ニクラス・ナット・オ・ダーグのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
本当に……とんでもない傑作だ。
舞台は15世紀のスウェーデン。
ただでさえ、この時代、この土地を描いた物語はそう多くない。
けれど本書には、もう冒頭から読者を引きずり込んでしまう吸引力がある。
『運命と希望』ニクラス・ナット・オ・ダーグ
荒廃し、死に絶えた土地。
靴や背嚢に重たい砂利を入れて歩く一人の青年。
彼はなぜ、このような苦行を自らに課しているのか。
またある場面では、
若き反乱指導者と、彼に心酔する美しい青年が
静かに心を通わせている。
その傍らには、憎しみに燃えた目がある。
日本の小説ではなかなか味わえない、
壮大な歴史のうねりのようなものがどろりと押し寄せてくる。
『運命と希望』を読んでいるあいだ、
心は完全に中世スウェーデンへ飛んでいた。
✧
本書が特別なのは、
これが実際に北欧史に刻まれた
ある衝撃的な事件をベースにしているところだ。
圧政に苦しみ、民衆も貴族も疲弊しきっていたスウェーデン。
そこへ追い打ちをかけるように、
ペスト(黒死病)が猛威をふるう。
そんな腐敗した時代に、
民衆を束ねたのが
カリスマ性を持つ若き反乱指導者エンゲルブレクト。
そして彼を支えたのが、
貴族の息子モンス・ベンクトソンだった。
しかしこの美しい青年は、
心酔していたはずのエンゲルブレクトを
なぜか斧で殺害したという。
この歴史のミステリーを小説として紐解くのが、
なんと当事者モンスの子孫である著者、
ニクラス・ナット・オ・ダーグ氏だというのだから驚く。
✧
いつの時代も、どの国でも、
人間の営みはそう変わらない。
愛憎、自己顕示欲、自己犠牲、欺瞞、諦観。
人は、自分が生きることだけで精一杯だ。
本書では、さまざまな人間関係が描かれる。
モンスとエンゲルブレクトの、愛情にも似た依存関係。
モンスの親友であり、兄の代わりでもあるフィンとの主従関係。
クリスティーナが息子モンスに向ける異常ともいえる愛情。
その一方で、クリスティーナから見向きもされない娘ブリータ。
……あぁ、これ相関図を描いたらとんでもないことになるな。笑
きっと、いろんな矢印がモンスの方向へ伸びている。
ハードカバー600ページ弱という鈍器本ながら、
ヘレンハルメ美穂さんの翻訳は驚くほど読みやすく、
しかも文体がとても美しい。
中世スウェーデンの凍えるような冷たさを肌で感じ、
欲望と愛憎にまみれた生々しい熱を浴び、
最後には儚い喪失感と、
その先に見えるかすかな希望まで手渡される。
至福の読書体験でした。
そして、続編『Vargars lek(狼の戯れ)』が
2027年に刊行予定だと知って狂喜乱舞しています……!
この先の彼らの物語が紡がれる日が、
本当に待ち遠しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレニクラス・ナット・オ・ダーグの歴史ミステリ三部作。その第1作目。
とんでもなく重厚な小説。一作目の1793はミステリというよりは、殺人事件を題材とした歴史風俗小説の感が強い。本当に、匂い立つくらい当時の情景の描き込みがすごい。
4部から成り、1部は凄惨な死体が発見され、引っ立て屋のカルデルと病に侵された探偵セーシルが邂逅。2部はある青年が身を落とすまで、3部はありもしない罪を背負わされた少女、4部は1部の二人に戻る、という構成。
2部、3部が1部から過去の時間軸となるため、どのようにクロスするのかが非常に楽しめた。
ミステリとして読むと肩透かしかも。死体の状況と動機の繋がりが弱い気がした。ただそれを抜きにしても、重厚で、目を背けたくなるような凄惨な場面も多いが、読み応えはバッチリ。
3部作ということもあってか、裏で暗躍する組織、フランス革命の余波などはそんなに。2作目以降、決着がつくのだろう。ただ、あまりに重いのでちょっと間に違う本を入れてかな。。。
最後に、2部の青年、結構いい役回りだけど。後々思い出すと、妹に朝の快便具合を手紙で書く変態だったわ笑 -
Posted by ブクログ
1793年
18世紀スウェーデンのたった一年の出来事を記したミステリーは、この時代の重みをしつこいほど練り込んだ物語だった。
絶対王政の歪みが極限に達し、フランスで革命が起こり、他国の支配層に恐怖を植え付けた。
ヨーロッパのどの国も宗教権威の失墜の上に、新たな支配層とたび重なる戦争で社会格差が広がり、汚職と貧困に満ち溢れていた。さらに不衛生な環境のなか伝染病が蔓延し、人々の生活は破綻していた。
“歴史小説”ではあるが“大河ドラマ”では無く、時代の歪みのなかで泥臭く“生きる”さまを、執拗に描いた、重厚な物語。
その描写の凄まじさから途中で何度も挫折しかかったが、読み終えることで他では味わうことのない読後感を得た。
食べたことのない味がおいしいかどうかわからないように……
好き嫌いは後からやってくるだろう。 -
Posted by ブクログ
北欧を席巻した歴史ミステリー3部作とあっては、読まないわけにはいけません。4部構成。1部から3部までそれぞれ主人公が変わり、また各部の繋がりがまったくわからず、これは短編集かと思わされてしまいます。それもそのはず。目次をよく見ると秋から始まり、夏、春と遡っています。そして最後に、最初の秋の次の冬が来るという構成。1部では、手足が切り取られた死体が発見。2部では犯人が手足を切り取る様子が。3部は無実の罪を着せられた少女の刑務所からの脱出劇。残酷な場面もありますが、各部ともスリリングで、すっごく面白かった。最後のいわゆる解決編の第4部も、最後の最後まで楽しめる内容でした!
-
Posted by ブクログ
とりあえず、感想を一言で言うなら
「早く1795翻訳出版してください」
三部作ラストが読みたくてたまらないからである。
今作において、隻腕の引っ立て屋カルデルと、不屈の女性アンナが健在なのは嬉しい。
アンナには、また、驚くべき事態が次々降り掛かってくるのだが、その全てを乗り越えていく姿は、これだけでも1つの作品にしちゃっていいんではないかと思うほどだ。
せーシルが前作で病死してしまい、どうなるのかと思っていた。
実は生きてましたーというのが望ましいと思っていたのだが、やはり亡くなっていたらしく、弟のエーミルが登場し新たな相棒となる。
しかし、この弟は、兄とは違う病を抱えている。
彼らが調査することになる事件は、読者には知らされているも同然なので、これ以上、どうなるのかと、この長い物語を一気に読んでしまった。
凄惨で美しい当時のスウェーデンの街や森、奴隷貿易の島などの描写は素晴らしく、目に映るような恐怖を感じる。
とにかく、早く続きを。 -
Posted by ブクログ
四肢を切断され、舌を抜かれ、目を潰されながらも、数週間は生かされたと思われる死体が沼地で発見される。引き上げた風紀取締官のジャン・ミッケル・カルデルと、警察の臨時探偵を任されている法律家のセーシル・ヴィンゲが、即席のタッグを組み犯人探しに乗り出すが…。鍵となるのは、遺骸を包んでいた高価な布地。果たして二人は真相に辿り着くことができるのか。
舞台はそれぞれの作品の題名通り、国王グスタフ三世暗殺直後の混迷期のストックホルム。当たり前だが検死技術もDNA鑑定もない時代、且つ犯人と思われる人物は貴族で、無尽蔵の財力、そして事件を揉み消す権力もあるだろう。そんな無理ゲーには、ただひたすら足と頭を使い立ち向かうしかない。残酷なことをした犯人に見合った罰が下されて欲しい、早く溜飲を下げたい、そんな感情に駆られながらページを繰ったが、それは正に作中に登場する公開処刑に歓喜する観衆と同じで。そのことに気付いた時は「なんとも意地悪な作者だな」と冷や汗をかくだけだったが、まさか三部作の最後、あまりのサディズムの境地に絶叫しながら転げ回ることになるだろうとは思いもしなかった。
「ベルマン・ノワール三部作」の別名通り、スウェーデンで同時期に名声を得た詩人ベルマンの作品に特徴的な、不安・欲望・酒・死の要素が通底する作品群。ゴミ溜めのような街を、文字通り腕一本であらゆる障壁を薙ぎ倒しながら進むカルデルと、結核で身体はボロボロだが頭脳だけは鋭利なヴィンゲの二人の、1+1どころか10以上にもなるような、バディ的関係も非常に魅力的だが、特に貧困層に属するその他の登場人物の個性も際立っていて、死に物狂いで生き抜こうとする彼らの気概に押されるように、スウェーデンの三年間を一気に駆け抜けてしまった。とにかく面白かった、久々に憑かれたように本を貪った。物語としてもまとまりが一番良かった『1793』で読み終えておけば、と少し後悔をしないでもないが、こんなにも徹底的に叩きのめされ、消えない傷を残されるのであれば、三作全部を読んで良かったかもしれない。むしろ今は少し希望も抱いている。あまり万人に勧められる内容ではないが、北欧ミステリ好きやこの時代のストックホルムに興味がある方は是非読んでみて欲しい。