さくまゆみこのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
アメリカのドラマを観ていると、登場する子どもがこの作品を読んでいるシーンが何度かありました。
1952年初版のベストセラーだそうです。
おしゃべりする動物たちはもちろんのこと、農場や納屋、品評会などのアメリカ的風景?もファンタジーに思えます。笑
「最後の日」の章、
「あなたは、いいお友だちだったわ。それだけで、すばらしいことじゃないの。あなたがすきだから、わたしは網に文字を書いたのよ。生きるって、どういうことだと思う?生まれてきて、少しばかり生きて、死んでいくでしょう。クモの一生なんて、わなをしかけたり、羽虫を食べたりの、さんざんなものなの。あなたをたすければ自分の一生が、ちょっとはましなものになると思ったのかもしれないわ。そんなことがあったって、いいでしょ」
このシャーロットの言葉に涙しました。
心温まる作品です。
-
Posted by ブクログ
2024/2/14〜5/25(土)、小2→3娘へ寝る前に少しずつ読み。ここまで直接「死」が扱われている物語は、娘にとっては初だったと思う。朗らかな牧場で繰り広げられる動物模様。終盤のシャーロットとの別れのシーンは、やはり心がギューっとなる。その後にシャーロットの子、孫…へと物語が繋がっていくのが、良い。
たまごぶくろが「モモのような色p176」とあった。家の周りで見るたまごぶくろは白色だよねと娘と話す。今後はたまごふくろを掃除してしまうのがはばかられるような、でも放っておいた後のことを考えるとやはり掃除したいような…。
2024/5/26 -
Posted by ブクログ
豚のウィルバーは、「てきそこない」として生まれてファーンのお父さんに処分されそうになったところをファーンが必死に止めて助かりました。
ファーンが愛情を注いで育てたので、立派な豚になりました。
お父さんの兄弟の営んでいる農場に引き取られてからもどんどん大きくなり、今度はクリスマスのご馳走用につぷされる可能性がでてきました。
それを救ったのはクモのシャーロットでした。クモの巣に文字を表し大評判にしたのです。
クモの苦手な私も、これからはクモを見る目が変わるでしょう。クモにこんなに愛情と知性があるなんて!
クモと豚の友情も微笑ましいですね。本人たちは真剣そのもの!
ネズミのテンプルトンも憎まれ口をたたきながらも大活躍!人間界にもこういう人っていそうです。
私が好きなのは、お母さんがファーンのことで相談しに行ったドリアン先生です。ファーンの言動(農場に入り浸ったり、動物が話をすると言ったり)を全く否定せず、お母さんを安心させてくれました。
1952年に書かれた物語ですが、いいおはなしは色褪せないものなんですね!
-
Posted by ブクログ
1963年の2月12日、アメリカの南部オハイオ州コロンバスで「わたし」は生まれた。その頃の南部はアフリカ系アメリカ人への差別撤廃のために大きく揺れていた。
アフリカ系アメリカ人の家庭に生まれた筆者の、その後の両親の離婚やサウスカロライナへの引っ越し、祖母からの「エホバの証人」信仰、ニューヨークへの引っ越し、友だちや学校でのできごと、親戚の不幸、作家になりたいという想いなど、著者の半生の思い出を、解放運動の動きとともに美しい文章の連なる散文で描いた一冊。
******* ここからはネタバレ *******
正直、詩の形式を取った話は読みにくくて好きでないことが多いのですが、この本は違いました(でもレビューは書きにくい(涙))。
訳者がさくまゆみこさんだと知ったときから期待していたのですが、裏切られなかったです。
筆者は、「ワシントン大行進」のマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「私には夢がある」の演説や、アフリカ系住民に対する人種差別に強硬な姿勢を取ったケネディ大統領の暗殺などがあった年に生まれています。
大きなうねりが始まったときですが、筆者は、声高に叫ぶこともだれかと衝突することもなく、淡々と日々を重ね、その時の思いを綴っています。
きっとこの率直な思いがこの本の心地よさの理由ではないかと私には感じられます。
当時のアフリカ系アメリカ人のコミュニティを、1人の少女の視点で等身大に描いた作品です。
元アメリカ大統領のバラク・オバマさんは、著者の2歳年上。ほとんど同世代ですね。そのオバマさんが人種問題を理解するのにこの本を勧めています。
難解な作品ではないので読める子なら中学年からでもいいと思うのですが、時代背景がわかったほうがより楽しめると思います。 -
Posted by ブクログ
アメリカを代表する児童書作家ジャクリーン・ウッドソンの自伝的な作品。オハイオ州での幼児時代から、両親が離婚して母の故郷である南部のサウスカロライナ州へ。そして母が新天地をもとめて移り住んだニューヨークへ。
ウッドソンには「マディソン通りの少女たち」というシリーズがあるので、ああ、こうしてマディソン通りの少女になったんだ、と合点がいった。南部の文化も、ニューヨークの街の文化も、あらゆるものが体のなかにとけこんでいるんだな。
ウッドソンが生まれたのは1963年。時あたかも公民権運動が高まりを迎える時代。おさないウッドソンがその渦中に飛びこむことはなく、また母がエホバの証人だったそうで(しらんかった!)ほかの子どもたちが触れていたようなポップカルチャーからも遠ざけられていたようだけど、やはりその空気を呼吸して育つというのは大きいのだと思った。
でもなによりもすてきなのは彼女が自分のなかにある作家性に気づいていく描写。
あるとき、ふだん無口な兄のホープが学校の舞台で歌を歌ったことがあった。兄は、カリブ海で歌われている「ティンガレーヨ」という歌を低くやわらかい声であまやかに歌い、拍手喝采を浴びる。
「だれの中にも宇宙からの贈りものがあって、
発見されるのを待っているのかもしれない」とジャクリーンは思う。
ジャクリーン自身は、物語を読むことと語ることに特別な喜びを感じていた。あるとき、オスカー・ワイルドの「わがままな大男」が大好きになり、何度も何度もくりかえし読んですっかりおぼえてしまった。
学校で先生から「前に出てこの物語を読んで」と言われたとき、ジャクリーンは本を持たずに丸ごとそっくり語ってきかせる。
「それでわたしにはわかる。
言葉が、わたしのティンガレーヨなのだと。
言葉こそが、わたしのかがやきなのだと」
とてもとても美しい瞬間だと思った。
だれもが自分のティンガレーヨを探しあてられたらなあ。