若宮和男のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
サブタイトル「 AI時代の人間の創造性とは何か?」にあるように、 AI時代の創造性、人間ができることについて書かれた本。
従来言われる「 AIは身体を持たない」「アート思考」からさらに一歩深掘りした本。
個人的には、コンテンツクリエイターにとって役立つ本でもあったが、アーティストはもちろん、ビジネスパーソンにも、AI時代の今こそ、何が大切か、何を大切にしたらよいのかはっとさせられる。
★アート思考とは、「ちがい」を生み出す思考法
工場は「おなじ」が価値。
「ちがい」が生まれると不良品や欠陥として扱われる。
アートの価値は、「おなじ」ではなく、「ちがい」で生まれる
「おなじ」ものは代替可能だが、
「ちがい」は代替不可能
ex)箱テッシュはメーカー名を思い出せない(代替可能)だが、スマホは思い出せる(代替不可能)
・ロジカル思考は「説明文」
…「テクニック」や「テクノロジー」のように広く遠くまで行き届き、最も情報伝達がよいが、「透明化」「記号化」しがち
デザイン仕事術は「コピーライティング」
アート思考は「詩」…「異化」の力で「記号」的な言語世界にヒビを入れる
・アートが「ちがい」を生むのは徹底してユニークな「自分」に即して創作するから
「他分」を脱ぎ捨てながら自分を彫刻するように「自らの本来的なつとめや性質」に向き合うという意味
・アート思考は「身体」に重要性をおく
「身体」は「ちがい」を生み出す「変化」と「異質性」の源だから
アート思考は「頭」だけに比重をおかず、分散ネットワークとして身体を捉え、全体としてのパフォーマンスを大事にする
cf)日本でmanagerは管理職と訳されるが極めて工場的な訳語。わかる状態で、コントロールしようとする意味がある。頭で理解できること以外は「異物」「不正解」となる。
それに対して「管理」ではなく「活用」と訳した方が個々のプレイヤーを活性化できる
★アート思考で大事なのは「新しさ」より「らしさ」
「新しさ」は、スピードの速い時代にすぐにコピーされる
しかし、「偏愛」や「違和感」のような自分だけよ無尽蔵のエネルギー源を持っていれば、必ず一歩先んじることができる
→「偏愛」起点に仕事してみる
★つくってみて、初めて自分がつくりたいものがわかった(第9章)
★作品はつくりながら、当初の構想からどんどん変わっていく(第9章)
自分に出合い直す行為、「自分」をつくりだす行為
AIによる「生成」と人間の「創作」のちがいかも
★アートにとって制約や抵抗は敵ではなく、むしろ自分をアップデートしてくれる源泉(第9章)
・事故や偶然が思いがけないものを生む
★アートには遊びに通じるものが要素がある
両者の共通点は、「非効率」と「余白」
仕事vs遊びという対立は「工事」のパラダイムの遺物
「仕事」の中に「遊び」をつくり「生き生きとしたilve」にするのがアート思考的な仕事術
★「アート」と「ビジネス」
共通点:「手持ちのものを組み合わせて新しいものを作り出す」
「死なずにやっていける損失を見極める」
「異質性を組み合わせられるか」
「想定しない事故や偶然を友にするスタンス」
ちがい:「期限」と「約束」があること
・黒歴史は「自分」が隠れていることがよくある
★相手のニーズに合わせることは、ビジネスの基本にも思えるが、実は「価値をなくすこと」にもつながる
「価値」は自ら相手に提供するもの。
「自分」をなおざりにして相手に合わせてしまうのが「同化」で、相手の考えと「おなじ」ことをするだけになる
「当てにいく」ほど、自分の価値が希薄になる。
最終的に「自分」がこの仕事をしている意味ってなんだろう、という疑問に突き当たる
「当てにいく」が癖になると、「誰かの答え」に頼れるので、自分をかける不安がなくなる
逆に自分時間で決断し、行動するのは「怖さ」がある。
なぜなら、言い訳ができないから
★やりたいには3種類ある
①「得」…儲かるなどメリットがある
②「楽」…楽しくて気持ちいいことや快楽
③「愛」…「得」や「楽」と異なり葛藤をはらみながらも進む←アート思考的な行動原理
・変えられる部分は「自分」ではない
アート思考が出発点にある自分は常に更新され、変化しつつ、逃れようとするたびに戻ってくる動的プロセス
アートは「自分」と葛藤する愛の中で生まれる
★AIは確かに便利だが、それを燃料にしているのは過去に人間が蓄積してきた「文化」という資源
生成「 AI」というが、実際は生み出しているのではなく、「消費」ないし「加工」
「分からない」価値を創り出し続ける培養力(≒感染、伝染し、誰かの中で発症し新たな価値を生み出す)が今後ますます必要
・アート思考をするとうまくいくか?
→アート思考はうまくやるためのものではない
「つい」そうなってしまう「業」のような「自分らしさ」
そういうやり方しかできない、というゾーン
・AIはクリエイターの仕事を助け、創造性をさらに解放してくれる
人間の「ちがい」をAIが分析し、AIの「おなじ」を人間が「歪さ」で乱す -
Posted by ブクログ
現在、地域の事業者と向き合いながら新しい取り組みを考える場面が多いが、つい「売れるかどうか」「ニーズがあるか」を先に考えてしまう。しかし本書を読んで、まずは「あるべき姿」を手放し、自分が本当に面白いと思えることや解決したいと感じることを起点に考えることが、長く続く価値につながるのではないかと感じた。
「正解を探す思考」ではなく、「問いを育てる思考」。アート・シンキングは、単なるアイデア発想法ではなく、自分自身の内面と向き合うための思考法だと実感した。
さらに、本書自体もアート・シンキングを体現している。当初はロジカルに構成されていた原稿を、著者の娘さんがカードをランダムに引く形で再構成し、章番号だけがその名残として残っている。この遊び心まで含めて、とても印象に残る一冊だった。 -
Posted by ブクログ
企業で新規事業を検討する時、「ニーズ調査」を根拠とする事が多くある。しかし、調査してわかるような「ニーズ」や「社会課題」は、他の企業にも見えるものである。みんなに見えている「おなじ」課題から出発し、ロジカル・シンキングすると、どこかにあるような「おなじ」ものになってしまう。
デザインは「おなじ」を誘発する。たとえばアフォーダンスのように。「ちがう」を誘発させないことを目的としている。ロジックやデザインと違い、アートは徹底的に「ちがう」を作り出そうとするもの。
アート・シンキングは「身体」に重きを置く、なぜなら「身体」は「ちがい」を生み出す「変化」と「異質性」の源だからである。身体はプログラムと違い「再現性」がない。これは「身体」が持っている3つの「ちがい」による。
「部分によるちがい」「個体差によるちがい」「変化するちがい」である。
アートは多次元的である。ルネ・マグリットのパイプや、マルセル・デュシャンのトイレなど、素材の奥にある世界を見なければならない。アートを見るには「アートとして見る」独特の姿勢が必要である。あるものを1次元で見るのではなく、多次元的に見なければならない。1次元的にしか見れない社会は文化的に皮相である(テレビの批判など)。
アートは、アーティストの環世界のあり様を外在化させたものであるが、「触発」という仕方でそれを見る人の「環世界」を変化させる力を持つ。
人はそれぞれちがう環世界にいて文段されているが、アートを通してそれぞれの環世界は影響しあえる。
優れたアートがすぐに理解されないように、世界を変えてしまうようなアイデアは既存の価値観では「分からない」ものである。「分かる」ということはむしろ「イノベーション」ではない。「分からない」ことからしかイノベーションは起こらない。つまり「分からない」はイノベーションの必要条件であり、「正解」はイノベーションの敵。
技術は表現のツールを増やすだけではなく、知覚そのものに作用し、それを変容させている。
ロジカル・シンキングは例えれば説明文であり共通理解を確認するもの。
デザイン・シンキングは例えればコピーであり共感を生むもの。
アート・シンキングは例えれば詩であり多様な体感を生むものである。
「正解」や効率に慣れている人にとっては「詩」や「アート」はムダに思えたり、難解に思えたりします。しかし、むしろそのモヤモヤした動的な状態から生き生きとした新しい価値は生まれる。
固定概念に縛られた、新しいものに目向きもしない消費の仕方では、やがて価値の総量が目減りして枯渇してしまう。「アート」で既存の枠組みでは理解できない価値を生み出し、価値の総量を増やす。
「実物の代わり」「願掛け」などのラスコーの絵画から、「信仰」の対象のエジプトのピラミッドの中の絵などから、キリスト教をはじめとする「宗教」のためのもの「イコン(偶像)」になり、中世になり、貴族お抱えの「権力」を示すためのものになり、ルネサンスに技術が発展して「再現」できるようになり「人間」がテーマになった、さらにルネサンスを超克するものとしての「近代」がきて、ルネサンス期の天才の地位の高まりを経て、「作者」に自我の高まりと矜持が生まれなた。自律的で自立的なアートが目指されるようになった。「再現」をはなれて「自分」の探求にアートは変化した。絵画の主題は更に変化して、シュルレアリスムは「無意識」抽象画は「構成」を描いた。近代のあと「ポストモダン」のアートは更に「作者性」も解体して、ディシャンのレディメイドなどをはじめとしてアートは作者が作るものですらなくなる。作品は作者ではなく、偶然が作り出したり、展示する銀色のキャンディを持ち帰るように観客に指示するフェリックス・ゴンザレス・トレスの作品のように、観客との相互作用で作られるようにもなる。
「アート」は「真」「善」「美」に挑み「違い」を生み出すもので、普遍ではなく個別的なもので、不変ではなく変化するもの。時代や社会の常識を揺らし、拡張する。変化のモーメントこそがアート・シンキングである。
理屈やデザインは明確な方向性があり、それに触れた人を明確な方向に向かわせるが、一方、アートは「触発」させ、様々な、バラバラな方向に分散させる。
価値とはあくまで自分から相手に伝えるもので自分がまず起点になるべきで、その上で相手との掛け算で生むべき。相手に同化すればわからなくなる。同化すると相手の考えと「おなじ」になるだけ、そうすると自分のプラスアルファを付け加えられない。相手に形だけ合わせて自分の価値を減らすのは本末転倒である。まず「自分」だけの価値を最大化する。
「自分」のかたちはわからないので形を知るためには抵抗が必要である。抵抗に当たり、抵抗に押し返されてしまう部分。押していける部分。「自分」のかたちはいびつである。
一般に、人は「できる」ことの中に価値を見出しがち。「できる」ことが「自分」と思っている。スキルや能力は後から変化できる可塑性を持っている。アート・シンキングはどうしても変えることが出来ない自分を起点にする。「こうありたい」と思うものに人はたいていなれるが、どうしても変えられない部分に自分はある。「自分」とは、イデアのようにあらかじめ原型として静的に「存在」するものではなく、しかし、全く変えてしまえるものでもない。常に更新され、変化しつつ、逃れようとするたびに戻って来る動的なプロセスである。
役割の違う3つのシンキング
ロジカル・シンキング
目的 顕在的課題の解決
特徴 分析的
手法 MECE、ピラミッドスクラクチャー
デザイン・シンキング
目的 潜在的課題の解決
特徴 共感的
手法 エスノグラフィ、プロトタイピング
アート・シンキング
目的 価値の革新
特徴 衝動的
手法 自分起点、触発
これらの何をつかうかの判断が大切。
「1:9:90の法則」で雪だまのように中心に行くほど熱意が高い。会社でも人数が増えると「ロジック」が支配的になり、「本来の価値」を見失ってしまうので注意。中身のない価値は空虚である。成長したあとも中心にある「核」を忘れずに確認することが重要であり、そのためにアートシンキングに立ち戻ることが大切。
自分を隠す3つの罠として「大きいものに隠れる」これは肩書や社会的役割などに引っ張られること。
「欠損を考える」これは何か社会通念的なあるべき姿を軸に考えてしまうこと。歴史ある街から比べて自分の街は統一感がなくしょぼい、これは歴史ある方が良いという通念に従っている。統一感がないという軸を起点に見れば長所にもなりうる。
「当たり前だと思う」自分のことは自分ではわからない。自分の性質は外部の刺激でないとわからない。
「他分」を取り外して最後の最後のこれがなくなったら自分じゃなくなる!というところまで取り外して残ったのが自分である。
自由は自分に理由がある。
他由は他人に理由がある。
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Posted by ブクログ
<どんな本?一言で紹介>
なぜいまビジネスにも人生にも「アート」が求められているのか?
ビジネスの現場にアーティストの思考を取り入れる考え方を知れる一冊。
<どんな人におすすめ?>
企業で新規事業をしている人。
起業したい人、起業している人。
理屈で説明しがちな人。
<読んだら、どんなことが分かるの?>
正解のない「アート」の世界を体感できる。
・アートの価値はなにで決まる? 「おなじ」より「ちがい」を生むチカラ
・アートは「自分」をアップデートする? 「制約」が常識を超えた新しい視点を生む
・アートに「正解」はない? 「わからない」がイノベーションを生む
・技術とアートの共犯関係? 文化を革新するinspireとchallenge
・アートは予期できない? 想定外から生まれる価値
・「アート・シンキング」は詩的? 「分からない」モヤモヤを楽しもう
・「アート・シンキング」は培養菌? 消費せず、培養する社会のつくり方
・アートのエネルギー源は「偏愛」と「違和感」? 理屈を超えた熱量が価値を革新する
・「自分」を欺く3つの罠? 「ありたい」「あるべき」を手放そう
・「アート」と「遊び」はムダ? 「非効率」と「余白」が仕事を面白くする
<日々の生活、仕事などに活かせるポイント>
1.「アート・シンキング」は、わからない(一人ひとり解釈がちがう、著者もあえて定義しないもの)
ロジカル・シンキングやデザイン・シンキングと比較すると、アート・シンキングは「価値=ちがいを生み出す力」だと解釈できる。
ロジカル・シンキングは、1)みて分かる顕在的課題の解決を目的とする、2)分析的で、3)MECEやピラミッド・ストラクチャーを手法とする思考法。
デザイン・シンキングは、1)みて分からない潜在的問題の解決を目的とする、2)共感的で、3)エスノグラフィやプロトタイピングを手法とする思考法。
アート・シンキングは、1)そもそも何をしたらいいかわからない状況での価値の革新を目的とする、2)衝動的で、3)自分起点や触発を手法とする思考法。
2.•「ちがい」を生み出すためには、「自己起点」と「触発」が必要
自己起点=自分だけが持つ特徴に注目すること、触発=分からないものの組み合わせ?
「自己起点で、自分だけが持つ特徴」を知るためには、次の設問について考えてみるとよい。
◦まずは、自分を表す特徴を10個書き出してみましょう。その中で、自分以外にもあてはまる性質には✕をつけてみましょう。
自分だけの性質は何が残りますか?◦あなたのフェチや偏愛するもの、やめられないものを3つ書き出してみましょう。
◦最近あった許せないことを3つ書き出してみましょう。
<感想>
論理や構造がわからない。正解がない。こういったことは、美大の講義を聞いたときにたくさん感じることができる。
思考が最前線のビジネスの現場に求められていることを知れたが、それは論理や構造をもともと持っている人が差別化するために欲しているものだ。
論理や構造をもたず「アート・シンキング」しか持っていない人は、それを突き抜けるしかなく、社会とどう折り合いをつけるか、日々きっと死ぬまで葛藤することになる。
バランスが大事だと、実感する。 -
Posted by ブクログ
この歪な、どうしようもない、愛しい自分というものにひとは還っていく。
それがアート思考だ。
本書を読んでこのようなコピーが浮かびました。
『ロジックやデザインは世界から葛藤を減らしますが、「わかりやすさ」による「分断」と「歪さの疎外」を生みます。反対にアート思考は世界にむしろ葛藤を増やします。透明化していた「既知」のものに「異化」の眼差しを向けて問い直し、「未知」のカオス状態を生み出すのです。』
アート思考とデザイン思考、ロジカル思考の違いをあらわした本書による文章の一部分です。
一見わかりにくいアート思考がどうしてVUCAの時代に必要あるのかが、わかりやすく書かれている本だと思います。
正解の無い時代に、大衆の正解を当てるでもなく他人の正解を模倣するのでもなく、この歪な自分自身からスタートした解への道筋が見知らぬ誰かを触発し、その誰か自身の答えを導き出す一助になるかもしれない世界。
アート思考ができるようになればそのような世界線が身近に感じられます。
歪な自分自身は人間なら誰でも持っています。
アート思考は人間なら誰にでもひらかれていますし、できるはじまりの地点には皆立っていると感じます。
本書を読み進めアート思考と自身に出会う旅に出ることも素敵です。
アート思考もデザイン思考もロジカル思考も適材適所感があり、企業(事業)の時間軸で効果を発揮する面、または適当ではない場面があるとはわたしは初めて知り勉強になりました。
(ロジカル思考は全てを網羅する思考だと勘違いしていて、当てはまらない状況の時は疑問がありました。デザイン思考だけでもなかなかうまくいかない状況もあるのではと想像していたので本書を読んでそれぞれの考え方に適切な使い所がありプロフェッショナルはその勘所がわかる場合があるのだと思いました)
アート思考、デザイン思考、ロジカル思考は三位一体で、それぞれをうまく使うためには企業(事業)の流れ(今はどのフェーズか?)をわかっていなければ効果を発揮しない場合があると知りました。
本書はビジネスパーソン向けに書かれていますが、わたしはあえて高校卒業程度から大学卒業程度くらいまでの年齢層の方におすすめしたい本です。(スマホ、AI、SNS世代)
ご自身の凝り固まった枠組みを破壊しこの世に風穴をあけるように離してくれるきっかけになる本かもしれません。
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Posted by ブクログ
ネタバレ大量生産で「おなじ」が価値を生んでいた時代から、物があふれ「ちがい」に価値がシフトした時代に、
ビジネスパーソンが生き方をモード・チェンジするための参考書のような本でした。
・成功を収めたビジネスパーソンのキャリアの8割は、偶然によって引き起こされたもの。積極的に行動し、自分の周りで起きていることに意識を向け、偶然の機会を増やすこと。(クランボルツ教授)
・アートは自家増殖する菌。感染し、伝染し、他の誰かの身体で発症し、新たな価値を生み出す。
・「違和感」は「ちがい」をつくり「自分」に出会う入り口。アーティストは「違和感」を大事にする。「自分」がやりたいことを大事にする。