エリナー・ポーターのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
児童向けの本だけど、内容は大人にも通ずるものについて書かれていた。大人にも通ずると言うより、大人になってからこそ改めてふれたい話かもしれない。
生きていく上で避けられない辛いことや悲しいことに対して、物事の本質を理解したうえで、明るい面に焦点を当てるということを自然にやってのける少女ポリアンナの姿には、目を見張るものがある。
人生を虹のように鮮やかに色付けるのは、出来事そのものではなく、自分自身の物事の捉え方や考え方である。
そしてポリアンナのような、人を疑わず心から愛する素直さ・純粋さや、ひたむきな明るさは周囲の人をもしあわせな気持ちにさせる。
大人になるにつれて、忘れてしまいそうな幼少期のまっすぐな思いを再び思い出させてくれた。
子どもは勿論だけど、大人にもぜひ読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
大感涙!!!
お話をちゃんと知っているので期待を込めて読みましたが、期待以上です!!!
通勤電車で鼻水たらして泣いてしまった。
下手な自己啓発本よりもずっとずっとこちらの方がココロに響きます。
闇に住んでいる時は、幸せを大いに語られても全く響きません。ほんの少し、ほんのり明かりが差し込む隙があったことに気づかせることが必要でしょう。そこは既に闇ではない。
あぁ、ポリアンナ! あぁ、ポリアンナ!です(笑)
そして、年齢が近づいてしまったせいか、ポリーおばさんにすごく感動。
少し自分に重なったりします..
この本に感動できる心があって、私は「よかった♪」。
ステキな本をありがとう。
ココロの教科書です。
たくさんの人に読んでもらいたい!!!
続編を読むのが楽しみ!
(H21.11 図)
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返却前に今一度再読。
3週間以内に2回読んでも泣けちゃった。
これは手に入れないと。 -
Posted by ブクログ
あまり期待せず手に取ったら…あらまあ、面白いではありませんか(少女小説の翻訳調)。
ポリアンナといえば、遠い昔にハウス食品のアニメにあった、やたらポジティブな人だよなあ、とは思っていた。
昔の翻訳だと名前がパレアナだったりするし、変な名前だなあとだけ思った。
いざ読み始めると、作中でも変な名前扱いだったので笑ってしまった。
ポリーとアンナの名前を足したものだそう。
この時代に流行り、日本で家庭小説、少女小説と呼ばれたジャンルの作品群とは共通点が多い。 あしながおじさん、赤毛のアン、小公女セーラのように、孤児の少女が新生活をはじめること、言語能力によって新しい環境でムーブメントを起こし、幸せになっていくこと。
(そういえば成績が優秀であることもこの共通点のひとつで、ポリアンナにも控えめながらそういう表現はあった。その割には慣用句を知らないし、そこが彼女の面白さでもあるけど)
他の作品群との差異としては、
主人公が割と低年齢(11歳)であること。
まだティーンエイジャーですらない。
斎藤美奈子の『挑発する少女小説』にもポリアンナは出番無し。
この作品群ではやや軽めの扱いなのだろう。
それも訳者あとがきにあるとおり、ポリアンナが素直すぎ、天然すぎ、いわゆる才気活発キャラではないから、だろうし、それは同時に低年齢だから(少なくとも主人公には)ロマンス色がないから、かもしれない。
ただ、理屈ぽくない、そこが読みやすさでもあると思えた。
一方で、ポリアンナといえばコレというイメージが強い、幸せ探しのゲームは思っていたよりは複雑だった。そこは大人になってからこの本を読めて良かったと思う。
他者との比較にもなりやすく、他人を見下す危険にも繋がり、そこも難しい塩梅だ。
そして、ポリアンナの強すぎるポジティブシンキングはただのヤバいひとにも見えなくもないが、そこには彼女の生い立ちや父親との思い出が大きく関わっており、なんだか思ったよりは重たいものでもあった。
でもまあ、本人はいたって能天気で、そこが読む人には救いでもある。
軽めの読み味に、ややミステリ要素もあり、なかなか上手な作品だなあと思いきや、後半には重めの事件が勃発。
ポジティブシンキングが及ばないほど事態が重くなったとき、彼女はどうするのか。
そこへ周囲から助けの手が散らばり、なんやかんやあって、事態は好転し、ポジティブシンキングを取り戻していく。
うーん、暗いまま終わって、ポジティブシンキングをどうするのか、というテーマを貫いても良かった気がするが、そこはまあ、小さい子も読むエンタメだし仕方ないかな。
英米ではポリアンナという単語には、お気楽な人という意味すらあるそうで。
とにかく、意外と個性があって面白かったな、という感想です。
それと矛盾するようだけど、ストーリーは軽めで読みやすい。
『物言う少女小説』、ほどではない少女小説という作品。
続編もあるらしい。
いつか読めるといいなあ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ名字のない、ただのデイヴィッドはバイオリンで語る。
父親を亡くしたデイヴィッドは、ホリー夫妻に引き取られる。日々の仕事よりも自然の美しさに心を震わせてバイオリンを弾く。デイヴィッドをおかしな子だと思っていた村の人々も、だんだんとデイヴィッドの考えに一目置くようになる。喜びも悲しみもバイオリンに歌わせるデイヴィッド、彼の秘密とは——。
同じ作者であり「独特な子が常識的な周囲の人たちをほぐしていく」「過去に不幸なすれ違いから別れたままの恋人たちがいる」「初めはその子に戸惑っていた周囲もだんだんと感化される」「その子が倒れたときは村中が心配する」という要素がポリアンナと共通。ポリアンナよりも独特のペースであることは否めないが。ラストで一気に時が進むハッピーエンドなのも、スッキリしてよいかもしれない。
デイヴィッドが、ホリー夫妻のために財産を投げ出そうとしたところ、その金貨で彼が音楽を学べるところに行くという夢をどれだけ大切にしていたか語られていたために、デイヴィッドの決心がとても心に残った。その後、後悔はしないものの夢破れたことに沈むデイヴィッドの葛藤にも。だから最後にデイヴィッドの気持ちを知ったシミアン・ホリーのセリフは重たかったし、心に残るラストシーンとなった。
「必要なやっかいごと」に取り掛かっている「かがやいていない時間」をかがやかせるための夢。それを失って病の床につくデイヴィッド。自分は自分の時間をかがやかせているだろうか。自然の美しさに気がついているだろうか。デイヴィッドから学ぶことがたくさんあった。 -
Posted by ブクログ
約100年前の児童書である。
最近の児童書やYAは社会を反映して、離婚や虐待や貧困や発達障害、LGBTQなどが描かれることが多いが、昔の児童書ってこうだったなあ、と思う。
ひねくれた子どもだったのでアニメの『ポリアンナ物語』が嫌いで、そのせいでこの作者にも興味がなかったのだが、いやいや、なかなか良かった。
主人公のデイヴィッドは無垢な少年である。
ハイジやセドリック(『小公子』)もこういうキャラだった。所謂大人が評価するお利口な子どもではなく、本当に邪気がなく、天衣無縫で、やさしく、明るい。こんな子どもは本当はいないのである。いないのではあるが、いたらきっとこんな風に世界は良くなるな、と思わせてくれる。
父と二人きりで山の上の小屋で暮らしていたデイヴィッドはヴァイオリンの(作曲、即興演奏もできる、というか即興を最も得意とする)天才で、ヴァイオリンだけでなくラテン語もフランス語もドイツ語も父から教えてもらい、自然を心から愛し、美しいものだけに囲まれて暮らしてきた。
しかし、父は自分が余命いくばくもないことを悟り、息子を連れて山を下りる。そして途中で死んでしまう。少年はヴァイオリンしか持たず、名前もデイヴィッドとしかわからない。親切な農家の夫婦に引き取られるが、農家の仕事は上手くやれないし、教会に行ったこともないのでキリスト教徒としてのふるまい方も身についていない。
しかし彼のやさしさ、自然を見つめる目、そして音楽が、頑なだったり、利己的だったり、希望をなくしたりしている周りの人々を変えていく。
これほどの奇跡を起こすなら、普通の子供では無理。
こういう風に書くと、全く絵空事、と思う人もいるだとうが、ディテールがきちんとしてきるので、すごく心に響く。
これは私がすっかり汚れちまった大人だからかもしれない。
子どもだったら、デイヴィッドのあまりのいい子ぶりに反感を抱いたかもしれない。
しかし、今は、こういう本にも価値があると思う。こういう世界がたとえ現実にはなくても、読んでいる間だけでもこういう世界にいられることが幸せ。
何度か涙が出た。
伏線はすべて回収され、デイヴィッドの出自の謎も解け、完全なハッピーエンド。
一種の貴種流離譚であり、そこも子どもは好きだと思う。(ハリー・ポッターしかり。)
読めるかどうかは子ども次第だが、現代の子どもにも、意外と面白いだろう。
しかし一番楽しめるのは俗世間に疲れ切った大人かもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレいつも心に愛のゲームを。
孤児のポリアンナは独身のおばさんに引き取られる。気難しいおばさんと暮らすポリアンナは、亡き父から教わった「ゲーム」を村に広め、周囲を変えて行くのであった。
小さい頃読んだけれど、正直に言って嫌いな話だった。どんな辛い状況でも喜ぶなんてできない、そんないい子の話なんて楽しくなかった。
しかし、大人になって再読すると「なんでもうれしがるゲーム」に対して印象が変わる。子どもの頃に感じたのは、いい子でいることを推奨する圧力への違和感や拒絶だった。この「ゲーム」は自分から参加するものだ。押し付けられた「ゲーム」では、真に幸せにはなれないだろう。
毎日を変えていくのは、自分の心がけ次第。ポリアンナは、自分らしく生きていこうとする少女なのだ。義務だけでなく、やりたいことをしたいと主張し、自分の見つけた問題を解決しようと、働きかけていく。ポリアンナは、魔法の力を持っているわけでも、自由になる大金を持っているわけでもない。だから、周囲を巻き込まざるをえない。その中でトラブルも起きる。でも、動かないと変わらない。だから、前向きになんでもうれしがる。とても今風の生き方だ。コロナ禍の今だからこそ、余計に心に響くのかもしれない。
しかも、そんなポリアンナですら、嬉しがれないことがある。もう二度と歩けないかもと知ってしまった時、ポリアンナはさすがに嬉しいと思えない。ゲームの発端となった松葉杖のエピソードが自分に降りかかってくる。うれしがるゲームには限界があった。ラストでポリアンナは再び歩けることの幸せを語る。一時期歩けなかったから、歩けることの喜びを感じる、と。ハッピーエンドのはずが、なんだかもやっとする。
他人と比べて、自分の方が○○できるから幸せだ、というのは危険な発想だ。ポリアンナのゲームには、この危険を孕んでいる。障がい者に対する気持ちの持ち方は、決して「かわいそう」ではない。当時は「かわいそう」「歩ける自分に感謝」でよかったのだろう。この本を読んで、今は考えないといけない。自分の境遇を「なんでもうれしがる」こと自体は悪くない。でも考える必要がある。今の時代に合った「ゲーム」のやり方を。 -
Posted by ブクログ
無印ポリアンナを昨年読んだ感想は、え、けっこう面白い!だった。
良い子ちゃん一辺倒なストーリーでもないし、なんなら幸せ探しゲームはけっこう際どいものであることをたびたび描いてみせる。
それでも天真爛漫で天然少女ポリアンナはハッピーエンドを迎え、もろもろにも上手く決着がついていた。
続編があるのは訳者の後書で知っていたけど、今後この人たちはどうなるんだろう。と気になっていた。
そんなわけで続編にも手を出してみた。
けっこう長いのにビックリしたけど、作者はお話が上手いよなあ、自然な反応だなあと思っているうちに読み終えてしまった。
前半はボストン編。
生活格差を目の当たりにしてドン引きのポリアンナ。
そう、親切では追いつかない社会の問題があるのです。
社会主義にもちょっと触れている。
この路線をもっと掘っても面白い話になりそうよ。
後半はタイトル通りの青春編。
ジミーの正体…それは全読者が気づいていたけど、恋愛の結果は、はあん、そういうかんじかあ、と思った。シェイクスピア喜劇みたい。
18才のポリアンナは、あのまんまに成長していたけど、さすがになんでも素直にストレートに口に出すのは相手を不快にしうることをちゃんと学んでいてよかった。
しかしさ、あの、ポリーおばさんの金欠問題はどうなったんデスカ?
ポリアンナが小説書いてお金を得るのか、あの家の一部人を人に貸してホテル業をやるのか、ペンドルトン家の財産で賄えるってか。
未亡人になった女の人が経済的に苦境にたちやすい時代、ポリアンナは、あらゆるトラブルはわりとお金が解決すること、その前にまず社会構造の歪みがあることに、もっともっと切り込んでもいいのだよと思いました。
ジョン・ペンドルトン氏が何度もいい味を出している。
美人じゃない、というポリアンナ。
そうじゃないよ、と周りの男性陣が強く伝えている。私も同意だ。
ポリアンナという稀有なひとの、その魅力を嫌味なく描き出す作者の筆力が素晴らしい。
アーサー王ネタも出てきて有難うの気持ち。
どのキャラクターにも強さ弱さがあって、美化しないけど読む側にストレスも少ない作りになっていて、読みながら上手いなあと何度も感心した。 -
Posted by ブクログ
『少女ポリアンナ』の続編。原題は『POLLYANNA GROWS UP』。
前半はポリアンナ in ボストン。コモンウェルス街とかボストン公立公園の描写が素敵でボストンはいつか行ってみたい。
「あたしは、公園にいられて、それ以外にすることがなかったら、どんなにいいかと思うわ。」
後半は6年後、ポリアンナ20歳。
みんながみんな自分の好きな人は別の人が好きと勘違いしているあたり、ほとんどラブコメディ。エリナー・ポーターは恋愛小説も書いていたそうなのですが、いろいろ無理やりハッピーエンド。
貧富の差や若い女性の労働問題などが出てくるのは当時の社会情勢によるものでしょうか。
後半も含めて『喜ぶゲーム』の限界というか、ゲームでは解決できない問題も提示されています。
ポリーおばさんの言う「もっと悪いことがあるかもしれない(それよりは私は幸せ)、という考え方は気に入らない」と言うのも真理。というか、ポリーおばさんも幸せにしてあげて。
「美人じゃないって?」
「あるわけないわ。鏡を見ればわかるじゃないの。」
「ねえ、ポリアンナ、きみは自分がしゃべっているときの顔を、鏡で見たことがあるかい?」
以下、引用。
68
「ああ、カルーおばさま、あたしたちって、ただ一日ずつ生きていけばいいので、それがうれしいわね!」
89
「あたしは、公園にいられて、それ以外にすることがなかったら、どんなにいいかと思うわ。」
94
「世の中でいちばんさびしいところは、都会の群集の中だってことをよ。」
「あたしも、今日はずっとさびしかったの。まわりには人があんなにたくさんいたのに。でも、なんだかだれも──あたしのことなんか──考えもしないし、気づきもしなかったみたいで。」
「その通り。みんな、考えもしないし──気づきもしないの。群集って、そういうものよ。」
164
本はたいしてありません──ほんの十冊あまりです。シェイクスピアの戯曲、『アイヴァンホー』、何度もめくったあとがある『湖上の美人』、詩集、表紙のとれた『テニスン詩集』、ぼろぼろになった『小公子』、それから、古代、中世の歴史の本がニ、三冊。
180
「でも、あたしにはなんだかよくわからないことがあるの。ここにはこんなにたくさんすてきなものがあるというのに、どうして、あの人たちはほとんど何も持っていないのかしら。」
270
「ねえ、ポリアンナ、きみは自分がしゃべっているときの顔を、鏡で見たことがあるかい?」
323
「ポリアンナ、小説家が奏でる楽器は、この世にある美しい心という楽器なんだと思う。」
371
「世の中にゃ、おじょうさんの『喜ぶゲーム』なんか役にたたない人たちがいるんですよ。けんかした恋人同士とかね!」
379
「ええ、いいゲームですとも。でも、あなたのやり方はちょっと度を越しているような気がしますよ。『もっと悪いことがあるかもしれない』という考え方は、わたしは気に入らないね。」
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Posted by ブクログ
ネタバレ大人になっていくポリアンナ、変わるものと変わらないもの。
ポリアンナを姉のところへ置いてくれないか。療養所で知り合ったデラに頼まれてボストンに住むカルー夫人の元へ行くポリアンナ。都会のボストンでポリアンナが出会った人は——。カルー夫人の探している甥ジェイミーや、それぞれの恋模様など、盛りだくさんの青春編。
チルトン先生あっさり亡くなりすぎですよ。まずはそう言いたい。そして幸せゲームができなくなるポリアンナ。誰かほど不幸じゃないから私は幸せ、という考え方の限界をポリアンナは知る。辛いと感じている人にあなたは幸せですよ、と言う難しさも。与えるだけでは済まない貧しさが世にあることも。のべつまくなしに婦人会の話をしてゲームに誘っていたポリアンナも魅力的であったが、大人になりゲームや幸せ、貧富の差について考え悩むポリアンナは人間味があっていっそう魅力的である。
成長したジミーには完璧さしか感じない。嫉妬のあまりハイジのペーターのようにどこかで松葉杖を捨てたらどうしようと疑ってしまって申し訳なかった。人間もできてるし、大きな仕事をしているし、相手を思いる優しさも、自己犠牲を引き受けようとする清廉さもある。そして最後に付け加えるように家柄が判明。いなくなった甥のジェイミーであったことはなんとなく最初からオチは見えていたが。本物のジェイミーが出てくることを恐れているジェイミーとの関係をどうまとめるのかが読めなかったが、ペンドルトン氏(ジョンおじさん)のファインプレーに尽きる。