「サックス先生の患者にはなりたくないなぁ。」というのが読みながら常々感じた感想。
『はじめに』の部分では人間味のある人物のように思えたのだが、その後の記述はどうも軽率で患者のことを思っているフリをしているだけ(もしくは薄情なだけか)のような感覚があった。
最初の物語である『妻を帽子とまちがえた男』では、それまでの内容との落差で猛烈な肩すかしを食らった。表題作でもあるのでしっかりした内容かと期待したが、「たった一回診察しただけかよ」「経過観察も追跡調査もせずこんな薄っぺらい情報で『ひとりの患者の物語』なんてよく言えたな」と苛立つくらいだった。
その後の内容も、軽率な薬の使用(と見える記述)でトゥレット患者がコブを作ったり(;たまたま回転ドアにぶつかっただけで済んだが、もっと危険な場合もあり得たのではないか)、脳波測定をやりたいけどやらない、最後の章での患者の就職先の提案(;研究者の手助けなどできるわけがないし、そこまで言うなら著者自身が骨を折って先例を作ってみろと思った)など随所でいい加減・軽率な行動が気になってしまった。
街の中でチックの患者を観察したり(;困っているのが分かっていても声をかけたり助けはしない)も、著者の方がよほどマッドサイエンティストだと思うのだが・・。
「本書は誰に向けて書かれたものなんだろう」というのも終盤まで頭に残った感想である。
専門家向けの文章にはとても思えず、かといって一般向けにしては不親切極まる。病気の定義や症状の詳細についてはまるで説明が無く注も付いていないし、章ごとに書き方もバラバラな印象を受けた。章を引用する場合も既読と未読を行ったり来たりであるし、部の途中でつながりのない謎のまとめのような内容が、章のはじまり部分に唐突に書かれていたり(こんなことはせずに章を分割して、短いそれまでのまとめとそれ以降の概要を分けて書いた方が絶対に読みやすい)で、系統的に書かれていない印象を随所で受け、読みにくかった。
本書は「バラバラに発表した内容を寄せ集めた」と取れる記述が何カ所かあるが、それならば『はじめに』の部分で断りを入れておくなり、各章に初出の年代や媒体の名称を入れておくなりすれば、そう了解して読み進められるのに、導入部から失敗している感じがある。
私が著者の言う”自然科学者”の感覚だけしか持たないからか、著者が批判的に書いている機械的な記述の方がマシに見える。
第二部までの本書の内容は怖い。症状を自覚できていないのに患者達が苦しんでいるところも怖い。
それなのに毎回オチがないのがモヤモヤする。経過もほとんど書かれておらず、その後の研究で分かったことも書かれていない。病気の定義もないので個別の症状だけでは掴みきれず、同じ病名が異なる症状であちこちに現れたりで、悪い意味での各論的な内容により怖さだけが残るのは不快だった。
『皮をかぶった犬』では麻薬中毒者の言うことを真に受けていて「大丈夫か?」という感想をもった。
アメリカでは結構な地位にいるまともに見えた人が、老年になって長期の薬物常用者だったとわかる事例(= 薬物と社会性のバランスを何十年も上手くとっていた)があるが、それでも薬物の影響下にあるときはまともな状態ではないだろう。
これまでの症例でも「本人がそう思っている、感じているだけ」というものが多くあった。ところがこの章については相手が同僚の医師というだけで客観的な情報を入れずに証言を丸呑みしている。彼が言った臭いの感覚は信用に値するのだろうか。我々でも酔っているときは非常に冴えていると思っていたモノが酔いが覚めたらデタラメだったということは経験できる(;酔っているときに文章を書いてみれば良い。気持ちよく会心の文章が書けるが、翌日以降に再読してみれば正反対の気持ちになる)。この章での証言は薬物中毒者の妄言そのものの様な気がして、彼がそう思っているだけではないのだろうか。患者の主観以外の情報を入れてクロスチェックをしていないこの章は自然科学者としても失格の態度である。
知的障害者を扱う第四部では著者の人間性というか差別主義的な部分があるのではないかと感じた。
最初に知的障害者を賛美する内容があり、私が体験的には彼らを『ただ純粋なだけの存在』だと思っていないこともあり、どれほどのものかと思ったが、示された症例はサヴァンばかりで”普通”の知的障害者は扱われていなかった。著者にとってサヴァン“だけ”が素晴らしい知的障害者で、他は「そこにいないもの(:アメリカ人らしい嫌がらせの手口)」として扱っているのではないかと勘繰ってしまった。
第四部の最初の2件は「健常者が愛情を持って養育している」のもポイントのように感じる。情操教育がちゃんとしているのが大きいのではないか。知的障害者の親ではこれができないので、健常者として生まれても幼児期の外的刺激が大きく不足するために二次的に知的障害を発症する事例(実際には低年齢で周囲の強い助けがあってそれを免れた事例)を以前目にした。これは本書のような比較をしない症例の羅列では解けない問題点で、おそらくサヴァンの親がサヴァンの子を育てた場合にはその限定的な異能を発揮できないか、優れた部分とダメな部分の差異が強調されるのではないかと思った。後記などで補足が欲しい。
双子の章では彼らのゲームをもっと示して欲しかった。著者が分かった程度の内容ではなく、分からなかった内容でも読者の中に数列を理解する人がいるかもしれない。素数のべき乗部分を増やしているとか、各桁を全部足しても素数になっている素数ばかりとか、現在や特定の日にちや時間から出発しているとか。もっと深淵な思考や彼らの心の声の表出があり得るのに、著者が無意識に計算機としか思っていないようにも思えた。
また、双子の部分は根拠の無いことを書きすぎており他の章と比べて内容の整合性がない。とくに章の後半は客観的な観察ではなく著者の妄想となっている。科学的な思考でもない。
本書は24の章があるが、最後の2つの章が一番面白い。それまでの悪い部分が気にならず人間ドラマとして楽しむことができた。