小沼文彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最後、こうなるだろうなあと思いながら読んでたらその通りになって、ホッとすると同時に自分の性格の悪さが嫌になる。その落ちを期待していたから……。
ドストエフスキーの時代でもこういう雰囲気の人って変わらないんだなあってしみじみ思う。絶妙な気持ち悪さが描くの上手い。けれど空想家の話は自分にも思い当たる節があるから共感しながら読んでた。多分読書家なら皆あの部分は共感するものなんじゃないかなあ。
ナースチェンカも大概だけれど。女友達に絶対なりたくないタイプ。
冒頭の家に話しかけたりするシーンや空想家の話、「自閉症だったわたしへ」で読んだのと全く同じ雰囲気で、もしかして自閉症……?それともこういうの描くのが上手いだけかなあって考えてる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ僕が大学を卒業する直前、いろいろ訳があって松葉杖をついていた。そんな僕が神戸三ノ宮の東門街で泥酔して転んだとき、松葉杖のすぐそばにポケットから飛び出した角川文庫クラシックの『白夜』を見つけて僕の友人は闇の深さを感じたらしい。
とんでもない。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』に比べればライトノベルズの類と呼んでもいいくらい軽くてナイーブで青臭い小説だ。
今夜は都内に泊まらないといけないので読みかけの分量がちょうどよいこの本を持ってきて、高野馬場あたりで読み終えた。
ヒロインのナースチェンカは正直言ってメンヘラビッチである。主人公が鬱々とした暮らしの中でナースチェンカと邂逅し、惚れてしまったのは仕方ないにしても、それにしても無様な男女模様なのである。はっきり言って交通事故だ。オラこんなの嫌だ。
「いい人防衛ライン」を突破して攻めに転じた主人公の青年を僕は応援したい、が、ダメでもともとの試合に出る潔さが足りなかった。
もっと軽く!もっと軽薄に!!
『どうかあたしをお責めにならないでください、だってあたしはあなたを裏切るような真似はなにひとつしなかったのですもの。あたしはあなたを愛しつづけると申しました。いまでもあなたを愛しております、いえ、愛しているなどというなまやさしいものではありません。ああ!あなたがたお二人を同時に愛することができたならば!ああ、もしあなたがあの人だったならば!』
これがラスト付近でナースチェンカが主人公に出した「詫びの手紙」です。いやぁ、クソ女ですね。このあと、舌の根も乾かないうちに青年のことを「親友」とか「兄」だとか呼んで愛の換骨奪胎を始める始末。
そら青年も「侮辱」という表現を使うよな。
青年は完全にナースチェンカの後出しジャンケンに翻弄された。しかも二回。彼女は青年が自分に気があることを十分に理解して、自分は如何に賭け金を少なくしながら相手がどっぷり勝負にのめり込むかを見極め狡猾なゲームを展開した。
そしてその二股はナースチェンカに奏功した。
酷い話です。
だから僕は青年に言いたい。
「もっと軽く!もっと軽薄に!!」
ただ、『白夜』のストーリーの優れているで点は青年は自分の試合をして、そして負けたこと。僕が軽蔑するのは「脱オタク」をサクセスストーリーとして成就させる『電車男』のような商品だ。エルメスを仕留めたお前、そもそもコンセプトがオタクじゃなくなってるやんけ。
映画『ダメージ』や『ゴーストワールド』のように一本筋を通し切ったあとの虚無感こそ美しい。
そして『ナポレオン・ダイナマイト』がいかにぶっ飛んだヒーローなのか、ドストエフスキーを読んで今更ながらに実感するのである。 -
Posted by ブクログ
ドストエフスキーにはいきなり「カラマーゾフの兄弟」から入った。光文社古典新訳文庫に亀山郁夫の新訳が出たばかりだったので手に取った。次に「罪と罰」を亀山氏が新訳を出すということだったが、私の希望に間に合わなかったので、こちらは江川卓訳で読んだ。
「白夜」はドストエフスキー初期の頃の作品らしいが、若い頃はこういう情緒的な作品も書いていたのだなと確認することができる作品であると思う。比較的短いのですぐに読み終えることができた。
登場する主人公はドストエフスキー本人なのだろうか。ナースチェンカの一言に一喜一憂する彼の心の浮き沈みが痛々しくもある。清純そうでありながら、若いくせに「あたしに恋をしないで」とあらかじめ釘をさすナースチェンカのしたたかさ。そしてあんなにも「私」に傾いていたナースチェンカの心が、いとも簡単に先の恋人に戻っていく薄情さ。呆気にとられる「私」は言葉にならない。百年くらい前のロシアならいかにもありそうな話かもしれない。
(ちなみに本作品とは直接関係はないが、亀山郁夫氏の訳を批判する向きがある。私は門外漢であるからその正否はわからないが、批判するからには亀山氏よりもロシア語に精通する人がこれほど大勢いたとは驚きであった。)