倉橋 健のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
冬木先生のお勧め本です。
ひとの死に対して、なぜという感情は常に付きまとうものだと思う。
なぜその人は死んだのか、という疑問なら簡単に解決できるけど。
癌だったから。事故にあったから。自殺したから。
でも、なぜその人が死なねばならなかったのか。なら話は少し変わる。
なぜ、よりにもよってあの人が癌にかからなければならなかった。
なぜ、よりにもよってあの人が事故にあわねばならなかった。
なぜ、よりにもよってあの人が自殺しなきゃならなかった。
なぜ、いったい何がそこまであの人を追い込んだ。
主人公のウィリーを殺したのは肥大した自意識と現実との落差だったけど。
なぜ途中で誰も気づかなかったのか。
息子が、ウィリーが死ぬ直前に気づいたように気づくことだってできたはずなのに。
ウィリーの葬式の後、妻は何度も繰り返す。
「あたし、どうしても泣けないの。私にはわからない。なぜあんなことなさったの?」
陰鬱な気持ちで本を閉じたら、そのとたんに知人が亡くなったという知らせがあった。
妻の気持ちがとてもよくわかった。
なぜ、と思っても思っても答えが返ってくることはない。
だから泣けないんだ。
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Posted by ブクログ
17世紀、アメリカマサチューセッツ州にあるセイラムで起きた魔女狩り、魔女裁判の実話をもとに、戯曲化したもの。著者が取材した内容が戯曲の途中で解説で盛り込まれており、登場人物のリアルな像に迫っている。
おれの仕事があまりにも忙し過ぎて、最近全然booklogを書けていなかったし、これももう1か月以上前に読んだ本で、記憶が薄れてきているが、集団ヒステリーの様子、騒動の発端となる女の子の演技(として描かれている部分)、それにつられる女の子たち、というシーンは今でも覚えている。あと、拷問で圧死することになる人が、石を胸(だったかな)に乗せられて、「もっと重く」って言って死んだこと、とか。あとは読みながら付箋を貼ったところを整理することにする。まず「アメリカでは、反動的でない考え方をする者はすべて、赤い地獄と結託していると糾弾される。これによって、政治的対立に非常な壁が作られ、文明社会における交流という従来の正常な習慣の廃棄を正当化する。政策は即ちこれ道徳とされ、政策への反対は悪魔の悪意とみなされる。ひとたびこういう等式が成立して効果を発揮すると、社会は互いに相手をおとしいれようとする権謀術数の巣となり、政府の主要な役割は調停者のそれから神罰をあたえる役に変わる。」(p.66)というのは、恐ろしい社会だなと思う。政策が道徳とすり替わる、ってあってはならないことだし。「反動的でない考え方」って何だろう?と思った。反動的なのがいいのか。あとは魔女がいるかいないか詰問されるところとか、本当困るよなあと思う。いないと答えると「(仰天して)信じられない!」(p.125)とか言われても。即それが聖書の否定につながる、と解釈される、というのも生きづらい世の中だなあと思った。あとは「訳者あとがき」のところで、「魔女の概念は、一つにはこういう狂信的な、欲望と本能をたえず抑圧して生きてゆかなければならない、一種のピューリタンの幻覚のなかから作りあげられた、一種のヒステリー症状である。こういう状況のもとで、個人的な、また集団的な宗教的狂気が醸成される。(略)彼らは、信仰のおきてを破るものにきびしい刑罰をくわえた。そうしなければ、きびしい禁欲と規律の生活をおくる自分自身に対してやりきれないわけである。」(p.271)という、もはや何のための欲望や本能の制御なのかよく分からない、本末転倒、という状況のように思える。「一般に、自分が抑圧されて苦しんでいるとき、他人をなんらかのかたちで苦しめると、それが抑圧のはけ口となり、ある種の快感を感じる。(略)神のおきてを守り人間を罪から救う行為であるという大義名分のもとにおこなわれる他人を傷つけることの快感と、神におってつくられたおなじ人間の肉体を傷つけ、あるいはその生命をうばうという矛盾や、良心の呵責を解決するための手段として考えだされたのが、悪魔やその手先である魔女である。だから、悪魔や魔女は、狂信的な宗教的幻想からうまれた恐怖のヒステリー的迷信であると共に、意識の面では、宗教を基盤として権力をもつ者が、自分たちがおこなう残酷な刑罰を正当化するための手段だったのである。(略)このようにして、罰する人間を、犠牲者であると同時に教唆者に仕立て上げた。悪魔や魔女にとりつかれただけなら犠牲者であって、ひどい罰をくわえるわけにはいかないからである。歴史上におけるユダヤ人や異教徒に対する迫害は、すべてこのような論理と説明によって遂行された。」(p.272)というのは分かりやすい。
ちょっと前に読んだ猿谷要先生の本でこの本を知り、おれもセイラムに行ったことがあって読んだけど、最初は時代や雰囲気に慣れる時間が必要で、入りにくかったかもしれないが、途中からはスラスラ読めた。英語で読んでみたい。でもやっぱり感想がもっと早く書けるくらいの余裕が日常生活に欲しい(本と関係ないことだけど)。(23/10) -
Posted by ブクログ
代価:もうすぐ壊されるアパートの一室。不要な家具などを査定してもらおうと警察官の弟が待っている。彼は、破産し妻を亡くして茫然自失状態だった父親の面倒を見ながら慎ましく過ごしてきた半生だった。そこへ訪れた鑑定士の老人や家を出たことで一見成功したかに思えた医者の兄。各人を通して見える生き方とは/ちょっとした一言で相手に意思を伝えたと思い込んでいる兄の無意識な傲慢さが目に余る。既に人間関係がどうにもならない状態になってから手を差し伸べても遅いことに気付かされた。
二つの月曜日の思い出:ある部品工場の朝。ささやなか日常が作られ始める瞬間の幸福や切なさを描くドラマ/何でもない日々を積み重ねる大切さ。再三繰り返されるテーマであっても作者の半自伝的な作品となっているせいか、お説教臭いとは感じず伝わるものがある秀作。