アーシュラ K ル グィンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
共産主義社会を思わせる世界の荒涼とした惑星アナレスと、現代の資本主義社会や地球環境をほとんど写したかのような惑星ウラス。
この二つの惑星を舞台に、アナレス出身の科学者、主人公シェヴェックという個人の人生と社会、人々との関わりを重厚なスケールで描いた一冊。この本そのものが膨大な思考実験であり、なおかつ一人の男の物語としても一級品で読みごたえ抜群。
所有せざる人々の住むアナレスと、所有主義者(プロバタリアン)の住むウラス。
アナレスに生まれたシェヴェックがウラスに出発するに至るまでと、ウラスに到着後の人生が交互に描かれていくが、どちらの惑星でも個人というよりも社会そのものがシェヴェックに苦難の道を歩ませる。爽快感のある小説ではない。SFであってどこか他の惑星の物語なのに、ひたすら現実の重さみたいなのがふりかかってくる。
作品の基礎となっているだろう思想部分にはまったく自分の知識がないのだけど、確かにこれはいろいろと語ることができる内容らしい。
後半、ある惑星から来た人物の描写を皮切りに、第三の視点がはさまれ、シェヴェックの意志の強烈さが輝く場面が個人的ハイライト。
解説の作者の言葉を読むまで、本作がユートピアについて語っていたことに気づかなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレジョン・レノンが『イマジン』の歌詞の三番で「少し難しいかもしれないが想像してほしい」と歌った"所有のない世界”を実現した惑星アナレスから、資本主義と社会主義が対立しながらも美しい繁栄を謳歌する惑星ウラスに降り立った孤独な物理学者の物語。
無政府主義を現実のものとしたアナレスでも、最後の障害は「人々の慣習にすがる態度」だった、というのが衝撃的だった。
しかし、ほんの小さな希望が、長い、長い旅を終えて、アナレスに帰還する宇宙船の中、遠く離れた、古い歴史を持つ恒星系セインから来たひとりの下士官によってもたらされる。
彼は命の危険があり、二度と戻ることができないかもしれないアナレスへの同行を願い出たのだ。
シェヴェックはかすかな皮肉かあきらめを込めて、
「良かった。われわれの特権を享受したがる人間はあまりいないからね!」
と言ったが、ハイン人は即座にこう答える。
「おそらく、あなたがお考えになっているより大勢いると思いますよ」
ハインは、すでに何百万年もの歴史を有し、その間にはアナーキズムも共産主義も、あらゆることを試してきた人々。しかし、その下士官は言う。
「しかし、わたしはまだ試みていません」
だから、アナレスが見たいのだと。
以下、印象に残ったシェヴェックの演説。引用メモの字数を超えていたので、こちらにメモ。
P436「われわれを結束させるものは、われわれの苦悩であります。愛ではありません。愛は心に従うことなく、追いつめられると憎しみに転ずることがあります。われわれを結ぶ絆は選択を越えたところにある。(中略)与えていないものを人からもらうことはできません。だから、あなたがたはあなたがた自身を人に与えなくてはなりません。<革命>を買い取ることはできません。<革命>を作ることもできません。あなたがたにできる唯一のことは、あなたがたが<革命>になることです。それはあなたがたの魂の中に存在します。それ以外のどこにもありません。」
それから、アナレスのアナーキズムはオドーという女性の思想に基づいているが、シェヴェックがその女性の墓をウラスで訪ねたシーン。その墓に刻まれた言葉がまたいい。
「真の旅は、帰還である」 -
ネタバレ 購入済み
氷の惑星と両性種族。
銀河連合的な組織に所属する地球人が、使者となって極寒の辺境惑星(冬=ゲセン)へ訪れ、艱難辛苦を経て(冬)の連合入りを成立させる話。
中世ヨーロッパ的な国カルハイドと共産圏的なオルゴレインの二大勢力があり、知り合ったカルハイド人の親友(両性具有種族で政治家)とカルハイドを追われ、オルゴレインでも独り収容所送りとなる。しかし、親友エストラーベンの救出作戦で脱出。
南極に似た土地を二ヶ月逃避行して、再びカルハイドの王を訪れ、翻心させるまでのストーリー。
氷原の旅の終わりにエストラーベンは逃走中射殺されるが(ある意味自殺)、連合使者としての任務は成功し、エピローグで友の父と息子に日記を届ける流れは、ただただ切ない。
ちなみに、悪役は政治的に失脚するので宇宙戦争系では無く、主人公が両性具有者と恋人となるような展開も無い。(発情期に危うくはなるが、結局我慢するので)
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Posted by ブクログ
ネタバレ政府をもたず、国境もない
オドー主義というアナーキーな思想を持つ
コミニュタリアンの星、アナレスと
資本主義的で、男尊女卑の文化を取りながらも
繁栄をするウルスという
双子星を舞台に、
人間の真の幸福とはなにかを問う作品。
資本主義と社会主義のメタファー。
アナレスでも、結局は人の目を気にする、
周りの人間からの暗黙のルールのような
しがらみに縛られたりする。
主人公はアナレスからウルスに行き、
資本主義の世界を経験する。
ラストはアナレスに帰って来る。
手ぶらで帰って来るラストが印象的だった。
時系列は分かりにくいし、文章も独特で
読みづらい。
しかし内容は素晴らしい。
読書に慣れた人間が読むべき1冊。 -
Posted by ブクログ
2018年に亡くなってしまったSF、ファンタジーの女王アーシュラ・K・ル=グウィンが1969年に発表したハイニッシュ・ユニバースに連なる作品の一つ。
ジェンダーを持たない種族が住む惑星《冬》のカルハイド王国と、その隣国オルゴレインに宇宙連合エクーメンの使者であり人間である主人公が外交官として訪れるというもの。
それもあってフェミニズムSFの代名詞的作品とも言われている。
1969年の作品でありながら、今読んでも古びてない強度がある。それは世界観構築が細かいところにも行き渡っていることと、ハイニッシュ・ユニバースによって世界が時代を超えて広がっていることも多きい。
そして性の規範に囚われない種族との、恋愛とは違うが、ある種の繋がりのようなものが描かれていることも価値観の多様性が広がる現代でも古びない理由でもあると感じる。
全然関係ない話だが、闇の左手というタイトルを聞くと、二元論的な意味も合わせて『狩人の夜』のロバート・ミッチャムのL-O-V-Eの右手とH-A-T-Eの左手を思い出してしまう。 -
Posted by ブクログ
最初はなかなか慣れず、アナレスとウラスのセクションの時間軸が今ひとつわからなかった。最後まで到達してようやく理解でき、読み終わった直後にもう一度読み直した。
『闇の左手』にも記載したが、そもそもル=グィンのハイニッシュシリーズはSFというジャンルなのだろうか。
確かに異星の物語で近未来という意味ではSFだが、文化や人に焦点が当てられていることを考えると、異星というのはただの舞台に過ぎないように感じる。
ル・グィンの素晴らしい点は、やはりその精密な世界構築だ。描く世界の文化や気質、時には歴史など、説得力のある世界を描く。今回は一般に資本主義の象徴のように語られるウラスと、共産主義のアナレスという2つの世界だ。
もちろんフィクションなので、これら2つの世界はある意味極端で、それをもとに現実の世界を語ることはできない。思考実験的な要素もあるのかな、と思う。
ただ、どちらの世界にも理想と現実があり完全ではない描写は、物事を二元論で語りがちな私達には少し立ち止まって考えさせるきっかけになるのではないだろうか。
描かれるアナレスとウラスは、ハイニッシュ・ユニバースの中では比較的文化的発展途上にあるようだ。作中にはおそらく地球であるテラという星が登場するが、テラは若干発展しているようで(西暦2300年らしいが、地球人はあと300年でここまで成熟できるだろうか?)、むしろアナレスとウラスに現在の地球の世界を投影してしまう。ナショナリズム的思想が強くなっている現在はなおさらだ。
さて、主人公シェヴェックはアナレスとウラスの両世界を知ることによって、本当の、そしてこの世界で唯一のアナーキストになったわけだが、彼はこれからどう世界に影響を及ぼすのだろうか。
改めて作品だが、異なる時間軸の2つの世界を交互に描くという手法は、もしかしたら読者に混乱をもたらすかもしれない(少なくとも私は混乱した)が、最後にここに到達するのか、という種明かし的効果があり、クライマックスを盛り上げる方法としては素晴らしいと思う。なるほど、と頷くラストだ。
主人公は、私には少々偏屈な人物に思え感情移入は難しいが、ウラスに向かう、あるいはウラスで貧困層を探しに出かけるためには必要なキャラクターだったのだろう。
とても素晴らしい作品だとは思うが、若干私には難しく心を動かすまでには至らなかったので、私的には★4。
私にもう少し賢さがあれば★5だったかも。