トッド ローズのレビュー一覧
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平均は集団を比較するのには役立つが、個人には役立たない。
平均は数値以上の意味を持たないということを思い直させてくれた。
平均として個人をまとめてとらえるのではなく、より細かい視点から個人を見ることが出来れば、その人の良いところが分かる。人を見る目というのは、どれだけ細かいしてから人を見ることが出来ることなのではないかと思った。
勉強ができない人も、自分にあったペースで一つ一つ進んでいけば、必ずゴールにたどり着くことが出来る。だから、物事はかけた時間に比例する。大切なのは歩みを止めないことなのかもしれない。どんなにゆっくりでも、仙台からさいたまに自転車で帰ってこれたように、歩み続ければ先に進むのだから。
平均することで一言で表す必要などなく、要素要素を見ていくことが必要なんだと教えてくれた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ軽々しく個性ということなかれ
一つの基準で比較することを奨励したおかげで、一次元的思考に偏るようになってしまった。
人間の才能にはばらつきがあるという事実を受け入れ、子供のそれぞれのプロファイルを評価し、長所を生かすための方法を探してあげる。
行動は、特性、状況のどちらかで決まるわけではない。
特別なコンテクストでどのように行動するのかを理解する。
平均主義に騙された私たちは、正常な進路なるものがあると思い込み、成長の道が一つだけ存在すると信じて疑わない。
みんなと同じ場所でみんなよりも秀でなければならない。こんな窮屈な思考パターンに陥ってしまう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本はすごい!!!
目からうろこが落ちるどころが、うろこをひっぱがされる感じ!
データをとって、「これが平均値」となると、それがマジョリティの中のマジョリティ、母集団を代表する存在である、と思うじゃないですか?
でも平均に一致するものが何もなかったり、あるいはその+/-の範囲に入るものがすごく少ないケースは多々あるという話なのです。
1940年代のアメリカ空軍は墜落事故が多発していましたが、その原因がコックピットの使いづらさだと判明。当時「パイロットの平均体形」に基づいて設計されていたものの、1950年に改めて身長、胸回りや腕の長さなど10カ所の平均値を割り、10項目すべてにおいて平均範囲におさまるパイロットがどれだけいるかを調べたところ、4,063人の内10項目全てが平均内の者はただの一人もおらず、3項目だけに絞っても該当する者はたったの3.5%しかいなかったのです。
これは体という物理的な話ですが、能力においても同じ「平均主義の偏見」がはびこっています。
大学出願のための全国統一試験において点数が高ければ「能力が高い」とみなされるわけですが、この点数とは、「平均値とどれだけ乖離しているか?」で測られます。
高いほうに乖離すれば、あらゆる分野で能力が高く、低いほうに乖離すれば、あらゆる分野で能力が低い、とみなされてしまう。
結果、生徒は「同じ分野(試験の対象となる科目)でどれだけ抜きんでるか」を競わせられ、その試験では図られない分野の能力は切り捨てられていき、能力の無駄遣いや自尊心の欠落などの悲劇が生まれるわけです。
人格でもそうです。かの有名なマシュマロテスト(マシュマロを食べずに我慢できた子は人生で成功する確率が高い)には、他の学者による続きのテストがありまして。
それは、マシュマロテストの説明をする大人を二人に分け、一つ目のグループには信頼を置ける大人、二つ目のグループにはそれまでに子供に約束したことを破って信頼感を持てないようにした大人が、マシュマロテストの指示を出します。
すると、当然ながら二つ目のグループのほうが、マシュマロを食べる確率が高くなりました(我慢しても報酬がもらえるとは思えないのでね)。
つまり、人格のようになかなか変わらないものですら「コンテキスト(その場の状況、背景ですね)」に左右されるわけです。
なので、人格テスト(SFでもVIAでもそうですが)も、実はそのコンテキスト次第なんですね。
例えば社交性ひとつとっても、友人たちとの集まりなどカジュアルな場では社交的だが、会社のパーティなど年齢層が幅広く、固い場ではシャイになる人がいるわけです。
でもテスト結果によって、「この人は(世の平均と比べてこの項目の点数が高いから)こうである」と判断されてしまう。
そして同じ点数を取った人が、いつでもどこでも同じようにふるまうとは言えないのですね。
この著者は高校までさんざんな成績(Dばかり)でした。
そのあと、結婚し、子供も生まれ、なんとか凡庸な大学に進学しなおしたのですが、勉強する時間が限られていたため、「自分にあったクラスを集中的にとる」やり方で生き延びようとします。
その結果、Aばかりの成績となり、ハーバード大学院に進学するのですね。
彼自身、平均というものから思い切りかけ離れていた人なのです。
(そうは書いてありませんが、ADHD的な行動パターンを感じさせる人です)
だから、平均のうさん臭さがわかるんでしょうね。
この本に書かれていることは、言われてみればそうだな・・・と納得できることばかりなのですが、逆に「どうして今まで改めて考えてみなかったんだろう?」ということばかりでもあります。
どれだけ世の中が平均主義にやられてしまっているか。
どれだけ、世の常識から離れて思考できるようになるか?
正直、そうできる自信がありません。
常識の呪縛から離れるためにも、めちゃお勧めの本です。 -
Posted by ブクログ
「〇〇は捨てなさい」的なタイトルはあまり好きじゃないけど、本書はとても気になったので購入してみた。
しょっぱなから出てきた空軍のコックピット問題についての記述は、私の中で大ヒットだった「多様性の科学」でも出てきたやつだったので、かなり期待して読み始めた。
まず、平均というものが社会に出てきて、多用されるようになった歴史から。とても興味深かった。私にとって、「平均」は「平均」であって、「平均」についてそれ以上のこともそれ以下のことも考えたことがなかったので、「平均」が登場したころの「平均が完璧である」という考え方には逆に新鮮さを感じた。平均な人間が問題のない人間であって、そこから外れると劣った人間とみなされるなんて、なんてなんて窮屈な考え!
平均主義の歴史が研究者とその研究に基づいて理論的に説明されるので、少し退屈になってくるけれど、よくよく読むと本当に面白い。こうやって、〇〇主義とか生まれて、いずれは市民にまで浸透して、固定観念ができていくんだな~と思った。
で、少々疲れてきたところにやっと、解決策となる3つの原理
・バラツキの原理
・コンテクストの原理
・迂回路の原理
について語られる。こう理論的に語られると本当にどれもその通りと思うのだけれど、実際まだまだ平均主義は根付いていて、自分だってそうじゃないかと何度も自分に突っ込みを入れた。
実際に平均主義ではなく、これらが取り入れられた社会システムになることで救われる人がどれだけいるか。まだまだ浸透していないからこそ、現在の教育では取りこぼされる才能や個性があって、したくもない仕事をすることになって・・・と本書に同意すればするほど、平均主義やテイラー主義がなくなった社会はユートピアなんじゃないかと思う。
今後このような考え方はもっと浸透していくだろうか。口先だけではなく「個」を重んじる社会になれるだろうか。自分自身の意識から変えていこう。
少し中だるみした読書だったけど、読んで良かったと思う。 -
Posted by ブクログ
いまのところ今年いちばん面白かった本。タイトルが軽薄なビジネス書のように思われるが、出典明示度が高く骨太。原題はTHE END OF AVERAGE How We Succeed in a World that Values Samenessなのでビジネス書感はある。単純な平均だけでは物事は測れない、環境(コンテクスト)で事象の起こりやすさが変わる。そもそも平均して人間の特質を評価しようとすること自体が発明であり、企業が利益を追うことに適合していたのでそのまま広く使われるようになった。学習においての偏差値が使われるのも、差を見出したいからであってそれが本質かどうかは別の問題である。テストの成績が良い人は、そのテストが良く解けた人であって、他の優秀さとは全く相関がない。当たり前だけれども、あらためてそこに気付かされた。
手の長さや身長体重など様々なパラメータを平均した場合に、すべてが平均的な人は存在しない。得点力が優れた選手だけを集めたバスケットボールチームが弱体化した。平均からとても離れた優秀な戦闘機パイロット、など事例が多く読みやすい。
筆者は学業において平均から離れていたため、非常に苦労して大学教授になった。成功するためには個性を活かすようにすること、というあるいみ平凡な結論ではあるが、そこにしっかり理由があった。 -
Posted by ブクログ
・才能にはバラツキがあるとして、画一的な評価をやめたグーグルやマイクロソフトの事例が興味深い。特にグーグルは具体的な項目を洗って調べており、説得力があった。
・個人は、特性心理学・状況心理学、いずれか一つではなく、複合的な要因で形作られるという当たり前のようで、偏っていた思考がわかった。
・「あなたは正直、不正直」では、誰もが一貫性を持っておらず、状況によって変わる事がわかった。
・「才能は特別なコンテクストで発揮される」でも、似たような事が書いてあり、その通りだと感じた。
いずれも思い込みと事実が実は異なっているということに、はっと気付かされた。 -
Posted by ブクログ
学歴高いくせに、学歴ないから。
と言った言葉がいかに無意味が分かる本。
大前提として平均的な人間は存在しない。
現代では、平均主義を掲げ、組織を優先した結果、人を代替可能な労働力として見ている。
平均的な人間を作ろうと努力し、それぞれの個性や能力のばらつきといったものに目を向けなくなった結果、平均的な人間はいないということにも関わらず、平均的な人間をベースに物事を考える罠にハマりがちである。
もちろん、個人的に比べるのではなく、集団として比較する際には平均が役に立つ。ただし、個人に関して決断を下す必要は生じた場合に平均は役に立たなくなってしまう。
複雑でばらつきのあるものを理解するためには1次元的思考は役に立たないからだ。
テストの点数を見るのではなく、より細かく、同じ点数の子でも、この子は分数が得意、この子は掛け算が苦手などして、その個性に着目して個性を見定めることが重要である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ平均は数値として計算できるが、平均的な身体のサイズの人はいない。同様に平均的な才能や知性や性格、も存在しない。
平均信奉はテイラー主義が由来。
マイクロソフトはスタッフランキングで失敗した。社員に多様な才能があることを見逃し、ひとつの尺度で測定した。官僚的組織になる。
太って背の低い人と痩せてて背の高い人、どちらを大きい人と呼ぶか。答えられない。
新入生の知能テストは、テスト間での相関はない。学業成績と知能テストも同じ。卒業後の仕事の実績と学業成績にも相関はない。
グーグルは社員の実績に相関がある変数は見つけられなかった。
履歴書不要の採用プログラムで実際にプログラムを教えて採用を決定すると、履歴書があったら採用しない人材が成績が良かった。
性格や特性はコンテクストによる=コンテクストの原理。人間の特性は決まっていない。本質的な性質はない。特定のコンテクストで一定なだけ。
道徳的な行動でさえ、外的状況に左右される。人間のそもそもの特性はない。
マシュマロテストの結果も、事前に大人が嘘をつくか否かによる。自制心は本質的な能力ではない。
採用はコンテクストを細かく分析して、職務経歴書と付き合わせる必要がある。そうすれば隠れた才能を採用できる。
標準化と階層管理=テイラー主義の産物。平均的な使い捨て可能な社員を求める。
コストコはキャリアの決定権を従業員に委ねている。
ウォールマートは離職率は50%を超える。テイラー主義で成長した。
インドのZOHO。発掘されない才能のためにZOHO大学を創設。
モーニングスターは、トマト加工の製造業なのに、管理職がひとりもいない。個人の成長を促す仕組み。ほかの企業で管理職として働いてきた人は、何をしていいかわからない。イノベーションが組織内から起こる。
個性を重視するには、自分の会社ならどうすればいいか。
現在の高等教育もテイラー主義に基づいている。学校の内容と社会の要求はずれているが、平均主義の構造の根深さにある。
卒業証書の代わりに、能力証明書(資格証明書)を発行する。コンピテンシーを判断基準にする。
自己決定型の経路を支援する。
平等の概念も変割る必要がある。従来はアクセスの平等。個人の機会が平均的に最大化することを目指すもの。
平等のフィット=個人に合わせたアクセスを確保する。教科書も1人1人違う。外れ値を考慮する。
アメリカンドリームとはもともとは金持ちや有名人になることを意味しない。個人の潜在能力を発揮できる機会がある社会を意味した。
医療の個別化医療の試みのように、あらゆる社会で平均を相手にすることを拒否するべき。