蝉谷めぐ実のレビュー一覧
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【何を背負い背負わされているのか?ーー境い目にもがき苦しむ化け者たち】
ぱきり、ぽきり、がじごじ、ちゅるちゅるり
中村座で正本読みの最中、一つの頭が転がり落ちてきた。
芝居小屋に潜む「本物の鬼」を探すという怪異ミステリー。と思いきや読み進めるうちに歌舞伎という狂気の世界の人間ドラマだった。
鬼は本当にいたのか?人間の欲や業を鬼と見立てているのでは?と思いながら読み進めた。
誰も彼もが鬼に見えてくる。
芸への執念から人としての心を捨て人を貶めることも殺めることも厭わない役者たち……。
鬼と人間の境界が曖昧になっていく。
何をもって鬼とするのか?
見た目、心の在りよう?
化け物と化け者。どちら -
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プロローグ
見えるのに視えない人
見えないのに視える人
人というものは、得てしてこういうものだ
見えない人は、視ようとしているのだ
必死に必死に目以外の五感を屈指して
そうすると、目明きには見えないものが視えてくる
果たして、本当にそうなのであろうか……
本章
『見えるか保己一』★4
山本周五郎賞受賞作
直木賞候補作
時代小説は得意ではないが、山本周五郎賞を獲得したということで手にした一冊
塙保己一
江戸時代に実在した人物の物語である
保己一は、7歳のときに病気が原因で失明した
目が見えなくとも、彼は天才であり様々なものが視えていた
そして、盲の最高位と云われる検校 -
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恥ずかしながら塙保己一という人物を今まで知らなかった。
昔から、マイノリティでありながら高い地位に立ったり、学問を極めることが出来た人がいたのだなと感慨深い。
そういう人がいたからこそ、同じ盲者や障害者の立場が良くなったり、逆に悪くなったり、偏見に晒されたりする。こういう人物は必要だが、今でも続く難しい問題だと思う。たとえば発達障害者のドラマは、成功者しか描かないから普通の障害者を主人公にしろと批判が上がる。(そもそも普通の障害者とは何なのか、当たり前の暮らしを描いたりグループホームに通っている障害者の作品だって勿論ある)
偏見やレッテル貼りがこの時代から何も変わって無いのが問題なんだろう。 -
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目が見えない。
それはどれほどのことなのか、目が見えるからわからない。常に暗闇の中であればどうやって日常のあるものや道を覚えることができるのか不思議である。
また、本書は江戸時代。テレビやスマホ、音声案内などもなく、現在にある便利なものはなく、とても生きにくい時代と思われる。
そんな時代に学問で成り上がる保己一。
周りの協力なしに達成することができないことは間違いないが、それでもどれだけの努力があったことか。
子供の頃から人に馬鹿にされ、騙され、裏切られ、家族も信じられなくなったりと精神的にもどれだけ絶望しながら生きてきたのだろう。
保己一の所作は、本当は見えているのではないかと周りが疑うほ -
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江戸時代の全盲の国学者・塙保己一、類稀なる記憶力で、学者として輝かしい経歴を築いていく。(オーディブル)
我が埼玉県の三大偉人の一人という認識しかなく、その生涯についてはほとんど知らなかったため、彼の生涯や思いを感じることができて、とても良かったです。
また、初読の作者でしたが、感覚的な比喩表現が多く使われ、この作品にはあえてそのような表現を多用したかのように感じました。
今回は、オーディブルで聞いたので、よりその効果があったようでした。
さらに、ミステリー的な要素も盛り込まれ、最後まで目(耳)が離せませんでした。
全盲という障害に対する当時の考え方や支援制度などについて -
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ネタバレ
視覚障害がありながら学者として大著を成し、障害者の地位向上に尽力した塙保己一
。この本はそんな保己一の人生を辿る評伝、ではない。保己一の見ている世界と周りの人が見ている保己一の姿のずれに焦点を当てて、様々な登場人物の視点で場面が展開していく。
手を触れれば相手の体調が分かり、格子を開ける音で相手の機嫌が分かる保己一だが、相手の心は測り損ねる。書物のように理屈ではない。家族や使用人、友人などの善意も悪意も、献身も裏切りも、読み違えたり気付かなかったり。
相手も、保己一の見えている世界が分からずそれぞれに思い描く。盲も目明きも同じく扱われることを願う保己一だが、皆の称賛には「盲なのに」何かが見え -
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ネタバレ目が見えなくても学問はできる
例えどんなに目がハンデとなろうとも好きであればできる。
保己一は人にたくさん囲まれているが、どこか目が見えないにも関わらず常人よりも学問に秀でている点をすごいと言う人や目が見えてないことに救われているような人が多い中、
目が見えてなかろうが哀れみもせず、欠けているのにできるのはすごいのだと言うこともなく、ただ学問に対しての勝ち負けを競い合うことができた友達はかけがえのないものであったろう。
見えるか保己一のついとなる見るなよ保己一を言ったのは彼だけだった。
見えていようが見えてなかろうが誰も見たいものしか見えちゃいない、と本当にその通りだなと思った