細川英雄のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
とある本屋の、本棚の角に積まれていて。
なんとなく、これは呼ばれたなーと思って手に取った本だった。
学生ならレポートや論文、社会人なら企画書なんかを書く以前に、自分が自分の〈ことば〉で書くことに、違和感を覚えた人にはオススメかも。
小学生の時の作文から年齢を重ねて、客観性とか批判性、エビデンスが大事と言われてきたし、そう思っていた。
でも、筆者の言う、書きたいように書くことに立ち戻る意味は、よく分かる。
書く以上、他者を想定するわけだけど、伝えたいという表現の根本には「自分」がいるわけだから。
まぁ、伝えたいだけでもダメなのだけど……。
ただ、この本のもっとも推したい所は、末尾に掲載された、千葉くんという高校生の変容だ。
学校に対する不信感、書くことに対する苦手意識を持つ千葉くんが、「一人でいることと私」というテーマと悪戦苦闘?する。
回を重ねるごとに、一人でいること、への視野が広がり深まっていく様子は、なかなか、読んでいて感動を覚えた。 -
Posted by ブクログ
デザインというよりは、対話の意味についてていねいに掘り下げていった本。
平田オリザの会話と対話の話(『わかりあえないことから』)が記憶に残っているのだけれど、この本も非常に分かりやすく書かれていて、良かった。
要としては自己省察の方法なのだろうけど、単に話をして考えをアウトプットすることだけでなく、他者の視点を容れることで省察が進んでいく。
この意識ってつい薄れがちだけど、改めて自分の生活を見直してみた時に、この人にはここまでの話が出来る、って大きいなと感じた。
自分のために、そんな人との出会いを増やしていける所までいけば「意識が高い」のかもしれないが、なかなか、それが苦手です……(笑)
ただ、筆者の日本人像や日本人らしさに囚われてはいけない論だけは、あまり好きにはなれなかった。
確かに、個々人を見ると、いわゆる日本人像に当てはまらない人なんて沢山いる。
文化は変容するもので、人だって変化する。
けれど、自己省察を進める以上、切り離せない環境要因でもあると思う。
だから、何かが出来るとか、出来ないと決め付ける必要はないけれど、そもそも対話の風土がなければこそ、そういうことにも目を向けていけばいいだけなのだと思う。 -
Posted by ブクログ
「デザインする」という言葉にひかれて読み始めました。
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相手との対話は、他者としての異なる価値観を受け止めることと同時に、コミュニティとしての社会の複数性、複雑さをともに引き受けることにつながります。だからこそ、このような対話の活動によって、人は社会の中で、他者とともに生きることを学ぶのです。(pp.23-24)
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「自分」とは、「私」の中にはじめから明確に存在するものではなく、すでに述べたように、相手とのやりとり、つまり他者とのインターアクションのプロセスの中で次第に少しずつ姿を現すものです。(p.34)
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本当の自分とは、はじめから「私」の中にはっきり見えるかたちで存在するものではなく、自分と環境の間に浮遊するものとしていつのまにか把握されるのです。(p.34)
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しょっぱなから上記の文章が登場し、目からうろこ。
「対話」がコミュニケーションというふわっとしたものではなく、明確に道具として扱われているのかなと思った。だからこそデザインという言葉がくるし、起点はいつでもデザインする「自分」なんじゃないかなと思った。
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では、何のための納得と合意かというと、それは、対話のプロセスを通して、お互いが自分を肯定するためであり、生活・仕事・人生を自分で作っていくという実感を自ら持つためでもあります。このように考えると、自己と他者が協力して納得・合意するのは、参加者全員でつくっていく共同体としての社会のあり方そのものということができます。その意味で、自己と他者の納得と合意は、この社会で生きてくための基盤であるといえます。自己の外部にある権威に従属するのではなく、対話によって得られた成果をもとに、あなたと相手がともに新し社会創造をめざすしかないのです。(p.158)
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