秋元康隆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「倫理とはいかにして我々が幸福に値するようになるべきかの説教」
社会人になった今、共感や学びが多かった。
倫理の時間をもっと主体的に受ければよかったなあと後悔。
友人関係、家族関係、仕事での人との関わり方という切り口がなされているのも感覚として分かりやすく、入門書としてとても良いと思う。
「非利己的かどうか」という道徳的な観点を
行動の判断軸とすべき事を学べたことが今の私にとって最も大きかった。
メモ
・道徳性と自身の幸福は究極的に一致する
・義務が問題となる場合には幸福を考慮すべきではない
・あなたの存在自体が有用な人間であるかどうかに関わらず無条件に尊い
・ある行為について、多くの困難を克服したのであればあるほど、行為の功績は増大し、他方で、行為の自由が制限されていたのであればあるほど、責任の度合いはそれだけ減少する。
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Posted by ブクログ
今、日本国と日本人にかけているものがあるとすれば、真っ先に上げるべきは倫理であると言える。日本人にはどうも近代における倫理がインストールされていないようだ。成田悠輔なる人物の言動がよく表している。彼のように著しく倫理に悖る人間が公共で発言し、且つ政府委員として公共政策に関わるなど、彼個人が倫理に悖るだけでなく、日本国の社会全体が倫理を欠いている。
これは本著の中でも取り上げられているが、日本の学校教育の中で、倫理についての教育が成されていないことが非常に大きい。「道徳」と名のついた教化はあるが、実際には愛国教育(それも間違った形の)であり、倫理は教えていないのである。これでは日本人には倫理はインストールされない。
ただ、遅くはないので、まずは本書を手に取って近代的な倫理とは何であるのかを理解することから始めるのが良いのではないか。また中学、高校生ぐらいのお子さんをお持ちのかたは、本書をもとにお子さんと倫理について話し合われることをおすすめしたい。 -
Posted by ブクログ
カント倫理学を主軸にして、現代においてホットな、さまざまな倫理学と結びつけて考察されている。
なので、カントの倫理学が実際どういうことを言っているのかという、大まかな輪郭は実践的な形式で理解できたのでよかった。
著者の秋元さん、なんて道徳意識が強いんだと思った。やはり他分野でこれだけの議論をまとめられるぐらいなので、著者自身の倫理性が高くないと、アンテナを張ってられないんだろう。さすがに意識高過ぎないか、倫理を掲げて言い過ぎじゃないのかと思うところもあったが、若輩者として見習いたいと思うところもあった。
特に臓器移植問題や反出生主義など医療倫理のところと、外国人に日本語が話せない前提で話しかけるな、というところは個人的にインパクトがあった。 -
Posted by ブクログ
●カントの倫理学について、悩みや疑問に答える形で、その理論を解説した本。
●本書で挙げている悩みや疑問に対して、適切なカントの理論を用いているのか少し違和感を覚えた。と思っていたら、著者自身がそこに自覚を持っていて、一般的にイメージされる「浮世離れした、何の役にも立たないカント倫理学」とは対照的に、「私たちに生きる上での指針を与えてくれるカント倫理学」を伝えることが主眼にあったからこその違和感だったようだ。実際のところ、挙げている悩みの答えとは的外れだと思うカント倫理学の紹介もあるが、全体としてカント倫理学を生きる指針として役立てるプロセスは紹介できていると感じた。 -
Posted by ブクログ
カント倫理学の根本的な立場を明確にしたうえで、その考えかたにもとづいて、現代の応用倫理学でとりあげられるさまざまなテーマに対してどのようにこたえることができるのかという問題について考察をおこなっている本です。あつかわれている応用倫理学上のテーマは、「ビジネス倫理」「道徳教育」「生殖・医療倫理」「環境倫理」「AI倫理」「差別に関わる倫理」の六つです。
カント倫理学において重要とされる定言命法についての解説をおこなったあと、著者は「道徳法則とは、それぞれの人のなかでのみ存在しうるのであり、その人のうちにしか存在しえない道徳法則がその人にとって誤りであるということはありえない」と主張します。
このことは、カントの義務論の根底をかたちづくっており、純粋実践理性の自律というカント特有の考えかたの証左とみなすことができますが、他方でカント倫理学を応用することのむずかしさにも通じているように思います。このことは、現実との媒介につねに目を向けていたヘーゲルの社会思想と比較すれば明瞭です。じっさい本書でも、こうしたカントの根本的な立場へと何度も立ち返ってその立脚点の揺るぎなさが印象づけられる一方で、やはりカント倫理学は融通が利かないという感想をもつ読者もいるのではないかと感じます。
なお著者は「おわりに」で倫理学研究者に向けて、研究内容がわれわれの生きかたにかかわる以上、そのことを社会に向けてわかりやすく伝えていくことが求められるのではないかという主張がなされています。本書のなかでも、著者が学んだカント倫理学が著者自身の生きかたにどのように反映されているのかということが語られており、それじたいが倫理学という学問のありかたに対するひとつの考えかたを示しているように思います。 -
Posted by ブクログ
ドイツでカントを学んだ日本人によるカント倫理学を思考の材料として、現在の倫理的な問題について、ブログのように、著者の考えをのべたもの
著者も言っているように、カント倫理学を正確に解説しているわけではない
集英社新書であるためか、 索引がないのは非常に残念
いくつかの考えさせられる記述はあるが著者の事実認識 に誤りがあり、 主張が論理的ではなく、根拠が示されていないことが多い
一例として、
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国としては国民に子供を産んで欲しいはずなのですが、にもかかわらずこれまで 子供手当以外ほとんど 政策らしい政策を行ってきませんでした
←出産一時金、出産手当、産休、育休 その間も 最大 1年半近く、全く働かずに給料の67%が支払われるなど社会保障がある
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カントが用いる Freiheitとは自分の好き勝手に振る舞うことではない。そういった行為は自分の感情に流されてしまっているという意味でむしろ不自由である。
本来の自由とはそのような感性的欲求に屈することなく、理性的に自分自身をコントロールすること。自分自身を律する営みをカントは自立Autonomieと呼びます。
道徳的善は自律であり、自立が道徳的善なのです。
教育の究極的な使命とは自律した行動を取れる人間を育てることなのです 反対に自分の感性的欲求に流されてるような状態、また、実際に他人の意見などに流されているような状態は他律Heteronomieと呼ばれます
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国公立大学では 哲学科はポストや 研究費が削減される対象となっていました。当時からそういったニュースが流れるたびに哲学科の教員たちは政治家や役人などは何もわかっていないバカな奴らだなどと罵っていました。
しかし私はそういったことを聞くたびにそれは違うのではないかと感じていました。
というのも 倫理学の価値がわからない門外漢が悪いのではなく、その価値を彼らに伝えられていないもっと言えば そもそも伝えようとすらしてこなかった側に責任の大半があるから あるはずだからです
224
私は 倫理学者というものは 社会から距離を置いて浮世離れした問題にばかり取り組むのではなく、現実に人々が抱え苦しんでいる問題を取り上げ、風穴を開けるような存在であるべきだと考えています。その試みが結実するかどうか分かりません。しかし少なくとも私はそういった意志だけは持ち続けていたいと思っています