菊地大樹のレビュー一覧
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以前から「ジャーナリングのようなもの」はやっているが、毎日ではなく、モヤモヤがある時や、問題解決したい時にノートに感情を書き連ねる事が多かった。
ジャーナリングの方法は、SNSやYouTubeにも数多あるが、本でちゃんと読んだことがなかったので、この本を読めたことで、より書く内容が明確化して良かった。
なるほど!と思ったのが、書くタイミングの「うまくいった時(勝ちパターンを知る)」。今までネガティブな事を書くのが多かったが、調子の良い時(勝ちパターン)を知り、偶然ではなく勝ちパターンを自ら作っていくのが良いなと思った。
ノートもCampusノートA4無地を用意したので早速書いてます。(本日4 -
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自分がたまに楽しんでいる低山の山道を歩きながら、同行の仲間と、どうしてこの道が出来たのだろう?誰が作ったんだろう?という会話をなんとなくしています。ケモノ道だったところに修験道の行者が通ったり、山窩の人たちが通ったり、林業のために整備されたり、みたいなことかな、と想像して、いつもはそれで終わり。でもたまたま手にした本書によって、日本人にとって山というものの歴史をダイナミックに感じることが出来ました。それは、山頂というゴールについての物語ではなく、山と麓の間の中間部をめぐる歴史なのでした。そこに、神道と仏教、都と地方、天皇と上皇という日本という国の成り立ちのための要素がなだれ込んでいるのです。題
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ジャーナリングの書き方自体を学べるかな?と思い購入した。
書き方ではなくて「自分への問いかけ」をメインに学ぶことができた一冊だったかな。
◯自分に対して嫌な感情を抱いたのはどんなときか
◯今までの人生を振り返ってみてどうか
◯自分を縛る考え方とは一体なにか
こういった問いかけを書くことで頭から出す。これが大事
正直「ジャーナリングだけでは人生は変わらない」これは作者の人も仰る通り
書いたことで頭の余白を何に振り分けるか,感情や考えを自分から湧き出させる
そういった引き出しを開けるための手段としての活用方法を学ぶことができる
何も書くことがないと思うなら【書くことがない】という気持ち自体を -
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✾すごいジャーナリング
✾菊池大地、蒼井アオ・マンガ
✾サンクチュアリ出版
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魅力的で新鮮な、
ジャーナリングのやり方教えます✧
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“大切なのは、「何を書くか」ではなく自分に「何を問うか」”
これが大切な根っこ☆
そして、
●“「自分に足りない部分」を書く”
●“退屈宣言をどんどんしてしまいましょう”
●“言い訳”
書いて良し!
むしろ書こう!!
←えっ!
本当ですか??
⋯心配しなくて大丈夫。
それにはちゃんと理由があるんですよー✨️
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中でも私が注目したのは、
『ぐるぐるワーク』✨️
今まで考えたこともなかった!
けど、 -
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【一言まとめ】
ジャーナリング歴10年の講師が、マンガ形式でわかりやすく書く習慣の本質を教えてくれる一冊。
【心に残ったポイント】
・グルグル書くだけでOK→完璧に書かなくていいという低ハードルが継続の鍵
・「何を書くか」より「自分に何を問うか」が大事
・AIジャーナリングの3コツ(正直に伝える・感情も伝える・対話を続けて気づきを定着させる)
【なぜ心に残ったのか】
23歳から日記的なものを書き続けてきて、振り返ると目標を達成できていたことに改めて気づいた。この本がその習慣を肯定してくれた感覚があった。
【学んだこと・気づき】
ジャーナリングという言葉に自己啓発っぽさを感じていたが、マンガ形式 -
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ずっと気になってる修験のこと。
この本では歴史的な概略が一望できる。
その初期から中央と結びついていたこと、
信徒をガイドする特権、
地元との関係、
南北朝の頃はすっかり武士のようだったこと、
権力とかなり近い関係があったこと、
などなど。
だけど実のところその始まりから「それツァムやん」としか思えないんやけどね。
御嶽山に登ったとき、「講」の御一行も来ていた。白装束で六根清浄とか言いながら登るってなんか映画みたいじゃの〜と思いながら眺めてたのを覚えてる。
う〜ん。行場の山めぐりしてみたくなるやん。
#読書メモ #日本人と山の宗教 #菊池大樹 #修験 -
Posted by ブクログ
鎌倉仏教のピークを形成する思想の内実にせまるのではなく、それにいたるいくつもの尾根筋をたどり、とりわけ平安仏教から鎌倉仏教へとつづく信仰形態の実践的側面について実証的な立場から考察をおこなっている本です。
本書が最初にテーマにとりあげているのが、優婆塞や聖にかかわる仏教社会の制度的側面を明らかにすることです。かつては鎌倉仏教をキリスト教のプロテスタンティズムになぞらえるような解釈があり、黒田俊雄のいわゆる「顕密体制論」によって批判されることになりましたが、本書はより微視的な検討を通じて、優婆塞や聖の当時における社会的な位置づけを解明しています。
さらに、装飾経や舎利信仰、慈円の『法華別帖』