蝉谷めぐ実のレビュー一覧
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『作家と編集者』というタイトルから、早見和真さんの『小説王』のような熱いお仕事小説を想像していた。ところが、一話目の錦見映理子さん「邪悪な香り」でいきなり背筋がゾクゾク……。なんだか寒くなってきた。風邪か? いま季節は春なんだけどなと思いつつ。
新人作家・鷹柳をデビューさせようと奔走する熱血編集者の話かと思いきや、漂ってくるのは不穏な空気と怪しいオピウムの香り。次第に狂気の世界へ足を踏み入れていく編集者・安曇、そして作家・鷹柳の正体とは? 夢か現実か、境界線が溶けていく物語にぐいぐい引き込まれる。
作中作のタイトルに、「もしかして、そういうこと!?」と鳥肌が止まらない。こんな作家と編集者の関係、怖すぎでしょ! ヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ
対照的に、三話目の藤野恵美さん「行きて帰りし物語」には、もしかして私小説?と思わされるも救われた感じがする。
厳しい編集者の「子供に砂糖菓子みたいな本ばかり与えていいのか」という言葉が深く心に残る。娯楽が溢れ、勉強や部活、習い事、子供たちが本を読む暇もなくなっちゃうよね。
読書離れは社会や大人の責任なのかもしれない……なんて、ちょっと真剣に考えさせられた。
それでもやっぱり、読書の面白さを知ってほしい。タイトルの『行きて帰りし物語』、あるファンタジー物語の副題になっているとか。
かつて敬遠したことに再挑戦する作家・夢咲のラストの清々しさに「あぁ、そういうことだったのか」と納得。爽やかな読後感だった。
以前読んだ『ハルさん』も良かったけど、この作品も面白かった。
作家と編集者が切磋琢磨し、これからも面白い作品を世に送り出してくれることを願っている。ただし、「邪悪な香り」のような関係にだ
けは、くれぐれも気をつけてほしいものだ。
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本作は、野村胡堂文学賞、吉川英治文学新人賞を受賞している。受賞からわかるとおり、時代小説となっている。
時代は江戸で、町人文化が栄えている頃だ。主人公の志乃は下級武士の娘で、売り出し中の歌舞伎役者の喜多村燕弥の妻となる。この燕弥は女形で、平素から女装して「おんな」になりきっている。だから「おんなの女房」である。
しかも、お金をはたいてまで武家の娘を妻にしたのには訳があった。この燕弥は役者バカである。その容姿も踊りも芝居のうまさも、中の上くらいであろうか。そして、芝居の役にのめり込むというか憑依する役者である。セリフのないただ尻もちをつく役のため、通りに糸を張って通行人が転ぶのを観察すような人物である。志乃を妻にしたのも、武家の姫を演ずるため、その所作を観察して役作りに活かすためなのだ。
「女形の女房」と「喜多村燕弥という男の女房」の間で揺れ動く志乃。そして他の二人の役者の女房たちとの交流。それぞれが面白い。女性向けの作品だろうか。
なお、当時の白粉には鉛が含まれており、これが中毒を引き起こした。 -
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おかざき真里の表紙に惹かれて購入。
相手のことも芝居のこともよく知らないまま女形の役者に嫁いだ武家の娘・志乃。
武家の娘として躾けられ育てられた志乃は親の言いつけを守り、夫に従い、夫のために行動しようとする。夫・燕弥の食事が終わるまで側で控えて一緒には食べようとしないし、夫の不可思議な行動について疑問を持っても夫にそれを聞いたりしない。志乃の夫というのは女形で家でも女の格好で過ごしており夫婦生活はもちろんない。「私はなんのためにこの家にいるのだろうか。自分の価値は一体どこにある」と志乃は不安に思う。しかし夫には聞かない。ただ黙って夫のためを思って行動し、失敗して怒られたりする。行動の部分だけ見てると最初はイライラしたが、その裏には妻として良くありたいという想いがあり、懸命に考え行動する姿が健気で可愛く思えてくる。
次第に燕弥と惹かれ合うも志乃の悩みは尽きない。夫・燕弥の女房でありたい、女形の女房でありたいという二つの気持ちに揺れ動く。彼女の周りの癖の強い役者女房や森田座の役者たち、賑やかな江戸の芝居町の人々、各話に絡む芝居演目とそれに登場する燕弥が演じるお姫様たちが鮮やかに展開を彩る。
幕引まで読み終え、本の最初に戻って呼込を読み直して余韻に浸る。 -
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アンソロジーで読んだ短編がすごく好きだった蝉谷めぐ実さん。
文庫新刊が出ていたので手に取ってみた。
歌舞伎のことは何ひとつ知らないまま、父に命じられ、「森田座」で人気急上昇中の若女形・喜多村燕弥のもとへ嫁いだ武家の娘・志乃が自身の在り方を模索する物語。
志乃が嫁いだ喜多村燕弥。
常に女子の格好で過ごし、演じる役に浸かってしまう。
女形としては素晴らしく格好いいと思うけれど、一緒に暮らすとなると、確かに大変そう。
志乃を娶った理由にも仰天。
志乃が出会う、同じ役者の女房であるお富、お才。
「夫婦の形は千種万様。手の添え方だって変わってくる。(p.260)」
というのは、もうまさにその通り。
それぞれ違う形で夫を支え、役者の女房の努めを果たしている。
彼女たちの刺激を受け、志乃自身が変わっていく姿が印象的だった。
変わっていくのは志乃だけではなく、燕弥も。
最初は感情が見えなかった燕弥が、読み進めるごとにどんどん人間味が出てきて、感情を露わにしたり、弱さを見せたり、葛藤したり…。
お互いへの情がなく夫婦になった2人が、徐々に心を通わせていく展開が胸にグッときた。
志乃の父親を芝居で言い負かす場面が一番好きだった。
物語の中で語られる、燕弥が演じる演目も興味深かった。
歌舞伎、観たことはないけれど、観てみたくなった。
ラストの展開と、最後まで読んで分かる「呼込」の意味に胸が熱くなった。
彼が演じたお姫様たちは、志乃と共に生き続けるのだろう。
解説を読んで「化け物心中」も読んでみたくなった。
歌舞伎×ホラー×ミステリー×バディものだそう。
ホラーは苦手だけど、めっちゃ面白そう…! -
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江戸弁の小気味良いスピード感ある文体と、歌舞伎の演目のテンポが絡みあい一気に読んだ。
役者の女房たちのそれぞれの矜持も面白いが、
燕弥をはさんで志乃と仁左次、2人の対比が興味深かった。
普通の夫婦ならば、志乃は妻として母としておさまればば良いところを、「おんな」である燕弥にはそぐわない。
芝居に役立つ武家の娘としてだけでなく、女形の女房として役に立ちたいと願うようになる。
仁左次は燕弥の役者としての才能を認め、伸ばし
舞台の上で最高の相性を魅せている。
二人はお互いに燕弥とのそれぞれのつながりに
嫉妬し合っている。
志乃が燕弥と仁左次の間に、絶対に自分が理解できない入り込めないものがあると悟った時に、
子供を欲しいと思う気持ちがよくわかった。
そして燕弥が病に倒れ、弱気になり舞台から逃げ出そうとした時、二人が正反対の態度をとったことが面白い。
仁左次は燕弥の役者の才能を認めて、志乃に芸の
邪魔をするなと忠告までしておきながら
死で燕弥の存在を失うことを恐れる。
役者として精神でつながっていたはずの男が、
燕弥の肉体さえ生きていてくれれば良いと願うところ、実は燕弥を愛していたのかと切なかった。
対して志乃は燕弥が舞台から降りたら空っぽになることをわかっているため、八重垣姫のように舞台を進んで燕弥に役者魂を取り戻させる。
本来なら普通の夫婦ように暮らせると喜びそうなものだが、志乃は燕弥が心の底で本当は何を望んでいるのかよくわかっていたのだろう。
死んでも良いと思っているわけではなく、燕弥が「生きている」とははどういうことかわかっていたのだ。
だからこそ燕弥の女房ではなく、女形の女房になることを選んだ。
手一つ握らなくても、確かな夫婦の愛の形が切なく鮮やかだった。
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テーマよし、筆致よし、タイトルも装丁も文句なし、ストーリーには意外性もあって、現代のジェンダー問題にも通じるところがあるし、ミステリだけでなく怪奇小説・ファンタジー小説としても読める。これがデビュー作というのは確かに凄く、著者の力量の高さがうかがえる。
それなのに私ときたら、この練りに練られた文章に乗り切れず、会話文や地の文で主語が何なのかが時々分からなくなる有様で、話の流れについていけなくなることが多々あった。
自身の読解力の無さを棚に上げて書くのは気が引けるが、時間をかけた読書が要請される作品であることは重々承知しつつも、読みごたえが十二分にありすぎて、時代小説や芝居といった分野にさほど詳しくない読者にとっては敷居が高く、普通に読み進めるのにも結構苦労するのではないかと思った。
一般の読者に広く受け入れられるには、もう少しリーダビリティがないと難しいんじゃないかなあ。大きなお世話かもしれないけど。 -
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ネタバレ歌舞伎が好きなのでどっぷりハマった。
読んだら最中、どろ〜んとしたイメージに包まれてた。
今の歌舞伎とは違うだろうけど、名前なんかがちょこちょこ今の役者さんと被ってる。中村勘三郎はそのまま出すんだーと思った。
江戸時代の歌舞伎、ドラマや漫画でちょこちょこ見るけど、芸のためにいろんなしがらみがあって、女形なんか体売るなんてあたりまえなんだろうなぁ。魚之助がとっても魅力がある反面、藤九郎がイマイチハマれなかった。
鬼探しだったけど、まぁ本当の鬼はいなくて人間が犯人なんだろうなぁと思ってたら、最後に本当の鬼が出てきて逆にびっくりした。 -
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ネタバレ晴明様特集をしていた『オール讀物』2022年8月号を既読だったので、純粋に初読だった作品は『哪吒太子』くらいだったかもしれない。
他も上記のものを読んでいると既視感のある作品だったし。
それでも、一冊で様々な方の晴明様、もしくは陰陽師話が読めるのはお得である。
そして、改めて夢枕獏先生の晴明様と博雅様の抜群の安心感と安定感が身に染みるという。
個人的にはやはりこの二人を見たいと思ってしまうので、他の作家さんが書かれた話でも二人が出てくるとつい思い入れが。
ゆえに『耳虫の穴』と『博雅、鳥辺野で葉二を奏でること』は特にお気に入りである。
第三者視点から見るとあの二人はああ見えるのかと思えたのもよかった。
また、時代は平安だけに限らず、室町や戦国時代もあり、本人たちが直接出てこない話も収録。
全部が全部、晴明様・博雅様コンビが拝める話ではないので、その点はご注意を。 -
Posted by ブクログ
歌舞伎の女形を生業とする男性に嫁いだ、武家の娘。
実生活も、女性であろうとし、演じる役柄に取り憑かれたかのように振る舞う夫・燕弥。
そうしてまでも、女形を極めようとしていたのに。
どうにここうにも妻・志乃に惚れ始めていく。あの蛙と蛇を逃した夜から。
それはそれで、ほほえましい恋愛小説のようで楽しかった。
大切な人を支える女性たち。自分の性格にそぐわない支え方は続かない。自分に合った距離と、支え方ができたらいいと思う。
物語自体は面白かったがこの時代において、女性の自由がなさすぎることにひっかかりを感じたまま読んでいた。江戸時代に生まれなくてよかった。
あと、ところてんにあたる、ってどういうことだろう?それで死んでしまうものなのか?