安藤百福のレビュー一覧
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購入したのは去年やったかな?
読んだのは今年。
なんと今年は著者の生誕100年にあたる年。
なんたるタイミング。
それも知らずに読んだ偶然。
日清食品の創始者である安藤百福さんの人生って思った以上に波瀾万丈だったんですね。
大阪人として誇りにすべき経営者の一人だと思っています。
実際、彼は日清食品としては40代で立ち上げた。
ほんまに偉大な経営者は、何歳であってもバイタリティが溢れています。
私達も、負けてはいられませんな。
自分で年齢制限を決めたりする、世の中の1番脂の乗った40~50代から、若いのに諦めの早い学生全ての人達に読んで欲しい一冊ですね。
人の人生は小説よ -
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安藤百福は日清食品の経営者だった方だ。安藤さんはチキンラーメンの、ということは、インスタントラーメンの発明者であり、また、それをカップヌードルに展開した方である。
安藤さんは1910年生まれであり、戦前からの経営者だ。安藤さんが異質なのは、チキンラーメンの発明がずいぶんと歳をとってからのことだったということである。チキンラーメンの発売は、1958年のことであり、安藤さんは48歳になっていた。チキンラーメンの開発のために自宅に小さな小屋を建て、その小屋の中にキッチンをつくり実験を重ねていたものが、ようやく実を結んだものである。麺を油で熱することが発明の本質であり、この発明がなければチキンラーメン -
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日清食品の創業者である安藤百福さんが、昭和を代表する起業家のお一人であることはもちろん承知していたが、数奇な人生を送ったとは、朝ドラ「まんぷく」で初めて知った。しかしドラマは所詮フィクション。大袈裟に描いてあるかもしれないので確認したいと思い、ご本人の手による自伝を手にした。前半は、日経新聞に連載された『私の履歴書』から。後半は、安藤さんが晩年に熱意を燃やした麺のルーツ探索の紀行『麺ロードを行く』である。
朝ドラは百福さんの奥様がヒロインであり、百福さんがモデルの準主役「萬平さん」は、発明家として有能ではあるけれど、少し浮世離れした純粋な人で、経営者としてはいささか頼りない夫に描かれている。 -
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日清食品創業者、安藤百福氏の麺ロードを辿る旅行記&食レポ。
伝承料理研究家の奥村彪生氏も同行。レシピ有り。
社長退任後に中国全土を巡り、300種類以上の麺を食べたという、
その旅行記&食レポは、70歳代の頃・・・なんてパワフル!
しかも、30年前(1988年)の著作ですから、
当時の中国は移動も滞在も、制限があり、
大変だったことでしょう。
実は、20年ほど前に読んだ本で、久々の再読。
中国13か所での麺料理は、当時、中国に行きたい自分に、
なんと多くの種類があるのかと、驚きを与えてくれました。
中国は広い・・・“麺”の定義と共に、各地の麺の多様さ・・・
今読んでも楽しいです(^^♪
現在日本 -
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安藤百福は、挑戦の人であり、努力の人である。
戦時中に経営していた工場で、無実にもかかわらず、憲兵隊に逮捕され、拷問を受けた。
また、戦後も脱税の容疑でGHQによって2年間、巣鴨プリズンに投獄されている。
戦争や病気、投獄で死生観を見つめた人の中に大経営者になる人が多いが、安藤氏もその一人だ。
そして、1年間、4時間睡眠で研究に没頭した結果、「チキンラーメン」を生み出す。その努と粘り強さは半端ではない。真の「粘り強さ」とは失敗しても這い上がる力である。
創造的破壊をイノベーションという。しかし、安藤氏の革命は、破壊を伴わない。即席ラーメンという新しいジャンルを確立し、世界の食に革命をもたらした -
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トヨタだって松下だって、もとをたどればみんな欧米の国産化をめざして発展してきた。けれども、このチキンラーメンだけは安藤さんのオリジナルといえますね。ザ・ニッポン!誇りに思います。
以下、メモ
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1910、M43台湾生まれ
1932、S7 22歳、メリヤスの仕入れ販売で大当たり
1938、国家総動員法
・幻灯機の製造(軍需工場の工員教育用)
・終戦直後 久原さんのアドバイス「こういう混乱期には不動産を買っておくものだよ」
・製塩業、青年を集めてイワシ漁、奨学金、脱税疑惑、巣鴨プリズン、腐った飯、食の重要さにきづく
・頼まれて信用組合の理事長に。破綻。 -
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「「失ったのは財産だけではないか。その分だけ経験が血や肉となって身についた」。」
チキンラーメンを発明した安藤百福氏の本。先日、カップラーメンミュージアムを訪問し、もっと著者について知りたいと思った。
チキンラーメン発明までにも、様々な会社を起こしており、そのエネルギッシュさには驚かされる。また、会社を通して社会貢献している点に尊敬を覚えた。さらに、チキンラーメンを日本で販売する前からアメリカに輸出している点は、まさに著者の国際感覚、そして挑戦心を表していると思われ、る。
カップラーメンの容器は、運ぶ際には包装材料、蒸らす際には調理器具、食べる際には食器、という3役を兼ねる。偉大な発明だ -
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メリヤス製造、幻灯機、軍用機部品製造、製塩業、信用組合理事長の職にも就く。その間に資材横流しの嫌疑で拘束されたり、脱税の疑いで収監されたり、信組破綻で自宅以外の財産を失ったりするも、その後、戦後の窮乏の時代にお湯があればすぐ食べられるラーメンの開発に没頭。
魔法のラーメンといわれたチキンラーメンを開発し、カッブヌードルを生み出し、宇宙食まで手掛ける日清食品の創業者。
朝ドラの「まんぷく」再放送で本書を手に取りましたが、番組をなぞるようでそれ以上の感慨、感動は残念ながら感じませんでしたが、大事業を起こす人物の熱量と行動力、執着力の凄さに想いを馳せました。
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Posted by ブクログ
チキンラーメン、カップヌードルを生み出した安藤百福の「私の履歴書」をベースにした一冊。麺好きとしてはインスタントラーメンの生誕がどのようなものであったか知られたのはうれしいもので、背後には並々ならぬ努力があっただけでなく、ビジネスとして成功させるために現金決済にこだわったところなど、一旗あげるまで時間がかかった人ならでは苦労がにじみ出ています。
カップヌードルがヒットしたのはあさま山荘事件がきっかけというのも良く聞く話だけど、その影には失敗も多数あったということで。個人的にチキンラーメンはそんなに好きではないものの、成功者の話としては秀逸。