重信房子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
重信房子(1945年~)は、高校卒業後、会社員として働きながら明大文学部の夜学に通い、そこで共産主義者同盟赤軍派に加わり、1971年に奥平剛士とともにパレスチナに渡って、国際義勇兵としてPFLP(パレスチナ解放人民戦線)に参加した。1972年に奥平、安田安之、岡本幸三がテルアビブ空港乱射事件(「リッダ闘争」、イスラエル当局との銃撃戦で26人が死亡)を起こし、更に、1974年に組織名称を「日本赤軍」とし、その最高幹部として、1980年代にかけて世界各地での武装闘争に関与した。その後、国際手配を受けながら逃亡を続け、2000年に潜伏先の大阪府で逮捕された(2001年に日本赤軍の解散を表明)が、20年の刑期を終えて、2022年5月に出所した。尚、1970年のよど号ハイジャック事件は共産主義者同盟赤軍派、1971年以降の山岳ベース事件やあさま山荘事件は連合赤軍が、それぞれ起こした事件である。
著者はこれまでにも、『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』(2001年)、『日本赤軍私史』(2009年)、『革命の季節 パレスチナの戦場から』(2012年)などを執筆しているが、本書は、リッダ闘争から50年を経て、同闘争に関する記録を中心に、著者の半生を振り返ったものである。(私は他の著書を読んでいないので、どれくらい重複があるかはわからない)
私は、1980年代に大学生活を送り、いわゆる学生運動的なもの、世界における社会主義的な運動やベトナム反戦運動等を、リアルタイムでは知らない世代なのだが、本書を読んでまず感じるのは、当時のこうした運動に対する熱量である。その熱量の故に引き起こされた多くの痛ましい事件については、もちろん肯定できるはずもないのだが(熱量以前に人として許されない事件は論外)、気に掛かるのは、根底にある世界の問題・矛盾の多くは今も解決されていない(どころか、酷くなっている)にもかかわらず、我々が、熱量だけではなく、そうした問題に対する関心を失ってしまったように見えることである。
私は、「世界の(問題の)縮図」をこの目で見るべく、暫く前にエルサレムとヨルダン川西岸にプライベートで1週間滞在したことがあるのだが、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻に世界の目が注がれている今この時も、パレスチナは著者が解放運動に参加していた当時と変わらずに、イスラエルからの圧力を受けつつ存在しているのである。また、(経済)格差と貧困、宗教間の対立、専制政治、難民問題、気候・環境問題等々、世界には猶予の無い問題が山積しており、それらを如何にして解決していくのか、我々は自分事として考えなくてはならないのだ。(だから世界革命が必要であるなどと言いたいわけではない。念のため)
また、PFLPのスポークスマンだったガッサン・カナファーニ氏(1972年に自動車に仕掛けられた爆弾で爆殺された)は、現代アラビア語文学の代表的作家の一人で、私はしばらく前に代表作『太陽の男たち/ハイファに戻って』を読んでいるのだが、本文中に繰り返し登場し、また、表紙の写真に著者と一緒に写っているのには少々驚いた。
一人の革命家(見る角度を変えれば、テロリストであるが)が何を考え、どのように行動し、それをどう振り返っているのかを綴った稀有な記録として、一読の意味はあるものと思う。
(2022年6月了) -
Posted by ブクログ
先に『ただいまリハビリ中 ガザ虐殺を怒る日々』を読んだが、何も問題なし。こちらは若き重信房子がブント赤軍派の国際根拠地論でパレスチナに飛びアラブ赤軍、日本赤軍と名称を変えながらあのリッダ闘争に至るまでとその後のソ連東欧の社会主義国家の衰退、さらにロシアのウクライナ侵攻までの歴史(もう歴史と言ってもいいだろう)について筆者の考えや自己批判、総括的なまとめになっている。日本赤軍がハイジャックや大使館占拠などの軍事作戦を行なっていたのは70年代半ばからで、ちょうど自分の大学時代と重なる。そういえば別館の壁に世界革命、PFLPなどの文字が赤ペンキで書き殴ってあった。
日本赤軍は解散し、今は1人の人間としてさまざまな考察を行なっている。なるほどと共感するところもあれば、うーん、それはちょっと違うんちゃうか、そういう総括されると過去の活動家の立場が無いやんけなどと呟きながら読んでいった。しかしリッダ闘争の歴史的意義をアラブに於いていまだに高く評価されているのは正直嬉しい。そして占領され自由を踏み躙られている人々の抵抗運動を「テロ」とレッテル貼りをして思考停止させるアメリカの新自由主義者たちのダブスタは今も世界のあちこちで批判されてはいるもののしぶとく延命している。ここにはトランプのイラン侵攻については何も書いて無いが、そうなるだろうという予想をしているのに驚いた。毀誉褒貶の激しい人だが、お父さんは実に立派な人だったなと痛感した。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ重信房子氏は日本赤軍
の元最高幹部。
昨年、刑期満了で出所
されています。
本書は重信氏が獄中で
詠んだ歌が収められて
ます。
数々の事件を首謀して
国際指名手配されてた
重信氏。
暴力にうったえるテロ
は撲滅してかなければ
ですが、
その背景にある社会の
歪に光をあてて、
弱者の声に耳を傾ける
ことも必要だなと。
真なる民主主義という
理想を掲げて、
若き日を闘争に捧げた
重信氏。
その目に現在のこの国
はどう映るのか・・・
以下、活動期に想いを
馳せた歌を幾つか抜粋
─
『本当の想いを告げたらいつのまにか夏雲のように去りゆきし君』
『銃口にジャスミンの花無雑作に挿して岩場を歩きゆく君』
『戦場のハンモックに寝てみあげれば満天の星手に触れるごとし』
『灌木に君寄りかかり少しずつ祖国追われし日を語りたり』
『ぬばたまの闇かきよせる掌の中で火を隠し喫う戦場のタバコ』
『上弦の月に照門照星を合わせて静かに指令をまちぬ』
『投降の呼びかけのビラ降る街で老婆がひとりひなたぼっこする』
『友の死を「見捨てたわけではないのだから」号泣する君の肩をゆさぶる』
『体液がどっと一気に流れ出す君の死知った五月の夜よ』 -
Posted by ブクログ
彼女はかつて「ダッカ闘争」や「リッダ闘争」で世界を震撼させた日本赤軍のリーダー、といえばお分かりいただける方もいらっしゃると思います。彼女が娘である重信メイとのことを獄中で書いた手記です。
この間、日本赤軍のリーダー、重信房子とその娘である重信メイの本を読んでいた。僕が重信房子について覚えていることは日本赤軍のリーダーとして数々の闘争を繰り広げていたことと、大阪で逮捕されて、周りを警官に囲まれながらも手錠をかけられた両手を高々と上げて
「勝利! 勝利!」
と叫んでいる映像だった。衝撃的な映像だった。いったい彼女は何に「勝利」したのか?皆目見当のつかなかった私には彼女の姿がずっと心に引っかかっていて、その数年のち、当時予備校で講師をしていた(現在は国際ジャーナリスト)彼女の娘である重信メイのことを知った。
本を読んで知ったのだが、28歳で訪日するまで彼女には「国籍」というものがなかったそうだ。理由は重信房子の娘だとわかると暗殺される可能性があったので、アジトを転々とすることを余儀なくされ、アラブ社会の中で生きていくが自分のアイデンティティーについて少なからず悩むところがあったそうだそして大阪で重信房子が捕まり、娘のメイは足しげく獄中にいる母の元に通ったそうである。母、房子は面会で自分の話はほとんどせずに彼女の日本での生活ばかり心配するという。
「親思う、心に勝る 親心」
である。
日本赤軍のリーダーとして、数々の闘争(欧米社会ではテロ事件とみなされているが)を遂行した母、重信房子と幼くして苦難の道を歩んだ娘、重信メイ。互いが書いた本を読み比べてみると同じ出来事でも母の立場から書かれたものと、娘の立場から書かれているものを、自分の中で比べてみるのが面白かった。
たとえば、彼女は幼いころから身の安全のために転校に転校を重ねた。メイは自著で
「せっかく仲良くなった友達と別れるのが何よりもつらかった。」
と書き、房子は闘争の日々でもいつも彼女のことを心のどこかにおいている。あぁ、こういう母娘の形もあるのか、と私は思わずにはいられなかった。重信メイは言う。
「私は重信房子の娘であることを心から誇りに思っている」と。 -
Posted by ブクログ
何のための闘争か
日本赤軍のリーダー格である著者が、娘へ向けたパレスチナの地での回想録。
学生運動から発生した彼女らのグループは日本に革命を起こすため、
世界に拠点を立地することを目論んだ。
だが、既存国での失敗から、生まれつつある国での活動を計画した。
それが、パレスチナである。
私は中東の彼此をイスラエル側からの情報メインで受け取っていた。
さらに、日本赤軍への先入観と併せ持って読み進めていった。
最初は彼女の話に共感し辛く、所々脈絡がなかったりと、いい印象はなかった。
しかし、多少誇張されてるだろうとは言え、彼女らがアラブ社会でのトラブルメーカーという印象は薄くなった。
(彼女らと関わる日本を意識して、もてなされていたのかもしれないけど)
ただ、イスラエルへの批判は一方的なように感じた。
ユダヤ人の、それこそパレスチナの比ではない、迫害の歴史と規模を考えると、
一概に侵略者として非難することは出来ないんじゃなかろうか。
それを背景としてちゃんと言及してほしかった。
それがないと、自分で見た現実だけを鵜呑みにして都合よく解釈しているようにしか見えない。
まぁ、イスラエルが現代にあのような手段をとるのも非難されうるとは思うけど。
嫌が応にも異国では日本を背負ってしまう。
彼女が彼の地で行った意味は何だったんだろうか。