人をある種のカテゴリーで見る「固定観念」のことを「ステレオタイプ」というのですね。
例えば次のようなもので、発言する者にとって都合がいい「偏見」要素を含むものが根強く生き残っているように思います。
黒人はさほど知的ではない。
白人は運動神経がにぶい。
女性は理数系に弱い。
女性の方が保育士や看護師に向いている。
理系の人は空気が読めない。
女性はリーダーシップ力が欠ける。
子どもは女性が育てるもの。
男子は運動能力が高いはずだ。
太った人は自制心に欠ける。
慢性疾患者は生活がだらしない。
高齢者は記憶力が悪い。
これらの「ステレオタイプ」は当てはまった時に声を大きくして言われます。
当てはまらない時は何も言われないので、正しいような感覚が埋め込まれてしまいます。
実際にそう言われることで、そのような傾向に振れるということが確かめられているようです。
こうした「ステレオタイプ」の脅威は強力でしぶといため、我々の人生にひつこくつきまとっているのは実感できます。
近年は多様性とか個性という理解を深めようという機運が高まっていますが、社会的に刷り込まれた意識を変えるのは簡単ではありません。
日本では特に男女が必要以上に区別されやすい風潮はなかなか解決されないと思っています。
女子アナウンサー、女医、女子大生、女社長、肉食女子のような○○女子、歴女のような〇女、など。
「女のくせに」という偏見が(無意識に)あってこその表現だと感じます。
本書は、著者が黒人であるが故に白人とは差別された多くの経験をしてきたことが基になって書かれているようです。
ほぼ全編アメリカにおける黒人や人種に関する差別の問題と、それを解決する方法について語られています。
原書の copyright は 2010年なので、アメリカで初めて黒人の大統領となったオバマになって1年後に出版された本です。
著者は黒人差別の「ステレオタイプ」解消に追い風が吹いてきたと感じていたにちがいありません。
しかし、それから7年後に、はっきりと「偏見」を口にするトランプが支持されました。
こんなアメリカ社会をどのように見ているのか気になるところです。