所用でベトナムに関わる機会があり、歴史を学びたいと思って手に取った本。戦争でアメリカにも中国にも負けなかった国。日本に働きに来てやたらと多いグエンさん。フランス領インドシナ。フォーやアオザイ。そんなイメージ。そのイメージを敷衍してくれるのが本書。
18世紀なかば、インドをめぐるイギリスとの争い(カーナティック戦争)に敗れたフランスは、東アジアへの進出でもシンガポールを中国との貿易の拠点としたイギリスに後れをとっていた。アヘン戦争後の1844年、中国の港で貿易をする権利を得たフランスは、インドシナ半島東部に目をつけ、中国との貿易の拠点にしようと考えた。
1848年にはフランス二月革命が起こり、同年12月にルイ・ナポレオンが大統領に。1852年、彼は皇帝ナポレオン3世となって帝政を復活させると、1858年にはスペイン人宣教師が殺害された事件を口実に、スペインとともにベトナムへ軍を派遣しまし、1862年に結ばれた第一次サイゴン条約で、ベトナム南部の東部3省を直轄植民地にし、1867年には西部3省も併合する。
ベトミンとは、ベトナム独立同盟の略称で、ホーチミンの提唱によりインドシナ共産党第八回中央委員会で創立をきめた民族統一戦線のこと。
そのベトミンの活動によりフランスを追い詰めると、フランスは、アメリカに本格的な支援を求める。このとき、実行はされなかったもののアメリカ側では原爆を投下する案まで出ていたらしい。
1954年ベトミン軍は多数の犠牲を出しながらも要塞を攻略し、同年5月、ついにフランス軍は降伏(ディエンビエンフーの戦い)。フランスはベトナムの支配をあきらめ、インドシナ戦争は終結に向かう。
しかし、ディエンビエンフーには勝利したが、「国家」は未完成。完全な独立は得られず、ジュネーブ協定により北緯17度線で暫定分断。2年以内に全国選挙で統一する予定も選挙は行われず。ホーチミン率いる北側は、南側とアメリカが民族統一を妨害しているとして戦争へ。
北側を支援したのは中国だったが、アメリカを退けた後、影響力を行使しようとした中国との間にも中越戦争(1979)を起こし、耐え切った。随分とタフな国だ。
戦争を肯定はしないが、日本が忘れてしまった気概を思い出すためにもベトナムに学ぶべき所があると思う。