御子柴善之のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「批判 (Kritik)」は現代的意味の批判ではなく「限界・境界を確定する」という意味なのだそうです。つまり,「理性の守備範囲の確定」というのが純粋理性批判の目指すところ。
ジュニア新書ということで,筆者の労は理解しているつもりですが,何を解決させようとする流れなのかを見失う,あるいは迷子になる感じがしました。
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私たちは,勉強が進み,さまざまな経験を重ねる中で,いろいろなことが<分かって>きます。なにかが<分かる>とは,それと他のものとを<分ける>ことができることでしょう。たとえば,ある漢字が分かるとは,それを他の漢字と見<分ける>ことができることでしょう。そうすると,私たちが最後に<分かりたい>ことは,なんでしょうか。それは,私たちになにが分かりなにが分からないかを<分ける>,その限界がどこにあるかではないでしょうか。この問いに答えるのが『純粋理性批判』です。(p.20)
…私たちの認識において,すべてが「経験」に由来するのではなく,その経験を可能にするア・プリオリな形式がつねに「ともに」働いているのです。(p.49)
意志をもった行動を「行為」と言いますが,行為の善と悪を分けるのは,意志のあり方なのです。(p.80)