雨沢泰のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
始まりはかなり面白くて、読むのが楽しかったのだが、途中から何故か苦痛になってきて、後半はまた、面白く読めた。
自分が失明してしまったら、それはもうものすごい悲しいことだと思うのだけれど、この物語のように、一人を除く全ての人が失明している世界に身を置かれたら、俺はどうなってしまうのかな。
会話にカギカッコがなく、段落もないから、かなり読みにくいのだが、なんだかそれはそれで一つの味のようで。
登場人物も、医者の妻とか黒いサングラスの女とか、固有名詞がついていない。こんなの読むのは初めてだったかもな。
最後まで読むと、見えているのに見えていない、という深遠なテーマが通じていたんだな、この小説は。 -
Posted by ブクログ
ここまで重い本を読んだのは初めてかもしれない。タイタニックの映画の後半みたいな感じが
丸ごと1冊分、という感じ。
「見えない」世界で1人だけ「見える」というのは
実際には誰かと一緒にいても孤独だろうなと思う。何かを分かち合うことって共感できるだけじゃなくて、安心感も得られるんだと気づいた。
本書の設定はまああり得ない(と信じたい)けど、パンデミックに陥ることは今後もあるだろうし、ここで描かれた残虐で醜い場面は起こりうるんじゃないかと思うと恐ろしい。。
2008年に映画化されているらしいけど、観る勇気は全くありません。
本書は登場人物に名前がなく、会話に「」がないので非常に読みづらい。目が見えないということは、誰が誰と判断しにくいからわざとそういう演出にしているのか?と思ったけれど、ポルトガル生まれのジョゼ・サラマーゴさん特有のスタイルだそうです。
文字数が多くて読みにくい時、私は自分の中に古舘伊知郎さんを召喚して早口で読んでもらう、という技を使います。一気に読めるので是非。 -
Posted by ブクログ
ポルトガルの作家、ジョゼ・サラマーゴが1995年に発表した小説。
人々を突然、謎の奇病が襲う。目が見えなくなる、正確には、視界が真っ白になる病気である。特段の予兆もなく、ある日、ある男の目が見えなくなる。検査しても異状は見つからず、原因もわからない。これはどうやら伝染性であるようで、男に関わった人々、そして彼らに関わった人々、と野火のように発症が広がっていく。最初の男を車で家まで送ってやった男。最初の男の妻。男を診察した眼科医師。眼科に来ていた娘。その娘が利用したホテルの客室係。・・・
突然の流行に慌てた当局は、患者を隔離することにする。患者にとどまらず、患者と接触したものも連行され、古い精神病院の棟にそれぞれ閉じ込められる。そこから出ようとするものは射殺すると警告され、食料は定期的に外部から持ち込まれるとされる。感染者が失明すると、渡り廊下を通じて患者棟に移される決まりである。
多くの人々が失明する中にあって、最初の男を診察した医師の妻だけはなぜか失明を免れていた。彼女は患者ではなく感染者として連行されるはずだったが、目が見えない風を装って、夫と同室に潜り込み、密かに身の回りの世話をすることになる。やがて、彼女は夫だけでなく、同室の人々もさりげなく助けてやることにする。
多くの人が「見えない」世界にあって、彼女だけが「見える」存在であり、この視点が一つのキーでもある。
文体がなかなか特徴的で、登場人物には固有名詞は与えられない。「医者の妻」、「サングラスの娘」、「斜視の少年」といった具合である。会話文や登場人物の思考も引用符では括られず、地の文の中に埋め込まれる。
時折、著者自身の箴言のような詩のような語りが混じる。
さて、閉じ込められた人々はどうなるか。
患者たちは突然の失明に慣れることもできず、自分が身を横たえるベッドを確保するだけで精一杯である。排泄しようにもトイレまでも手探りで行かねばならず、失敗するものも続出し、あるいはトイレまでたどり着いたとしても水も満足に流せない。
配布される食べ物も十分ではなく、わずかなものを公平に分配することも困難で、しかも盲目の人々にはそれを判断するすべもない。
やがて、この不自由な世界の中で、覇権を握ろうとするものが現れる。皆に分けねばならない食料を管理下に置き、それを盾に患者集団を支配しようとするのだ。ここからは酷い暴虐の始まりとなる。
原題は"Ensaio sobre a cegueira"。訳者あとがきによれば、「見えないことの試み」といった意だそうである。英語に直訳すると"Essay on blindness"であり、実際、ensaioには「試験」「試み」「リハーサル」のほか、「エッセイ」の意が含まれるようなので、「cegueira(盲目)に関する試論」のニュアンスが含まれるタイトルなのではないかと思う。
つまりこれは寓話あるいは比喩として読むべきもので、「盲目」はある種の象徴なのだろう。では「何」の象徴なのか、というところが個人的にはいまひとつ判然とせず、正直なところ、最後までしっくりこなかった。
本作は伝染性の疾患を扱っていることもあり、コロナ禍で再度注目を浴びた作品でもある。だが実際のところ、病気自体の設定がふわっとしていることもあり、感染症がどうこうというよりは、差別や支配・被支配、服従の話のようにも思う。あるいは非予見性がテーマなのか。
謎の奇病。伝染性。患者をとにかく閉じ込めろ。このあたりはなるほどありそうなことである。食料が滞る。パニックから争いが生じる。このあたりもありそうである。だがその後、暴力をもって支配しようとする集団に人々が虐げられるあたりで、いくら何でもそこまでのことがあるだろうかと疑問が生じる。しかも「見える」医師の妻がいて、どうにもならないのだろうか。実際、彼女はのちに反撃に転じるのだが、その前にもう少しできることがありそうな気がするのである。
極限状態で現れるのは暴力なのか。そうではないと言い切れないところが、本作の持つ、無視できない「ざらつき」につながっているのかもしれないが。
物語は隔離された病院の中だけは終わらない。
局面が変わり、病気が広がってしまった街に舞台は移る。
さまざまエピソードが語られる中で、一番印象的なのは教会の聖人像の目がすべて包帯で覆われているというもの。それをしたのは司祭だと医者の妻は考えるが、結局のところ誰なのかはわからない。
目の見えない人々の中で、目隠しをされた聖像。その光景に胸を突かれる。
物語は結末を迎える。ある種、ハッピーエンドといってもよいのかもしれないが、この後、世界はどうなったろう。
心許なさが残る。
地の文に会話文が挿入されるスタイルであるため、あるいはどのセリフが誰のセリフなのか、わかりにくい部分があるのではないか。そのあたりから来る誤訳・取り違えの可能性はところどころありそうにも思うが、さてどうだろうか。
邦題は一ひねりして「技あり」の良訳といってよいのではないか。