秋山聰のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
アカウントのほうを知らずタイトルと装丁で購入した一冊。物語編と歴史編に別けて西洋絵画のポイントを簡素に教えてくれる。
物語編では、ギリシャ神話、聖書、各所物語がテーマの絵画をフルカラーで、どういった場面かの軽めの解説と共に物語テーマの絵画としての見るポイントを抑えてくれる。
歴史編では、西洋美術史の描き方が変わったポイントを抑える形で、手法と作品に焦点を当てており、ロマン主義やら印象派やらなんやら小難しいことは排除されている。
感覚的に絵画を見て、そこから深みへ入っていける人と、そうではない人がいるが、そうではない人は絵画に限らず何事もバックの情報があったほうが俄然面白くなる。その面白さの発見の取っ掛かりとして、分かりやすいポイントをまずは抑えるくらいかつ広さでサポートできる点がとても良い。 -
Posted by ブクログ
本書は、西洋絵画を鑑賞する前に知っておくとより楽しめる「絵にまつわる物語」に焦点を当てた「物語編」と、表現技法のイノベーションを解説する「歴史編」の二部構成になっています。
「物語編」では、主にルネサンス期からバロック期にかけての宗教画や古典歌劇を題材とした絵画を取り上げて、その背景となる物語や、画家ごとの表現の違いから見えてくる主題の切り取り方の差異を説明しています。
「ホロフェルネスの首を斬るユディト」「オフィーリア」「アモルとプシュケ」「ダヴィデとゴリアテ」等については、おぼろげに知っていた物語も、より深い背景を知知って理解が深まりました。例えば「ユディト」とよく似たモチーフで、生首が描かれる「サロメ」。「女と生首」という構図は一緒ですが、違いを知るためにどこを鑑賞したら良いかが分かります。また「オフィーリア」がシェイクスピアの『ハムレット』に由来することを初めて知り、私自身が知っていた(おそらく最も有名な)ジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」以外にも、多くの画家が同じ題材を描いていることを今更ながらに知りました。私はミレイ版が一番好きでしたが、今後に向けて、それぞれの画家の「オフィーリア」を鑑賞する楽しみが増えた気がします。
他にも、美の女神ヴィーナスは“巨大なホタテ貝からかぐや姫のように生まれた”わけではないこと、あるいは神々の王ゼウスが「お前のものは俺のもの」という悪代官のような人物であること等など、中々興味深く読めました。
一方の「歴史編」では、西洋絵画の技術的革新を「何が従来と違うのか」に焦点を当て、1400年代から20世紀までを時系列で紹介しています。ジョットやマザッチョによってもたらされた質感や奥行きの表現、ダ・ヴィンチが用いたぼかし技法「スフマート」、印象派のマネやモネが目指した光や空気の表現、そしてデュシャンが既成概念を覆した“署名入り便器”「泉」まで、知っておくべき西洋美術の基本的なトピックスが一通り網羅されています。
仕方のないことですが、本で紹介される絵画は、印刷やレイアウトの都合で暗く見えたり、小さく掲載されていたりと、少しわかりにくい部分もあります。とはいえ、文章量は少なく、1日で読み切れる手軽さは魅力かもしれません。
タイトルにあるとおり「美術鑑賞は好きだけど、なんとなく眺めていただけかも…」という方には、作品の見方が変わるきっかけになる一冊だと思います。絵を見る楽しさが、ぐっと深まるかもしれません。 -
Posted by ブクログ
物語と歴史の観点から絵画を読み解けるようにしてくれる1冊。
絵に描かれている主題やストーリーがわかる物語編は、読めば読むほど「なるほど」と思うことが多く興味深かったです。
1つの主題に対して、複数の絵を紹介しているので、画家による表現の違いを見て楽しめました。
一方、歴史編はやや教科書的な内容でしたが、こちらも興味深く、時代ごとの絵画のターニングポイントを示しているので、「この絵はあの技法を取り入れてるかも?」など当てはめながら、鑑賞時により汎用性高く使えそうな知識だと思いました。
学んだことを生かすべく、国立西洋美術館に行きたくなりました。
西洋画の主題には神話や聖書が多く取り上げられますが、あまり馴染みがないので、日本編もあったらぜひ読みたいと思いました。
物語編にたびたび取り上げられる、ジョン・エヴァレット・ミレイとウォーターハウスの絵が好みだったので、登場するたびに嬉しくなりました。
いつかオフィーリアが日本に来てくれたら、ぜひ足を運びたいです。 -
Posted by ブクログ
聖遺物のキリスト教における位置づけの変遷、産業、美術に与えた影響、そして熱狂の終焉とその後についてコンパクトにまとまっている。聖遺物にも様々なものがあるが、より価値の高いものは聖人そのもの、はっきり言ってしまえば殉教者の遺体である。それらを巡って宗教関係者や王侯貴族、民衆が熱狂し、ひと目見ようと押し寄せていたのである。遺体を見に押し寄せるというと一見奇妙な行為に思えるが、日本においては現在も即身仏を祀り拝むことが続いていることを思い出せばそれほど奇妙とは思えなくなる。また、洋の東西を問わず聖人の遺体を崇敬するという行為が行われてきたということは興味深い。宗教、文化は違えど信仰の根本にあるものは同じものであるのだと感じた。