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Posted by ブクログ
幕末の江戸、歌舞伎役者の中に鬼が紛れ込んだ。鬼探しを依頼されたのは、元女形の魚之助と鳥屋の藤九郎。魚之助は壊疽が原因で舞台を務められない。こういう話を読んだと思って調べたら実在の人物がモデル。(後書きにも書かれている。私が前に読んだのは「狂乱廿四孝」。他にも彼を描いた本はたくさんあるらしい。)
役者の妬み嫉み、良い役が欲しい。全ては芸のため。一方で家柄だけと言われたくない。華やかな舞台の裏の嫌な部分が描かれる。演目が「曽根崎心中」で、少し前に見た「国宝」の映画にも出てきたので、場面が目に浮かぶ。
探偵役が、仕方なく舞台から距離を置いている魚之助と、ほとんど歌舞伎のことを知らない藤九郎という組み合わせも良い。思うようにならない身体に癇癪を起こし、我儘に振る舞う魚之助。鳥以外は不器用な藤九郎。続編があるというので、彼らの活躍が楽しみ。個人的には、蘭方医見習いのメルにもうちょっと活躍してほしい。
Posted by ブクログ
【何を背負い背負わされているのか?ーー境い目にもがき苦しむ化け者たち】
ぱきり、ぽきり、がじごじ、ちゅるちゅるり
中村座で正本読みの最中、一つの頭が転がり落ちてきた。
芝居小屋に潜む「本物の鬼」を探すという怪異ミステリー。と思いきや読み進めるうちに歌舞伎という狂気の世界の人間ドラマだった。
鬼は本当にいたのか?人間の欲や業を鬼と見立てているのでは?と思いながら読み進めた。
誰も彼もが鬼に見えてくる。
芸への執念から人としての心を捨て人を貶めることも殺めることも厭わない役者たち……。
鬼と人間の境界が曖昧になっていく。
何をもって鬼とするのか?
見た目、心の在りよう?
化け物と化け者。どちらが本当の鬼だろう……。
「芸を極めたい、完璧な女形になりたい」というあまりにも純粋で、それゆえに狂ってしまった想い。
最後の鬼の言葉が切なく、「あぁだから心中なのか」とタイトルに込められた意味がストンと腑に落ちた。
そして魚之助にとってこれはかつての自分と対峙する、合わせ鏡のようでつらい鬼探しだったはずだ。だからこそ藤九郎の言葉に救われたのだと思う。
作中に差し挟まれるフォントの違う文章やオノマトペ、演目の『曽根崎心中』が絶妙な空気感を醸し出し現実と虚構が混ざり合う感覚に鳥肌が立った。正直、登場人物が多くて読みづらさもあったけど、次作で藤九郎が魚之助をどんな未来へと背負っていくのか、追いかけてみようと思う。
Posted by ブクログ
テーマよし、筆致よし、タイトルも装丁も文句なし、ストーリーには意外性もあって、現代のジェンダー問題にも通じるところがあるし、ミステリだけでなく怪奇小説・ファンタジー小説としても読める。これがデビュー作というのは確かに凄く、著者の力量の高さがうかがえる。
それなのに私ときたら、この練りに練られた文章に乗り切れず、会話文や地の文で主語が何なのかが時々分からなくなる有様で、話の流れについていけなくなることが多々あった。
自身の読解力の無さを棚に上げて書くのは気が引けるが、時間をかけた読書が要請される作品であることは重々承知しつつも、読みごたえが十二分にありすぎて、時代小説や芝居といった分野にさほど詳しくない読者にとっては敷居が高く、普通に読み進めるのにも結構苦労するのではないかと思った。
一般の読者に広く受け入れられるには、もう少しリーダビリティがないと難しいんじゃないかなあ。大きなお世話かもしれないけど。
Posted by ブクログ
大変評判の良い作品だが、私にはあまり合わなかった。鬼が誰に化けているのかというミステリ的な仕掛けに加え、芝居の世界に生きる登場人物たちが皆どこか「人に非ず」の生き方をしている点に、本作の魅力があるのだろう。人間と化け物の境界を曖昧にしながら、人の執着や欲望を描こうとする試みは興味深い。が、私にはこの流れと結末がやや予定調和に感じられ、意外性に乏しかった。また、登場人物の造形があえて曖昧に描かれていることも、作品への没入を妨げる要因となった。解説でも触れられているように、幻想と現実が緩やかに溶け合う作風を好む、森見登美彦作品の愛読者には響く作品かもしれない。
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小説・文芸
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