福田利之のレビュー一覧
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ネタバレ遊園地「ほたるいしマジカルランド」で働く人たちの物語。
正社員、アルバイト、外部委託会社のスタッフ…。遊園地にはたくさんの人たちがいて、そのそれぞれに悩み事や、葛藤や、不安があります。
一人ひとりにスポットライトを当てた連作短編集だけど、あるストーリーでは脇役だった人も次のストーリーでは主人公になるし、逆に主人公だった人は脇役になるので、それぞれの内面と他人から見た印象が語られるので、「ああ、そんなことを考えていたからあんな態度だったのか」という気づきもありました。そして、一週間、一日ずつの時系列で物語が進むので、登場人物の心の変化や成長も見ることができ、じんわりと温かい気持ちになりました。 -
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読後感が、雨上がりのさわやかな空気のよう。ホコリやチリが洗い清められて網戸をそよ風が抜けて行くみたいな、大昔におじいちゃんおばあちゃんの家で畳に寝っ転がっていた時間を思い出しました。
今の夏は暑過ぎるので閉め切った部屋でクーラーの風を浴びて過ごしたり、あまりにも過剰なゲリラ豪雨に見舞われたりと風情もへったくれも無いのがかなしい。データ上はそんなに変わってないんだよ、みたいな意見も見かけるけど心情的には確実に蒸し暑くなっている気がするのだからしょうがない。
『うさぎパン』(9784344416215)以来2作目の瀧羽麻子先生の作品、本作もとっても良かった。
まず装丁が素敵。雨粒が宝石みたいに見えてた感性はもう私の中には1ミリも残っちゃいないし傘持ってくの面倒くさいなあとか雨ガッパは荷物になるし干すのがまた面倒くさいなあとかそんな事ばっかりが頭をよぎるけれども、日々の中でじっと空を眺めるだけの時間とか絶対必要だと思うんですよね。確かに子どもは「あの雲がまぐろのお寿司に見える」とか話しかけてくれるので、子どもらが自然にそうやって色々な事を感じたりする稀有な時間に大人が習い事だったり小言ばっかり詰め込んで奪ってしまってはならないと思うので、私も接し方を考えなきゃなと思いました。
傘の形の小さなしおりもかわいい。黄色い傘と赤い傘で現在と過去を繋いでいるのかな。
さて物語はといえば、二十四節気の節目を大切に過ごす習慣がある〈藤巻家〉一族の1958年から2022年までの様子を描いた連作小説。藤巻の人が主人公の話もあるし、お隣さんや浮気相手など他者視点から藤巻さんちを捉える章もある。
設定からして丁寧な暮らしを送る人々によるひたすら折り目正しき日々を読むのかなと思っていたら、思いの外に人間味あふれる人物達が登場してきて奥深い。
色々な好人物が登場するのだが、私が惹かれたのは〈藤巻和也〉。タイトルの『博士』である〈藤巻昭彦〉を父に持ちながらも勉強には然程身が入らないのだが絵を描くことが好きで、作中では彼が中3から62歳になるまでの物語が書かれている。結局画家として大成はせず、39歳の時には上述したように妻子がありながら浮気をしてしまう身持ちの悪さ。なんだけど、人間としての魅力は備えており何だか憎めない。
「あのひとは、おれのことなんか興味がない」
「親父があんなに楽しそうにしてるの、はじめて見たよ。いつも家ではたいくつなんだろうね。おれたちじゃ話し相手になれないもんね」(ともにp76)
と語るように、学者である父と自らを較べて引け目を感じている様子がありつつ、「一九九八年、藤巻和也作、「夏至の朝」」(p154)という彼の絵画作品の描写からは決して父を毛嫌いしているだけではなくて父の背中や仕事をしっかりと認めているのだという素直さが伝わってくる。巻末の《藤巻博士一家とともに楽しむ二十四節気》の夏至の項には「早起きして日の出を見る。」(p261)とあるので、和也も早起きして日の出を見る昭彦に付き合っていたのだなぁ、というところが窺い知れる。
62歳になった和也が駅で孫を出迎えるシーンでは「真っ赤なダウンジャケットを着て、ポケットに手をつっこんでいる。」(p216)とあり、なんだか粋を感じるのと、彼も父に似てやっぱり個性的な面があるなと感ぜられて、さり気ないけど良い場面。
子どもが小さい時にどれだけ食卓を一緒に囲めるか。
並んで傘をさしながら散歩をするような時間を過ごせるか。
季節の巡りを祝いながら共に過ごせる時を喜べるか。
そんな事へ思いを馳せた読書でした。素晴らしい家族小説だったなと思います。
1刷
2026.8.5 -
Posted by ブクログ
ネタバレ何気にちゃんと読むのは初めてかもしれない、芥川龍之介。短編作家だったんですね。
100年読み継がれる、は言い過ぎじゃない。さすがの一言。
芥川賞作品を読みまくる前に、芥川を読もう。
・蜘蛛の糸
地獄にいるカンダタは、罪人だが蜘蛛を殺さなかった。その慈悲として、お釈迦様は蜘蛛の糸をたらす。
千載一遇のチャンス、掴むか逃すかは自分次第。
・トロッコ
良平はトロッコに乗って山を下ってくる土工に憧れ、トロッコを押したいと思う。ある日それが叶うも…。
1人だけの帰り道の心細さ。外から見た憧れと、実際に経験することの差が短い中に見事に描かれていた。
・鼻
ある高僧は、顎まで垂れ下がった大きな鼻を嫌っていたが、態度には出さないようにしていた。ある日弟子が、鼻を小さくする方法を聞いてきたので試すと、小さくなったが…。
自分にとっての欠点も、そのままのほうがいいこともある、という学び。落ち葉で黄金色に輝く庭を見ながらの高僧の晴れやかな気持ちが伝わってきた。
大がかりな美容整形をしたい人に読んでもらいたい。
・蜜柑
二等車両に乗ってきた、みすぼらしい娘。隣に来て窓を開け、煤が入ってきて咳き込む。
このあたりまでの描写では主人公同様に娘に不快感を覚えたが、蜜柑のシーンは感動した。心情と情景がはっきりと浮かぶ。
この話、かなり好きだった。
・羅生門
暇を与えられた下人は、羅生門で雨宿りしながら、飢え死にか盗人になるかを考えていた。死人がたくさん放置された楼の中を見ると、老婆が女の死体から髪の毛を抜いていた。
老婆を見て、盗人になるなどありえないと思う。老婆の話を聞いて、飢え死になどありえないと思う。そして老婆から着物を奪って去る。
この怒涛の流れに胸を覆われる。すごい作品。
・仙人
仙人になりたい権助は、医者夫婦の家で20年間無報酬で奉公する。いざ20年経つと、医者の妻は松の木に登り、両手を離すよう命じる。
これはちょっとよくわからなかった。嘘から出た誠なのか、純粋に信じたことによる修行効果なのか。
・舞踏会
鹿鳴館の舞踏会で、明子はフランスの海軍将校と出会い、エスコートを受ける。
何もかもが美しい。
・白
シロという名の犬が主人公。ある日、白は犬殺しに狙われた黒を見殺しにして逃げる。すると真っ白だった体は真っ黒になっていて、飼い主たちに追い立てられてしまう。
勇敢な行動を繰り返したのち、最後には白い犬に戻って、飼い主に歓迎されて、めでたしめでたし。
・魔術
インド人の友人から魔術を習いたい。魔術は欲を捨てないとできないと言われる。
ファンタジー感あふれる。あのカルタで欲が出たからダメってのは、かなり厳しい条件だなと思った。
・杜子春
金持ちの息子の杜子春は、財産を使い果たして困っていた。するとある老人が、夕日に映った影の頭にあたる地面を掘ると金塊が出てくると告げる。大金持ちとなった杜子春は贅沢三昧で毎晩宴をし、また貧乏に。
仙人の修行は『魔術』に似ていた。結局どう転んでも仙人にはなれないのかねぇ。 -
Posted by ブクログ
読み終えた今、胸の中に温かいものがじんわりと広がっている。
この物語の舞台は「ほたるいしマジカルランド」という遊園地。
そこで働く人々の日常が、丁寧に、そして愛情深く描かれている。
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◼︎人の心を見通す作家の眼差し
読みながら何度も思った。
寺地はるなさんは、何故こんなにも他人の感情が分かるのだろう、と。
登場人物たちの喜びも、悲しみも、迷いも、葛藤も。
その全てが、まるで自分の心の内を覗かれているかのようにリアルで、切実で、そして優しい。
寺地はるなさんの作品はいつも私に大切なことを教えてくれる。
今回もまた、たくさんの宝物のような言葉に出会うことができた。
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◼︎こんな職場で働きたい
物語の中で特に印象的だったのは、遊園地の社長の言葉だ。
人の数だけ環境も考え方も生き方も事情も違っていて、それを「だから面白い」「いいところを持ち寄って苦手なところはカバーし合って」と言ってくれる。
こんな社長の元で働きたい、と心から思った。
違いを排除するのではなく、違いを面白がる。
弱さを責めるのではなく、支え合う。
そんな当たり前のようで、実はとても難しいことを、この社長は自然体で実践している。
理想論ではなく、日々の現場で、地に足をつけて。
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◼︎生きることの本質を問いかける言葉たち
この作品には、生きていく上で大切な言葉が、それこそ宝石のように散りばめられている。
「生きることって結局どういうこと?」という問いが軸になっている。
「何の努力もせずになにかにただぼんやりと憧れているだけの者は、どこにも行けない」
この厳しくも真実の言葉が、まっすぐ心に刺さった。
かつて自分がなりたいと思っていた職業に就くために何の努力もしてこなかったことが、今もずっと棘のように引っかかっている。
「今日もこうして生きていることに深く感謝をして、明日もつつましく勤勉に生きていかねばならない」
日々を大切に生きることの尊さに触れ、今日も明日も誠実に生きていこう。
そう思うと、すっと背筋が伸びた。
「他人に認めてもらえるのを待つのではなく自分で自分を肯定すること」
「他人からの評価や肯定をあてにすれば、どこかで行き詰まる」
自分を自分で認めてあげることの大切さを、改めて気づかせてくれた。
これらの言葉は、説教臭くなく、押し付けがましくなく、ただ静かに、しかし確かに心に届く。
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◼︎目の前のことをやる、ということ
特に心に残ったのは「どんなに『クソ』な人生でも、今日や明日を投げ出す理由にはならない。目の前のことをやるしかない、そうすることでしか自信はつかない」という言葉だった。
人生に行き詰まったとき、私たちはつい大きな答えや劇的な変化を求めてしまう。
でも実際には、目の前のことを一つずつやっていくことでしか、道は開けていかない。
「目の前のことをやる、そうすれば自然と身につくことがある。身についたことに見合うだけの道が開けていく」
その事実が静かに胸に落ちてくる。
そして、「生きていること。生を全うすること。それこそがすべての人のもっとも重要な仕事である」という言葉。
生きること自体が仕事なのだ、と。
何か特別なことを成し遂げなくても、ただ生きていることに価値がある。
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◼︎幸せは自分で作るもの
「自分を幸せにできるのは自分だけだ」という言葉も印象的だった。
誰かに幸せにしてもらおうと待っていても、幸せは訪れない。
幸せは、自分で選び取り、作り上げていくものなのだ。
そして「責任を果たせるかどうかということより、誰と生きていきたいかが大切だ」という言葉。
人生の選択において本当に大切なのは何か。
それは能力や責任ではなく、誰と共に時間を過ごしたいかという、極めてシンプルな問いなのかもしれない。
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◼︎人間関係の機微
「病気は人から余裕を奪う」という、経験した人にしか分からない真実。
「羨望は憎悪と表裏一体になっていて、うっかりそれをひっくり返してしまう瞬間がある」
人間の感情の複雑さへの理解。
「頑張ってるから愚痴も言いたくなる」
当たり前だけど見過ごされがちな事実。
これらの言葉は、人間という存在の弱さや複雑さを、否定するのではなく、そのまま受け止めてくれる。
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◼︎変化すること、選び直すこと
「『あたりまえ』は変わっていく」
「『あたりまえ』を変えようと行動してくれた人がいたであろう」
今の当たり前が、誰かの努力や勇気の結果であることを思い出させてくれる。
「向いていないと思うなら、環境なり手段なりを変えてみたらいい」
一つの場所や方法に固執する必要はないのだと、優しく背中を押してくれる。
「たいていの人生はドラマチックではないが、小さく変化する瞬間はきっといくつもある」
派手な人生でなくても、小さな変化の積み重ねが、人生を作っていく。
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◼︎共に生きるということ
「他人は人生のドラマの登場人物みたいなもので、だから当然、入れ替わりがある」
少し寂しいけれど、確かな真実。
でも同時に「共に生きていくものに重要な意味なんかなくていい、価値なんかなくていい」という言葉が、その寂しさをそっと包み込んでくれる。
一緒にいることに、大げさな理由はいらない。
ただ、一緒にいたいから、一緒にいる。
それだけでいいのだ。
そして「『友だち』という言葉を他人を縛るために使ったらいけない」という戒め。
友情という美しい言葉が、時に人を苦しめる鎖になってしまうことへの警告。
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◼︎生きることについて考えた
『ほたるいしマジカルランド』は、たくさんの大切な言葉が詰まっている本だった。
遊園地という、非日常を提供する場所で働く人々の、とても日常的な物語。
そこに描かれているのは、私たち一人ひとりの「生きること」そのものだった。
派手な展開があるわけでもなく、劇的な事件が起こるわけでもない。
でも、だからこそ、この物語は深く心に響く。
日々を生きていくこと。
人と関わること。
自分を受け入れること。
当たり前だけど難しいことの大切さを、静かに、でも確かに教えてくれる。
読み終えた後、少しだけ前を向いて歩けそうな気がした。
完璧な答えが見つかったわけではない。
でも、目の前のことを一つずつやっていけばいいのだと、そう思えた。
寺地はるなさんの作品に、また出会えてよかった。 -
Posted by ブクログ
大学で気象学の研究をする藤巻博士と彼をとりまく人たちを描いた連作短編。
藤巻先生が彼の妻となるスミと出会った1958年から2022年までの藤巻家四世代の歩みを、6編に分けて時代を追いながら、とても静かに語られる物語たち。
主人公である藤巻博士自身の多くは語られていないけれど、時おり先生の口にした言葉によって、その温かいお人柄がうかがえる。
博士は少し変わった気質だけれど、その傍らでそれぞれ力強く生きる家族の姿がほほえましく、ままならないからこそ、なおいっそう家族が愛おしいと思える、何だか不思議な魅力をもった家族の物語だと思います。
二十四節気に合わせて、藤巻家が行う行事に、とても心が和みます。 -
Posted by ブクログ
2025/02/27
天気にとても詳しい藤巻昭彦という大学教授の息子だったり、その家族だったり、親戚だったりといった人たちの半生がこの人を中心に、主人公が移り変わる短編となっている。
物語の中心となる藤巻さんは最初に生い立ち等が語られているが、その後の話ではちょっとしか出てこない。けれども、藤巻家と関わりのある人たちが年月の経過とともに色々な人生を送っている様子が丁寧に描かれていて、時代の移り変わりと家族の関わりや関係性の変化の機微が読んでいて次の展開や中心人物に興味を惹かせるようになっていると思う。
全体的にほんわかする小説だと思います。