特掃隊長のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
遺体痕処理から不用品撤去・遺品処理・ゴミ屋敷清掃・消臭・消毒・害虫駆除を行う「特殊清掃」。そんな特殊清掃を生業としている男性のブログをまとめたのがこの本だ。
自殺や病死など、死に至る原因は様々だけれど、発見されるまでに時間がかかる孤独死では、現場が凄惨なものになる。そこを清掃するのだから、まさしく汚仕事(おしごと)。
離れて暮らしていた息子が引きこもりになり、そのまま病気で孤独死をした。その父親が部屋の清掃を依頼。特掃隊長と共に、死体痕を自ら清掃した父親の愛情。
昔、世話になった知人が孤独死。苦しいときに助けてくれた“真友”への恩返しにと、特掃隊長に依頼する前にあらかたの清掃をしていた男性。
年老いて体の自由が利かなくなってきた。先も長くないだろう。「住み慣れた部屋でポックリ逝きたい」と生前契約をする老人。
死に関わる仕事について書かれているのだけれど、生と死は表裏一体。人は必ず死を迎えるし、それは今日かもしれないし、明日かもしれない。そんないつ訪れるかしれない死を心にとめて、今生きている“生”をどう生きるか?を考えさせられる。 -
購入済み
凄く…
考えさせられました。
こんな事書くのは、失礼かもしれないけど…
最初は、軽い興味本位で、読ませてもらいました。
でも、夢中で読み終えました。
(自分のこれからの人生を考えなきゃいけないなぁ。)
と、思わせてもらいました。
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Posted by ブクログ
本書は、特殊清掃を行う「特掃隊長」と呼ばれる男性のブログ「特殊清掃・戦う男たち」を書籍化したものです。『ニンゲンは死ねば腐るだけや』この言葉が意味する現実を突きつけられる内容が次から次へと登場します。
本書は人気ブログ『特殊清掃「戦う男たち」』の書籍化したものだそうで、僕も本書を読み終えた後でサラリとではありますがブログのほうを確認しました。筆者は大学を卒業後、この特殊清掃の仕事に就き、肩書きはヒューマンケア株式会社ライフケア事業部所属であるそうで、1992年から遺体処置・湯灌納棺・遺体搬送・遺品処理・ゴミ処分・特殊清掃・消臭消毒・害虫駆除業務の現場を踏み、現在は特殊清掃部門を担当されているのだそうです。
「人間は死ねば腐るだけや」
そう嘯いて自らの人生を思うままに駆け抜けていったのは白洲次郎と彼の父親でありますが、実際に人が死んで腐っていくとどのような結果になるかということが本書の中に詳細に記されていて、遺された遺族や現場を清掃、復旧している彼らのことを考えるとなんともいえないものがあります。ここに登場する孤独死した人間と、病院であれ自宅であれ、家族に看取られてという形でも、『ひとりで逝く』ということは変わらないわけでありますが、『その後』というのは大きく違ってくるかと思われます。
自らもかつて札幌で過ごした最期の1年が本当にここに出てくる人たちのような『最期』を遂げていた可能性があり、また将来もそうなってしまうことが否定できないことが、心のどこかにいつもあるがゆえに、本書をてにとって読んだのかもしれません。やりたいことをやって生きている人間で『末路哀れは覚悟の上やで』というのは常に頭の片隅にあることなのでしょう。
話がだいぶ外れました。筆者が踏んでいる現場というのは過酷そのもので、家の中を覆いつくさんばかりに積み上がったごみの山だったり、人型にくっきりと床や壁に痕跡を残した『生の証』を徹底的に掃除し(処理しきれない場合が大半で全面改装になる)遺族と共に逝ってしまった人間を思い、涙する…。ここに記されているのは本当にあけすけもない現実でありました。もともとがブログを下敷きにしているので、さらりと読むことができますが、内容は本当に重いです。 -
Posted by ブクログ
決して上手な文章ではないと思う。矛盾したことも書いているし、ときにキザな言い方だなとも思う。だけど、普通の人では体験できないことに日常的に接しているからこそ、惹きこまれる本だった。
冒頭にこう書いてある。「私は、今まで、幾人もの死を体感し、幾人もの生を垣間見てきた。目に見えるものを片付ける中で、目に見えないものをたくさん目の当たりにしてきた。すべての儚さを思い知らされつつも、死痕を消して生跡を刻み、死を生に転化させてきた」。非日常的なことの連続の中で、目に見えるものはもちろんのこと、目に見えないけど、確かにそこにあるものを実感できるのだと思う。それは、故人の人生という営みの足跡であり、そこに刻まれた想念なのだろう。
『続・悩む力』だったろうか。姜尚中がこんなことを言っていた。現代は成長し続けるという神話が支配している時代。死を遠ざけたことで生をも遠ざけた時代。そして、いつのまにか変容し、逸脱してしまった資本主義が支配する時代だと。
だからこそ、著者の特掃隊長は、いま目の前にあることを一生懸命にやろうという。「今日が変われば、明日が変わる。明日が変われば、明後日が変わる。一日一日が変われば、人生が変わる」。死を遠ざけるのではなく、死を身近に感じるからこそ、いまの瞬間を走り抜けるというパサージュが生まれるのだ。