木場深定のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
生きているということは実はとんでもないことだったんだと思った。と言っても罪の意識なんかはまるで感じないのだが…
道徳には二種類あって、高貴な者の道徳と、奴隷の道徳。
高貴な者は強く、比類なき能力があり、自ら是とするものを「よい」こととなす。彼そのものが価値の創造者である。
奴隷は高貴な者に奉仕するために存在し、命令され、過酷で悲惨な生活を強いられる。彼らは、強いものを恐怖する。彼らにとって恐怖させるものが「悪」である。その反対である彼ら自ら弱いものが「善」となる。
ニーチェさんの時代、種々の要因から高貴な者の道徳が廃れ、奴隷的な人間が増大したため、危機感を抱いてこの書物を書いたそうである。
時代は下って、現在ではさらに奴隷だらけになっているような気がする。もちろん、わたしも奴隷なんだが、やっぱりそれじゃ嫌だ。高貴な者は生まれながらにしてしかこの世に現れないのだから仕方ないとして、奴隷が奴隷を自覚しながら、生の耐え難さや隷属に抵抗して生きることはできないものなのか?そんなことを考えた。 -
Posted by ブクログ
恥ずかしながらの初ニーチェ。善と悪というキリスト教的道徳に基づく価値基準に徹底的に反発し、民主主義的「平等」思想も「近代理念」も奴隷たることの心地よさに甘んじる畜群的な在り方だと糾弾するニーチェ、「自然」はむしろ高貴と卑俗との区別を持つものであり、まやかしの平等によってスポイルされつつあるヨーロッパ世界を“善悪の彼岸”に秩序を見出す新たな哲学によって変革していくべしと説く。牧師の息子として生まれながら信仰を捨て、ワーグナーに心酔してのち決別し、絶望と希望のはざまで既成概念と戦い続けるニーチェらしい、批判的でありながら厭世的になりきれない熱意は、その鋭さゆえに強さよりむしろ健気さを感じられる部分もある。当時においても革新的な思想だったと思うが、相変わらずキリスト教的・民主主義的平等が重んじられている現代世界に生きる人間にとっても、ニーチェの言葉の苛烈さは(共感するしないの次元を超えて)十分突き刺さる。
-
Posted by ブクログ
ニーチェは語る。道徳は思考停止であり、平等は群畜化である。自己のみを畏敬し、力への意志によって進み、新しい、絶対的な価値を見出すものの到来が待たれる、と。
そしてそれは今日到来しなかった。しなかったまま、個、主体、そういったものが解体してしまったのだ。それは、誰も、ニーチェの語る高みへと上ることができなかったからだ。
ニーチェは、その意味では最後の希望であった。或る一人の人間が往くことのできる最も遠いところを彼は示したのだ。
我々はこの本を読み、ニーチェの批判するところのものを知り、ニーチェの望むところを知り、そのどちらでもない地平にある我々を知らなければならない。