柏澄子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この本の著者は、大学山岳部の後輩である。ぼくの時期はほとんど大学山岳部ではなく自分たちで作った山の愛好会だったのだが、山岳部を継ぐ部員の激減による存亡の危機に晒されたため、メンバーの多いぼくらの山の会は山岳部に移籍合流した。著者の柏は、ぼくの卒業次年度に山岳部に純然と入部してきた生粋のクライマーである。
在学時期は重なっていなかったが、山の繋がりは一生である。人生の折々に会ったり話したりの付かず離れずの関係が他のどのメンバーとも続くので死ぬまで終わることはないのだと思う。ぼくが4年前に病気になって死にそうになった(と思わされた)とき、病室(それも無菌室)に柏澄子は、スキーとリュックを抱えて見舞いにやって来てくれた。
一月、毎年のようにクロカンや層雲峡のアイスクライミングを楽しみにやってくる時期ということで、その帰りに柏は時間を作ってくれたのだ。山の血湧き胸躍る冒険のドキュメント『冒険の蟲たち』を土産に持ってきてくれた。ぼくは柏の書いた『山の突然死』を用意しており、サインを乞うたのだが、サイン経験がないという彼女は楷書体で時間をかけて名前を書いてくれた。無理を強いて悪かったかなと苦笑しつつ、心より彼女の誠実がこもった不器用なサインに後でそっと手を合わせたものだ。
その柏澄子が、自分の人生の集大成を思わせる本書、山を恋う心とそれらを手に山へ向かっていった多くの山女たちの生き様への想いを込めて、本書を世に送り出した。有名無名な幾人もの山女たちの人生を各章毎に追いかけた本書は、自分という鏡と合わせて、ぼくらの心に印象的な映像を思い切り投影してくれる少しばかり不穏な本である。
おそらくは著者は、書くことよりも遥かに多くの時間を、実在の女性クライマーたちとの触れ合いの中で費やしてきたことだろう。多くの個性的な山女たちと、自分も同じように山に人生を賭けた女性として、心を通わせ、語り合い、濃密に過ごしたことだろう。本を書く以前からの山での知人として関わってきた女性も多く、彼女らは柏澄子が共に生きた仲間としても、読者の前に今もきらきらと登場する。それらの時間を濃密な文章に込めて、それぞれに個性溢れる女性たちの生を、時には死を、改めて語ることで柏は、自分の山女としての人生を見つめ返したことだろう。そしてこれからも辿るであろういくつもの山への想いを噛み締めているのだろう。
山も、他の多くのスポーツ同様、人生に絡み合う。もしや他のスポーツ以上に、人生を決定してしまう何ものかですらあるかもしれない。本書の秀でているところは、山に関わる者たちの共通項のように見える過剰とも言える強い想念を、より女性らしいリアリズムの光で照らし出したことだろう。女性にしかわからない生理、結婚、出産、あるいは社会的・無意識的な性差別、等々。女性の聴き手と語り手によらなければ引き出し得ない現実を、山と人生という括りの中で言葉として引き出し得たポイントが様々なページの中に顕著に見られるのが本書の秀逸なところである。
まだ片足しか山にかけていないという初心者の方も、クライムに日々人生を傾倒するベテランの方も、追憶の中の山行を時々蘇らせる老年の方も、毎日のように低山をいくつもハントし続ける健康で元気な中高年の方も、特に女性であればなおのこと、本書は楽しく読めることと思う。しかし、男性にとっても気づかされることは少なくない。女性部員の多かった学生時代、今も女性の多い地元の山岳会等々、思い当たることの多くが、この本の中でぼく自身の現在を刺激してくる。
山に登る人はもちろん、これから山を始めるきっかけにしようとする人、昔は山に良く登っていたけれども今はあまり登らないという人、少しでも山への想いがこころの片隅にある方であればどなたにもオススメの、山と人生の休憩地で手に掬った湧き水の如く心身に沁みわたる一冊である。 -
Posted by ブクログ
大学山岳部の後輩・柏澄子からその著書を強引にサインさせて略奪して読む。2009年に初版出版してその後文庫化になって、今も売っているところを見ると、それなりにニーズのある題材を彼女は掴んだと見える。
医療の素人であれ、取材力と基礎学習でここまで内容が充実した上、オリジナルな題材を掘り下げ、なおかつ読ませる内容であることに驚かされる。お固い内容なのに、読み始めたらぼくはページを繰る手が止まらなくなった。
本当に起こった事実を例に挙げ、これに専門家への取材を重ね、さらに総論に纏め上げてゆく構成だが、各実例が山に係わる者にとっては非常に間近なものに思われ、他人事ではないものとして入ってくる。
低山、国内バリエーションルート、海外遠征、そしてチョモランマのスーパー高所登山まで、突然死に纏わる実例を挙げ、謎に満ちた死、そしてそれらの各々の原因、彼らの死から学び取れる登山者の側のそれぞれの対策などが提示されてゆく。
かつては若い人が多かった登山の世界は、今ではそのまま日本の縮図のように(或いはつい先日アコンカグア登頂しを断念した86歳の冒険家・三浦雄一郎みたいに)高齢化し、山と医療は密接な課題になっている。
他人事ではない具体例として挙げられる、一つ一つの突然死。命を失った犠牲者の悲運と、残された者の悲しみに触れる、愛あふれる取材者のペン。悲劇から学ぶべきことは多いし、感じ取れるものはそれ以上に重い。
どうすればその命を失わずに済むのか? 厚みのある取材から再三に渡って繰り出される警句は、きっと、この本を書き切った柏澄子という現役クライマーの、心の奥の悲鳴でもあるのだろう。
中高年の登山者、またその家族・知人の方々に、今そこにある危機を感じ取り、正しく処方すべき手法へのアプローチとして読んで頂きたい力作。
この書を期に、さらに山へゆき、時々病院へゆき、家族と人生とを大切に、そして安全に楽しく過ごす登山愛好家が増えることを心より願います。 -
Posted by ブクログ
山野井妙子さん、パートナーはピオレドール生涯功労賞などを受賞されている日本屈指のクライマー、山野井泰史さん
妙子さん自身も大学時代から山をはじめ、国内、ヨーロッパ、ヒマラヤと順当にキャリアを積み、そんな二人が公私ともにペアを組み数々の登攀記録を打ち立ててきた。
凍傷により両手両足の指をほとんど失っても、まだ山に向かい続ける姿からどんな人かと思うが、時折テレビなどで見かける妙子さんは、いつでも穏やかで落ち着いてどっしりしている。
自家菜園で野菜を収穫している嬉しそうな顔と言ったら、とても8000m越えの雪の岩壁を登る人には見えない。
登攀中でもそれは変わらないのだと。
どんな状況でも、何が起きても動じず、慌てず、冷静に判断して行動する。
そうやって今まで生還を果たしてきた。
そこまでして山に向かう理由は?
山が好きだから
好きに理由はいらない
ますますのご活躍をお祈りしています -
Posted by ブクログ
妙子さんの人柄がとても魅力的で憧れる。
温かく冷静で賢く、まさに今を生きる人。
好きにならずにはいられない、そんな人だと感じた。
決して奢らずに山と向かい合う姿が、たまらない。
人と競うのではない。
ただ、山が好きだから。
自分のしたいことを見つめて進み続けるということが、いかに難しく、そして強く美しいことか。
つい他者を気にして心をぶらしてしまうことが多い自分にとって、その姿は心に強く残る思いがする。
また、さらっと書かれているのだけれど、本当にたくさんの人が山で亡くなっているなぁ。としみじみと思った。
妙子さんが池さんの遺体を見つけたところは、泣けた。
さらっと数行に書かれているのだけれど、その裏にはどれほどの想いがあったのかが感じられてたまらない。
見つけてあげられてよかった、と思う反面、そんな言葉だけではとうてい言い尽くせないことが痛いほどわかって、もう黙ることしかできない。
そんな風に感じた。
静かで強い本だった。