〈カワイイ〉をキーワードにラファティ作品20作を収録した短篇集。
前半は『町かどの穴』のほうが好みの作品が多いかなと思っていたのだが、後半は「とどろき平」以降ぜんぶ好きだと言っても過言じゃない。「うちの町内」、荒俣宏の傑作アンソロジー『魔法のお店』に収録されてたのか!あのなかでは薄味なので覚えていなかったけど、もう随分前にラファティに出会っていたんだなぁ。以下、気に入った作品の感想。
◆「ファニーフィンガーズ」
ヘパイストスをモチーフに、製鉄という魔術が使える長命者の父娘と、ただの人間な母、娘の恋人のトンチンカンだけど切ないすれ違いを描く。「町かどの穴」もそうだけど、お母さんキャラがある意味で異種族よりも素っ頓狂で面白い。でもお父さんお母さんがなんとか夫婦やってるんだから、主人公たちもやろうと思えばどうにかなるんじゃないのかな。あとこの作品に限らずラファティのネーミングセンスが好き。ファニーフィンガーズはモチーフに直結してて尚且つ可愛いし、ミントグリーンとかグレイストーンとかハウスゴーストとかもいいよなぁ。
◆「七日間の恐怖」
超能力キッズもの。子ども主役の作品はそれほど刺さらなかったなかで、これは短篇アニメのようなオチがお洒落。
◆「せまい谷」
頓知の効いた民話風ファンタジー。狭い土地に実は広大な空間が隠されているという壺中天的な話なんだけど、それ自体のワンダーより不動産を守るための魔法という妙に現実的でビジネスライクなところにスポットを当てているのが面白い。でも民話って庶民の知恵を下の世代に受け継ぐためのものだから、経済的なことガンガン話すんだよね。自分に不利なルールに従わない反骨精神と、それを隠して周到な言い訳を用意しておく狡賢さ。アイルランドとアメリカ南部というラファティのルーツを色濃く感じる一作。
◆「とどろき平」
いやーーーーもうこれ大好き!!!!! フラン・オブライエンの『スウィム・トゥ・バーズにて』をギュギュッと絞って気の利いたカクテルにしちゃったみたいな、ダンセイニの〈ジョーキンズ・シリーズ〉を全部ミックスしたのをおたまにひと掬いしてだされたみたいな。"すぐそばに異星人、タイムトラベラー、〈先行者〉がいるかもしれない"はラファティの重要テーマだけど、この短篇に至ってはもはや地球は宇宙を彷徨う輩たちがうじゃうじゃ集うパーティ会場と化し、忘れているだけで登場人物たちはみなどこか遠い彼方から地球へやってきた者たちであり、読者にもウインクしながら「忘れてませんか?」と語りかける。精神性ではタルホのイズムも感じることができる。酒場で語られる与太話がひたすらずっと面白いだけ、という語りの力も強いよなぁ。
◆「公明にして正大」
魔法と不動産の民話その2。あっけらかんとしたファム・ファタル。計画を全部喋ってくれるので憎めない悪役。古城の設定とかタイルの下にいる海の魔物とか、物語空間のディテールが楽しい。鶏の血をくれる女は魔女じゃないのか、その辺にコメットじじいや万能類人猿がいるんだから役所の受付に魔女がいるくらいはデフォルトなのか。
◆「昔には帰れない」
子ども時代によく遊んだ〈月〉の思い出と、中年を過ぎてからの再訪。要するに同窓会の話で、月はタイムカプセルのようなものなのだが、月が偽物だったのでも消えるのでもなく現存している上でしっかり幻滅するという面白さ。ノスタルジックな農村がただの過疎村に見えたとしても、月を月たらしめる魔法は続いているのだが、薄まることなく存続している魔法はもはや自然法則と変わらずつまらないものなんだろうか。
◆「浜辺にて」
人のかたちをトレースする貝と徐々に同化していく少年。市川春子の読切みたい。極小の蟹の描写が気持ち悪い。「注釈蟹」っていうのは活字のサイズのことかなぁ。円環が閉じるラストが美しい。
◆「一期一宴」
吉田健一の「海坊主」ってこんな話じゃなかったっけ。
◆「みにくい海」
この話は男の心が〈ファム・ファタル〉を生みだす構造を描いていると思う。憎まれ口を叩いて男をブンブン振り回す女の子が蠱惑的で可愛いわけだが、家庭に入って愛情深い子だと分かった途端に海に強く惹かれだすのがサイテーで、でも普遍的な感情なのだと思う。意外に家庭的な女だったことが問題なのではなくて、幻想が現実になると永遠に幻想であり続ける場所=海に逃げていく男の話というか。あるいは永久に自分を見返してこないで、見ることだけを享受できる場所、かな。デイジー・ジョンソンの「アホウドリの迷信」はこれの女性視点みたいな話。
◆「スロー・チューズデー・ナイト」
人類の思考効率が飛躍的に上がった結果、経済活動が8時間サイクルでめまぐるしい盛衰を見せる未来世界。朝型人間、昼型人間、夜型人間、という常套句をサクッと料理して、SF短篇一丁上がり!って感じが恰好良い。ジャズエイジのモダニズム文学を皮肉ったようでもある。でもこの未来人、寿命は今と同じだとしたら辛いな。
◆「九百人のお祖母さん」
これ好きだな〜〜〜。ビジュアルを想像するとしっかり怖いんだけど、おばあちゃんたちと一緒に笑えもする。無限におばあちゃんが増殖するコズミック・ホラーってなんなんだ。でも"全てが生まれた瞬間を知るおじいちゃん"はいないということで、それは男性にとってはホラーなのかも。どうしてもアジア系のおばあちゃんでイメージしてしまうし、無数の日本人形が祀られてる寺を連想してしまう。名前によって人格を作り変える話と、指で潰せるほど小さいものに畏敬の念を感じられるか否かの話を繋げているのもグッときた。
◆「寿限無、寿限無」
これは邦題が素晴らしいなぁ。天使たちの賭けとランダムにタイプライターを打ち続ける猿、銀河系が生まれて滅ぶまでの永くてあっという間の時間。ダンセイニの『ペガーナの神々』を軽いタッチのコントに書き直したような素敵な小品で、このまま演劇にできそう。