、社会であり、世間であり、だけどきっとカントが考えたように最終的には「自分」という存在の問題。答えを求める道筋は、だから当然、哲学的になってゆく。
科学エッセイ、と紹介されている本書だけれど、例えばスティーヴン・ホーキング博士の「ホーキング、宇宙を語る」のような一冊ではないし、カール・セーガン博士の「コスモス」のような映像作品が意図した科学的啓蒙を本書が訴えている訳でもない。著者のエッセイはもっと個人的な世界(何しろ著者にはワンルームが世界の中心なのだ)のからくりを、誰に宛てるともなく(それがブログというものでしょう?)書き連ねたもの。共感できる(いいね、を押したくなる)文章もあるけれど、科学エッセイと言われると、ちょっとね。
コンピュータでシミュレーションをするようなプログラムを書いていると、キーボードから送り出された命令通り、時に思った通り、時に思いもよらなかった風に、コンピュータが実行して結果を返してくる。自分もプログラムと随分付き合ってきたけれど、キーボードから打った文字が何かを動かす時に感じる「全能感」のようなものって確かにある。魔法の呪文を唱えたみたいな感覚。MS-DOSの時代からパーソナル・コンピュータを使っているせいか、プロンプトからコマンドを実行する方がマウスをクリックするより好きなのだけれど、それはその「全能感」が味わえるというのも理由なんだろうと自己分析する。けれど、その感覚は「天動説」的な世界観とも容易に繋がる。それをまた人口に膾炙した「承認欲求」って言葉でラベリングしてしまうのは少し乱暴だけれど、発想のコペルニクス的転換が、やっぱりどこかで必要になるのじゃないかな、と年寄りは思う。
でもこういう文章を書きたい気持ちはとてもよく解る。だから福岡伸一先生や山崎直子さんが何故推薦するのかも理屈じゃなく理解できるような気もする。自分も昔そんな文章を書いてたこともあるし、今だってこんな読書感想文を書き散らしているのだし。でも、しつこいけれど、これは科学エッセイというよりは、科学者がどんなことを考えているかをナイーヴに綴ったというエッセイだろうね。ちょっと比較の対象としては大袈裟だけれども、例えば、ファインマン先生の自伝的エッセイ(「ご冗談でしょう、ファインマンさん」)とか、寺田寅彦の随筆(「柿の種」など)とか、みたいな? どちらかと言えば寅彦寄りか。それともそれはやっぱり言い過ぎか。もし自分がポップを作るなら「世間で言うところのオタクな研究者に特に響く、J-Pops的エッセイ」という感じで書くかも知れない。 -
Posted by ブクログ
地球に生まれた時点で僕達は常に守られ生きている。もしこのままポーンとたったの誤差で宇宙に投げ出されたら危険でしかない。地球は吐く二酸化炭素は植物がせっせと酸素にしてくれ、大気圏によって気温は暑すぎず寒すぎず、有象無象に飛び交う隕石を燃やしてくれ、水は常に新鮮に循環されているこの当たり前に、常に守られている。
奇跡としかいえない地球、宇宙からしたら針先で突いた青の点しか言えない場所に生まれてここにいる事自体が奇跡なのに、自分のいるこのワンルームもはや布団から1歩先に出ようものなら、病気になったり、お金がなくて途方にくれたり、計算では結果がでない人間関係に悩む事もある、こんなに守られている地球でさえも自分より外は危険しかない。
そんなワンルームからパソコンでポチポチ宇宙工学を計算しているJAXAの一人の青年のエッセイ。
エッセイ、というより哲学。いや、ポエムな一面もあるのがやはり宇宙はロマンチックなものだからかな?という印象。哲学者の永井メイさんの本の中でこの1冊があったので手にとってみたのだが、宇宙工学を身近に感じたことがないから壮大な頭の賢い人達の話だと思っていたが、日常の事が多く語られる事で身近に感じ、そのおかげで改めて宇宙ってそういやずっと頭上にあるものだったなぁという気づきがあった。宇宙らしてみれば地球なんてほんとにちっっっちゃい存在でしかないのに、そんな中でも戦争やイザコザがあるなんて、常に大気圏から守られてる存在の人間のくせになぜそうも浅はかなのかと、達観した気持ちになれた。結局はそう、宇宙のたった一部の事なんだから平和である事でいいシンプルの事だと私の残りの人生も真っ当に生きていたいとおもった。 -
Posted by ブクログ
宇宙と地球とコロナ禍の世の中をワンルームからのぞいてみた、率直で真っ直ぐなエッセイ
著者は宇宙工学にかかわる研究員。宇宙工学と聞いただけで難しそうと脳が拒絶するが、この本はあくまで著者の感じたことを率直に、ときにユーモラスに綴られたエッセイ。
世の中良いことばかりじゃないし、他人に攻撃的な人、自分を守るために他人を蔑ろにする人も沢山いる。他人の目が気になって気持ちとは反対の行動をしてしまう自分にも、他人に優しくできない自分にもイライラすることもある。
そんな心の裡を飾らずに綴られており、その弱さや憤りに共感することで自分の弱さや苦しさが少しだけ許された気持ちになりました。
人の弱さや醜さも柔らかく受け止め、星の光くらいささやかに、優しく前に進む勇気を与えてくれる、そんな一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレうーん……「面白い」という感じではなかったかもしれません。アラサーの青年(?)の等身大の思いというか、考えや悩みが書かれていて、それが別につまらないというわけではなく、あまり共感する感じではなかったというか……世代の違いなのかもしれません。
私は穂村弘さんのエッセイが特に好きなのですが、穂村弘さんのエッセイを読んだときに感じる面白さみたいなものをあまり感じませんでした。なんだろう……穂村弘さんのエッセイは奇をてらったような文学的な文章はないのに、言い回しというか表現がとても面白いのですが、この著者のエッセイでは文学的な描写が多々あり、感性が豊かなのだろうなと思う反面、なんだか独自の世界に閉じこもっている感じがして壁を感じたのかも……? そうした距離を感じたままだったので、共感する気持ちよさとか面白さみたいなものを感じられなかったのかも。うーん……世代の違いというのであれば、穂村弘さんともだいぶ世代が違うのですが……私にはめちゃくちゃ面白いんですよねぇ……穂村弘さんのエッセイはどれもこれも(ほぼハズレなしと言っていいほどに)。なぜなのでしょう……