小沢さかえのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
まるで夢の中に入り込んだような、優しくてあたたかい物語でした。読み進めるうちに、静かな湖のほとりの風景が目に浮かび、草のにおいや水の音までも感じられるようでした。
何よりも心を惹かれたのは、ふわふわの毛に包まれた小さな不思議な生きもの、ヤービの存在です。優しくて、少しおせっかいで、おいしいものが好きで、友達思いのヤービに、私も本当に会ってみたいと思いました。きっとぎゅっと抱きしめたら、あったかくて安心するに違いありません。
この物語には、大きな事件や激しい展開はありません。でも、それがかえって良くて、読んでいるうちに心がほっこりして、日々の忙しさやざわざわした気持ちがふわっとほどけていくようでした。静かだけど豊かな時間が流れていて、ページをめくるたびに、優しい気持ちになれます。
「大切なものは目に見えない」という言葉がありますが、『岸辺のヤービ』もまた、目には見えにくいけれど心の奥に残る大切なものを教えてくれる物語だと思いました。ヤービや仲間たちと一緒に過ごした時間は、私にとって宝物のような時間でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ梨木香歩さんの作品を、いつかは全部読みたいと思っているのに、最近足踏み状態だったので、勢いをつけるために(?)、読みやすいと思われたヤービから読むことにしました。勝手に絵本だと思い込んでいたのですが、児童書と分類されるものでした。
これは人間で、寄宿学校、サニークリフ・フリースクールの教師であるウタドリさん(あだ名です)が、ヤービという小さなクーイ族でヤービ族の生き物と偶然出会い、そのヤービから聞いた小さな種族たちのお話です。
梨木香歩さんらしい、なんとも丁寧で、なんというか背筋がぴんと伸びるような美しい日本語で綴られています。児童書なので、あっという間に読めますが、水辺のことだったり、生き物、特に鳥の生態のことなどは、梨木さんの博識さが隠しきれない、といった感じでした。
しかししかし、ヤービをはじめとした登場人物の心の機微というのか、心情描写はもう、素晴らしいの一言につきます。誰もが小さいころから大きくなるまでのどこかでちょっと感じたことがあるであろう、でも、多くの人がちょっと気づいただけですぐに忘れ去ってしまったであろう大小の感情の動きのあれやこれやが出てきて、それに出くわすたびに、「やられたー」と思うのでした。知ってる、この感情知ってる!どこかで感じたことある!と。
たとえば、ヤービのいとこのセジロは自分たちが蜂の子を食べるということが残酷に思えて、しばらく食事ができなくなります。これって、食事ができなくなるまではいかなくとも、身に覚えがある読者は多いんじゃないでしょうか。(そういえば、私の妹は一時期、豚肉も牛肉も口にしない時期がありました。鶏はいいんだと言ってましたが。)
それから、ヤービが思わず小さい子のように甘えた感じになって、ママ・ヤービに対して気まずく思う瞬間。これも、あーなんかわかる!とポンと膝を打ちたくなります。そして、ママ・ヤービの素晴らしい対応。ここは親として見習わねば、と思いました。それに、怖いと思いつつもスリルを味わいたくなったり、恐怖の対象がヒーローのように自分の中で大きくなってしまう子ども心・・・あぁ、なんだかよくわかる・・・。
それからこれは、身に覚えがある感情というのとは少し違うのですが、ヤービとセジロが出会った、ベック族のトリカは、母親が、ヤービとセジロの前でちょっとショックを受けるような態度をとってしまったことについて、必死に母親をかばおうとします。この場面、きっと現実にも少なくない小さな子たちが、こういうことを、「母親をかばう」という意識なしでしているんだと容易に想像できて、なんだか涙が出そうになりました。そしてそれを知って、ちょっと癖のあるトリカが大好きになったというウタドリさんにも涙が出そうになりました。優しい世界で胸があつくなりました。トリカの家族が良い方向へ向かっていけますように、と祈るような思いでした。
ちょっと笑ってしまったのは、パパ・ヤービの弟、マミジロ・ヤービは詩人というところです。マミジロ・ヤービは、詩の一行目が天啓のようにおりてきたものの、それから進まないことをすごく楽観的な姿勢で構えていて、そんなことを話せる相手としてウタドリさんを認めたのでしょうが、自信満々に話す姿が愛らしくて笑ってしまいました、マミジロ・ヤービの詩はどんなふうに完成するのでしょう。楽しみです。
大きい人たち(人間のこと)によって環境が変化してきてしまっているマッドガイド・ウォーターを離れるべきかとどまるべきか。ヤービ族は考えなければいけない時期がきたようです。どういう結果になろうとも、マッドガイド・ウォーターが好きだし、自分もウタドリさんもマッドガイド・ウォーターの一部だと考えるヤービ。なんて素敵な子なのでしょう。
優しい気持ちで読み終えました。さすが、という感じです。素晴らしい作品でした。 -
Posted by ブクログ
ハリネズミには友だちがいないけれど、だれにも邪魔されずにひとりでいることが好き。
うさぎの耳にバラの花飾りがついていたけれど、似合わないとはっきり言う。
かわうそは、そんな言い方したらかわいそうだと言うけれど心で思ってることと違うことはいいたくないと…。
そんなんじゃ、友だちができませんよと言うかわうそに「ほんとうのことをいえないなら、ともだちなんか、いらないね」と。
友だちがいないとさみしいし、だれも助けてくれないと困ったことになるよと。
もぐらにあってからハリネズミに変化が訪れる。
うさぎやかわうそやもぐらに会った夜、眠れずにいたハリネズミは、ししゅうをする。
そのししゅうをもぐらは、見えない目ではなく手でさわってかたちがわかることに感動し、壁に飾って大切にする。
それから…。
もぐらのことばからたくさんのことを知るハリネズミ。
明日はどんな日になるのかわくわくするし。
次の機会が楽しみだと待つこともできる。
うれしい気持ちは悲しい気持ちを打ち消すことができる。
自分と違う考えを持っていると言うことは、新しいことを知り楽しみを知ることにもなる。
友だちの大切さを感じることのできる児童書だと思った。
-
Posted by ブクログ
とても素晴らしい一冊だった。いろんな方向に考えや思いが飛んでいき、うまくまとめられないのが悔しい。共感、あきらめ、希望、期待、孤独、自分の中にある様々な心に問いかけてくる。
(物語)
友達はいないけれど、一人が好きで平気なハリネズミ。思った通りのことを口にするので、相手を傷つけてしまいます。背中のハリだけでなく、言葉もチクチクしています。そんなハリネズミがモグラと出会い、変わっていきます。最後には、ハリがあることで友達を守ることができて良かったと思えるまでになります。
******
ハリネズミは確かに感じが良くはない。でも、正直な気持ちを言っているだけとも言える。意地悪をしてやろうとかいう他意はない。
思ったことが言いにくい事だから口にはしないといった経験は誰しもある。口にしない人は性格の良い人で、口にして相手を不快にさせてしまった人は性格の悪い人なのだろうか?同じことを心の内では思ったのに、相手を不愉快にさせてはいけないと本当のことは言わず、他の言葉で取り繕った人。ちょっと失礼だけれど、思ったことをそのままいう正直さを選んだ人。
個人的には私なら後者の方が信頼できる。もちろん、言い方は工夫してオブラートに包んで欲しいけれど…。前者のような人が蔓延していて、私には恐怖しかない。敏感だから、相手のちょっとした表情で思っていることがわかり、いちいち傷つくから。前者の方ができた人、良い人とカテゴライズされがちな世の中は肌に合わない。
ただ、この物語を読んで、友達でなくても、相手を尊重したり、話を(自分の考えをまずは混えずに)聞いたりすることは、孤独を好む者でもやった方が絶対いいなと感じた。そして、本当に素敵だと思える人に出会えたら、友達が欲しいと思った。
もぐらとハリネズミの会話は無駄がなく、心を端的に表していて素敵だった。こんな会話ができるようになりたい。私はよく言葉が足りなかったり、言い方が悪くて誤解される。後になって、あっ、あれは良くなかったなと反省する。
ゆっくりと(時間的に、気持ち的に)話ができないときは、余計な事は話さないほうがいいと頭ではわかっている。思っていることと、違うように受け止められてしまうから。単に相手が悪いのではなくて、自分も、相手にこう思われたらいけないとか、こんな風に思われたいとか、でもこの事は伝えたいとか、その時嫌なことがあってイライラしてそれを発散したいとか、劣等感とか…そういう思いが織り混ざって本当の心のままに言葉を発していない自分がいる。そして誤解されたまま受け止められ、悪く取られ、離れていく。相手の表情の変化を即座に見分ける私は、少しでも相手の心にこちらに対する何か悪いものを見つけると、とっさにそれを感じを近づけなくなってしまう。
友達がいないと、確かに困った時に助けてもらえなくて途方に暮れる。自分一人でできることは限られている。ただ、友達って困った時のためにいるものではないじゃん、とも思う。人として好きだから、一緒にいて楽しいから友達でいる以外あるのだろうか?
私はとても人付き合いが苦手だ。大抵の人とは関わるとどっと疲れるし、何回か関わっていると必ず嫌な気持ちになる。大学時代の友達の1人だけ、心から好きで一緒にいて楽しい、本当の友達だと思える人がいた。他は、たぶん本当に友達でいたいと思う人は1人もいなかった。
一人でいるのはとても好きだ。寂しいと思うのはほんのたまにだ。たとえなんとなくの友達といても寂しさはきっと変わりはしないだろう。もちろん、助け合ったり、愚痴を言い合ったりなんかはできるだろうけれど。
もぐらみたいに気が合いそうな相手がいればもちろん友達になりたい。そんな相手、そうそう見つからないだろうけれど…
気になったところ
○もぐら「その友達はいつやってくるかわからない。いつもふらりとやってくるからね。だからこそ、明日はどんな日になるだろうと、ワクワクしながら眠りにつけるというものではないか。」
ハリネズミはこれまでワクワクしながら眠りについたことなんてありませんでした。寝る前は、いつも嫌だったことが頭に浮かぶのです。
カワウソ「だから言ったんですよ。友達がいないと取り残されます。みんなと仲良くしていれば、良いことを教えてもらえるのです。」 -
Posted by ブクログ
『西の魔女が死んだ』の梨木香歩氏が手がけた児童文学。
場所は、マッドガイド・ウォーターと呼ばれる、どこかにある湖沼地帯。
学校教師の主人公が、ある日湖のほとりで出会った、ヤービと呼ばれる不思議な生き物のお話。
普段なんとは無しに周囲に存在している世界の中に、ふと突然、小人のような存在が暮らす世界への扉が開かれ、いままで見えてなかった世界に迷い込む。
子供の時分にもしかしたら妄想したことがあるかもしれない、そんな不思議な体験記の体裁を取っている。
ヤービたちの日々は、大いなる自然の中で自然とともに慎ましやかに、でも工夫に満ちた生活である。
彼らから見た自然は、大いなる未知をはらんだ世界であり、しかもその中でも子どもであるヤービにとっては、その生活は発見と驚きに満ちている。
ヤービが新たに発見し、帳面に記していく過程は、恐らく子どもにとっては幼児期の日々の追体験にもなっている。
人間では体験できないような、ミクロの、でも雄大な世界。そんな彼らの生活の背景にも、「環境の変化」を感じさせる兆候が見え隠れする。読者はおとぎ話のなかに人間の存在を確かに感じ取り、それがこの世界にリアリティを与えている。
何か目立った事件が起こるでもない。
素直で素朴な登場人物たちの間にこれといったスペクタクルが生じるわけでもない。
でも、本当に隣にヤービがいて、今日あった出来事を話してくれているかのように、その楽しげな語りに自然と耳を傾けてしまう。
そんな一冊。