和田裕弘のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
★★★2020年4月★★★
織田信忠に興味を持ち始めてからもう26年。
ちょうど信忠の生涯と同じ年数だ。『信長公記』を読んでも、信長軍団に詳しい谷口克広氏の著作を読んでも、なぜこんなにも長く「信忠凡庸説」が世に広まっていたのかが不思議で仕方ない。
この本『織田信忠』は、真正面から信忠を取り上げた著作として画期的だと思う。近衛龍春氏の小説で取り上げられたのは知っているが、新書は初めてなので、本屋で見た瞬間に即買いだった。
僕が今回、目を引いたのは信貴山城攻め。
あの戦いは、あっけなく片付いたから大したことのないものと思われがちだが、少しでも時間をかければ織田政権が揺らぐ可能性もあったこと。松永久秀のような老獪な敵がこもる城を短時間で片づけたのは武将としての実力がある証拠だという事。この戦いを信忠の実力を示すものとして取り上げた意義は大きい。
次に神吉城攻め。
秀吉の三木城攻めのついでのように扱われるこの戦いも重要なものとしてとらえている。播磨全体を敵にかわしてしまった秀吉の大失態(←これも画期的な考え)を挽回したのは信忠だという。
次々を列挙ばかりだが、岩村城をはじめとする東美濃の攻防はもっと研究されていい分野だと思う。明智光秀もあのあたりの出自だというし。武田氏との攻防においても非常に重要な地域だと思う。
あの司馬遼太郎ですら「信忠は凡庸」と決めてかかっていたのは本当に不思議だ。
この本をきっかけにどんどん信忠研究が進むことを期待したい。 -
Posted by ブクログ
NHKの大河ドラマとは違った史実が実際の古書、手紙などから検証することで発見されている。その主な事で気になったのは、兄の秀吉に被り豊臣秀長の古文章などが少なく立証できなという。秀吉に仕える家臣は秀長の人柄に惹かれた者が多くその後秀吉の家臣(藤堂高虎など)になったと言う事実がある。秀長の性格としては実直で朴訥、温厚で、寛仁大度で太閤の欠点をよく補った、と言う。よって諸大名が秀長に依頼して太閤秀吉に取りなしを頼み、その安全を得たものが多かったともある。秀長(元服前は小一郎)で木下から羽柴、その後豊臣へと姓が変わる。元々は信長の直臣であった可能性が高く、木下小一郎として信長本陣の先陣の一人であり、1574年の長島一揆の攻めの時に名前が出ており、秀吉の直臣ではなく与力で秀吉とは距離をおいた別行動だったとある。秀長の活躍は但馬、播磨両国を平定したことが評価され、四国攻めでは秀吉に変わって軍勢の総大将として活躍、九州平定後には旧主の織田信雄、徳川家康などとの折衝するなど兄秀吉とは忠義を尽くし、北条攻めには参画できず51歳で没となる。