八束澄子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
中学校の閉塞感に耐えられなくなり、ふと離れて暮らしている母に会いたくなった野々歩。
祖母が亡くなった後の片付けのために、ひとり祖母の家に住んでいる母に会うのは半年ぶり。
久しぶりに会った母は、「森のようちえん コロボックル」でボランティアをしていた。
コロボックルの子どもたちのパワーに圧倒される野々歩の気持ちがよく分かる。子どもたちは山や森の中を駆け回り、泥だらけびしょ濡れになるのも構わず、思う存分遊び倒す。
実在する「森のようちえん まるたんぼう」という幼稚園がモデルになっていると知り、とても興味を持った。
子どもたちが生き生きと過ごしている姿、山の澄んだ空気、荒々しい自然の雨と雷の音。
まるで目の前で見ているかのような、瑞々しい描写に胸が高鳴る。
野々歩が、都会の閉じ込められた教室を思い出し、「あー」と声を出して空を仰ぐ気持ちがとてもよく分かる。
「コロボックル」では子どもたちの自主性を、大人が邪魔しない。信頼して任せて、さりげなくフォローする。
子どもを守るって、そういうことなのだと思う。
狭い場所に閉じ込めて監視して、ああしろこうしろと口を出す守り方は、野々歩みたいな窮屈な思いに苦しめられる子どもを生み出してしまうんだろう。
自分もひとりの親、ひとりの大人として、子どもたちにのびのび過ごせるような守り方をしたいと思った。 -
Posted by ブクログ
小学4年生のときに過労死で父親を亡くして以来、保育士の母と市営住宅でふたり暮らしをしている美月は、低身長のせいで部活のバレーボールでも活躍できず悔しい思いをしていた。
中学2年が終わるころ、下の階で一人暮らしをしている柴田のじいちゃんの家に、母娘の気配を感じるようになったが、その姿は見えない。
秋が始まるころ、柴田のじいちゃんが1ヶ月前にスーパーで倒れてそのまま入院したことを聞く。母が見舞いに行くと意識不明状態が続いていた。じいちゃんの家に行くと明かりは漏れていたものの、声をかけても誰も出なかった。
10月の半ば、柴田家に敬老の日の祝いを持ってきた民生委員と出会った美月は、エアコンの室外機が動いていることを知る。民生委員が去ったとき窓が開き、中から顔を出した少女は「助けて」と言った。
気が付きにくいけれども、身近にいる困った人に手を差し伸べる大切さに気づかせてくれる一冊。
*******ここからはネタバレ*******
過労死で大黒柱を失ってから力を合わせて生きてきた母子が、階下に隠れて住む母子の存在を知り、協力を申し出るという美談なんですが、なんていうか、美談すぎるんです。
まあ、児童書なのでこれぐらい”盛って”もいいのかも知れませんが、中学生以上を対象とした読みものだと、現実味が薄いと言わざるを得ません。
まずは、階下の謎の母娘。
柴田のじいちゃんに拾われて、そこに身を寄せているようだけれども、お母さんが「こんな体で働けない」とある。
どんな体なのか描写がないのでわかりませんが、公園で倒れていたほどだから虚弱なのかも知れません。
公的な援助をご存じないのでしょうか?それともそれを受けられない理由でもあるのでしょうか??
娘が幼少のときから仕事と住居を転々としていたために、娘の陽菜は学校にも通えなかった、とあるが、行政は何をしていたんだ?と思わざるを得ない。
さらに、母親は柴田家に居候を決め込んだあと、施設に陽菜を迎えに行っている。住所も秘密で引き取れるのか???という疑問も残る。
さらに、じいちゃんが母娘を隠した理由も不明だ。近隣になど、親戚だと言えばいくらでもごまかせるでしょうに。
陽菜の学校が気になるのならば、母親には内緒で、こっそり役所に相談することもできたでしょうに。
また、主人公美月ががんばっているバレーボールにも疑問点があります。
びっくりしたのは、1回勝っただけで県総体への出場が決まったこと。
どんなに小さい地区やねん?とひとりでツッコミを入れながら読みました。
パネられている友人愛梨についても、いつの間にか立ち直っている。
ボヤについても軽く扱われている感じを否めない。
水浸しでその日はそこで寝られなかった、とあるが、水浸しなのは愛梨の家だけではないはず。保険で賄えたとは言うが、けっこう近隣との人間関係もこじれたのではないかと推測してしまいます。
そしてこの本で一番違和感を感じたのは、生活環境も違う人たちを、いとも簡単に家族として受け入れることができる人たちです。
陽菜母娘をかくまった柴田のじいちゃんは、もしかしたら変わりものかも知れないので考えないことにしても、美月や美月の母が、身寄りを失った陽菜を受け入れることにしたことについては、あまりに無謀すぎる気がします。
だって、なんでか知らないけれど、娘を学校へもやらず、”ただ一緒に生きている”ような母に育てられたんですよ。どんなにかわいい子でも、いきなり「うちへ来なさい」とは言いにくいのではないでしょうか。ましてや、日中働いているお家なら、ひとりで留守を任せないといけないんです。えーっ、どっかにひとりで出かけないとも限らないじゃないですかー???
いやもう、その勇気に驚いてしまいました。
こんな事ばかり考えて読む私は、やっぱり純粋な気持ちを失ってしまったのかな?とも感じます。
でも、児童書でも、難民の子どもに同情して保護してあげたら、家主が留守の間に他の難民を大勢家に招き入れた、とか、たとえばあの「ハイジ」でも、白パンを隠していたり、ネコを連れて来たりと、悪気はなくても文化の違うところから来ると、いろんなハプニングが起きるんです。
だから、特に仕事と家庭でいっぱいいっぱいのお母さんが、あんまり良く知らない子どものめんどうを見るなんて、当たり前だと感じて欲しくはないんですよね。
加えて、この本の登場人物は、ちょっと珍しいキリスト教。
でも、挑戦的な発言もあって、これにも驚きました。
陽菜が、美月の父が亡くなっていると聞いたとき、「ふうん。……あたしはパパはいない。キリストといっしょだよってママはいうけど、それって、うそだよね」
う~ん。婚外子って言いたかったのか???
いやでもこれって、子どもに伝える喩えとして、どうなんでしょう???
いつもながらいろいろと書いてしまいましたが、この本の良いところは、とにかく読みやすいこと。
ハードカバーですが、紙が厚いので200頁余と短い。
すぐに読めます。
婚外子とか、教育を受けさせる義務とか、いろいろ難しい話題も出てくるので、しっかりした高学年からの読書をオススメします。