河崎環のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
著者はものすごく賢くて、文章を書くのがうまい。
社会から女性がどう扱われているか、世界ではどうか、自分の考えはどうか、などの考察。様々な視点から社会情勢を考察し、唸る内容多々。女性は同感することが多いと思うが、是非世の男性にも読んでほしい。
『43歳になりもう子供を持つ事は無いと言うことを受け入れたとき沸き起こったことは、ほっとしたなんてぬるいもんじゃない清々しい開放感であり、もう不測の事態に怯えながら中途半端に仕事をしなくてもいいと言う感情だった。男の人と同じように仕事のことだけに専念できると思った。』(完全抜粋ではないです)
うん…
『何が言いたいかって、それくらい、お金があろうがなかろうが、母親であろうがなかろうが、女性が仕事をしているのが当たり前の社会だということだ。母親が職業を持っていることが当たり前で、それなりのインフラとマインドが育っている社会では、母親であることは女性の職業人としてのスキルを語る上で、特別扱いされていない。』 -
Posted by ブクログ
内容紹介
プレジデントオンラインに連載された大人気エッセイがついに書籍化されました。
気鋭のエッセイスト、河崎環の誕生です!
○アラフォーの私たちは吉田羊の夢を見るか?
○子宮にまつわる話はなぜ〝燃え〟やすいのか
○「出産手遅れの女性は社会の捨て石」発言に泣いた
○工藤静香の〝嫁ブロック〟を尊重する、キムタクの男前
など、世の中を鋭くも暖かく分析する文章が数多く収録されています。
【Aレヴュー】
・いま置かれてる場所で咲けてなくても、顔は自己責任。すごくためになりました。
・女性はすべてを手に入れることができる。ただ、すべてを同時にとはいかないだけだ(クェンティン・ブライス)
・おすすめですよ。
人生の選択を迫られて、次の変化への社会的、肉体的、精神的狭間で、悩ましい日々を過ごしたことがある女子なら、読んで損はない本だし、そんな女性たちを理解するためにも、ぜひ男性にも読んでほしい本です。 -
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ気になるタイトルなので購入してしまったけど、なんか読むのが怖くてしばらく積読していた本。自分の顔つきが今までの生き様の通信簿になるなんて、、、もう読む前から自分の顔を隠したい気持ちになりました。
恐る恐る読み始めた本ですが、まず筆者の勢いのある書きっぷりに引き込まれました。決して文学的とか上品な文体ではないのですが、よくここまで言葉が溢れてくるなと感心しつつ、彼女の文章を読み込むのがとても楽しかったです。
内容は、いわゆるアラサー・アラフォー女性が抱える悩みや社会問題について、世の中の女性の葛藤を代弁しながら自身の考えが述べられています。
女性は当事者なので「あるある」「そうなのよ」「たしかに」って刺さる内容なので、ぜひ男性にも読んで欲しいです。女性躍進以外の話もあります^^
海外と日本の比較も出てきます。「母としての経験が首相選の行方を決めるイギリス」母親としての経験がリーダーとしての資質を引き上げるなんて議論は日本では生じることはない。その理由として社会はもちろん母親本人も子育てがキャリアのアドバンテージだと思えていないからである。確かに。この問いにすらあまりぴんとこなかった私もまだまだだな…と思いました。
それにしても2015年という7年も前のコラムなのに、何か色あせてない感覚。筆者の飽きのこない小気味良い文調のせいなのかもしれないけど、女性の活躍推進の進捗が7年前とあまり変わってないということでもあるのでしょうね。 -
Posted by ブクログ
独身未婚中年男性の自分からコメントです。
オタク中年女子、非常に良いと思いました。
と同時に、たぶん、自分も層ですが、オタク中年男子は、気持ち悪がられるんだろうなと思いました。
差別だとは思いませんが、どうやっても中年男子(おじさん)属性は、それそのものが一部の例外を除き、気持ち悪がられる対象になるのは、もうそういうものだと受け入れざるを得ないんだろうなと思いました。
女性は集まればなんとなくコミュニティを形成できる人が多い傾向にあるようですが、男性は集まっても、特に中年過ぎると自分から同年代の男性に声かける事って、ほとんどないんですよね。ジムやサークルを見ているとほんとよくわかります。
そして、女性は男性が居なくても生きていけますが、そんな状況があるので、同性を友達にできない男性は、女性がいないと生きていけない。
(自分はゲイ寄りのアロマンティックですが、アセクシャルではありません)
著者の河崎さんが、若者の「性離れ」について書いた記事を読んだのですが、結構重要な指摘をしていた気がしました。
最近、どこかの有名私立男子校で、女子大生がジェンダーに関する授業をする、というネット記事で、コメントが荒れていたのですが、この試み自体は必要だと思うものの、前提がそもそもねじれているので、そうなるんだと思いました。
というのも、そもそも有名私立男子校はその家庭環境から、エリートを自負している子が多く、そうすると、そもそも親御さんがパワーカップルか、そうでなくても夫が相当稼げる人が多い。すると、かなりマッチョな思想になりやすく、そうすると、ジェンダーフリーを標榜しながらも、本音は女性を見下すような価値観を形成しないとも限らない。
それが例えば、彼らの思考が、例えば不同意性交に持ち込まれたら、というマイナスところが出発点になり、それはともすると、犯罪にならずにいかにやるか、というかなりマズイ考え方に行き着かないともいえないのではないか。
河崎さんの記事にあった河崎さんの意見では、性教育で、例えば好きな人を傷つけないために(これも、では好きでない人を傷つけていいということには当然ならないわけですが)、どうやって性的行為に女性の同意を得ていくか、というポジティブなステップに関する情報も必要なのではないか、という点は、かなり同意できます。
現在の日本の性教育がどうも、どうやって性犯罪を防ぐか、そのために男子生徒をどう教育(調教)するか、という「禁止事項」にばかり目が向いているので、どうやっても男の自分が性行為をすると犯罪にされてしまうかもしれない、だったら最初からしないほうがいいや、という話になってしまう。それが、性離れを促進している感はありそうな気がします。(御田寺圭さんの、心優しい男性から恋愛・婚活市場から撤退していく、というのをある種裏付けていそう)
自分も中学時代に、リベラルな先生からかなりがっつりとした性教育を受けて、かなり性行為に対して恐怖感が植え付けられ、今に至ります。
これから男女ともにお一人様の増える社会になりそうですが、中年男性にとってより一層厳しい日本社会になっていきそうです。自分は人様に迷惑を掛けないよう、ひっそり息を潜めて、寿命を終えたいと思います。