マンシェットのレビュー一覧

  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    これを紹介する時正直悩んだ。冒頭が
    「トンプソンが殺すべき男はおかまだった。」
    だし、ヒロインが精神病院から出てきたばかりだし、タイトルがこれだし。だし、だし、だし。だいたい、おかまはその後の物語に全然絡まないんだから、殺す相手がおかまでなくてもいいじゃないか。ほら、ね、このように、この本を差別用語を使わずに紹介するのは難しい。仕事としてレビューを頼まれると言葉を選ぶのに苦労する。この本を知ったのはトヨザキユミさんが主宰する書評合評会で、もう一つの課題図書は西村賢太さんの『どうで死ぬ身の一踊り』これもまた…忌み言葉を使わず紹介するのは難易度高い。ちなみに合評会はアマチュアの作品を審査するものだったので縛りは一切なく、ユニークな評が飛び出した。

     で、こちらも縛りなしで書く。企業家アルトグに、幼い遺産相続人ペテールの子守として雇われたジュリーは、精神不安定で入院していた精神病院から出てきたばかり。企業家とプータローのどうにも接点が見いだせない二人がどうやって繋がったかというと、アルトグが篤志家として精神を病んだ人を救済しており、今まで何度も精神疾患の患者を雇用してきたのだった。アルトグは強引な手法で恨みを買っており、ペテールとジュリーは冷酷な殺し屋トンプソンとその手下に誘拐されてしまう。だいたい精神不安定な相手に、生命の危険を感じるかもしれない仕事を任せる自体が間違っている。仕事ができるできない以前の問題だ。

     ところがジュリーは映画の『グロリア』よろしくペテールを守って最強の殺し屋から逃避行を続け、ひたすら城塞を目指す。だが、いつ精神不安定になるかわからない、ぶっ壊れたグロリアなので、カッコいいというよりは危ない、怖い、そばに来てほしくない!

     登場人物の心理描写を一切行わないハードボイルドで、唯一笑いを誘い哀れもついでに誘うのが、トンプソンの唯一の泣き所、胃である。これさえなければ映画『レオン』のタイトルロールもまっつぁおの、クールで失敗しない殺し屋なのに。冒頭の殺しの後もトンプソンは今にも死にそうな形相になり、ジュリーを追いながらも何度も胃痛に悩まされる。実は気が小さい?いざという時に役に立たないと困るので、胃潰瘍を治すのが先じゃないかと思いながらも、いいチャンス(といっても殺すチャンスだが)が来ているにも関わらず体をよじらせ悶えるトンプソンが笑えて仕方がない。耽溺してはっと気づくと自分の中の眠れるスイッチが入ってしまいそうで、こちらも怖い。逆に、新たな自分を発見したい人には必読の書かもしれない(嘘)。

    『愚者が出てくる』とあるが、もっと踏み込んで言えば、この小説は愚者以外誰も出てこない。ジュリー&トンプソンの通り過ぎた後には死屍累々が…傍迷惑この上ない。いやー、どこか他所で二人だけでやってくれないかなぁ、これ。

    映画『グロリア』

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    2025年09月14日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    ネタバレ

    【本の内容】
    精神を病み入院していたジュリーは、企業家アルトグに雇われ、彼の甥であるペテールの世話係となる。

    しかし凶悪な4人組のギャングにペテールともども誘拐されてしまう。

    ふたりはギャングのアジトから命からがら脱出。

    殺人と破壊の限りを尽くす、逃亡と追跡劇が始まる。

    [ 目次 ]


    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2015年01月18日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    素晴らしくスタイリッシュな作品。

    他のハードボイルド小説が野暮で芋っぽく見えるほどだ。
    ただ、あまりに淡泊で読みごたえが無いと思う人もいるかもしれないが
    そういう人は放っておいて問題無い。

    無駄の無い文体は読み手にも洗練を要求するのだ。

    シンプルだからと言って人物が記号化していたりはしない。
    登場人物の衝動的で意味の無い行動が人物に深みを与えている。
    元精神病患者の主人公、敵役の殺し屋、
    内面と行動が伴わずただ暴力だけが積み重なっていく。
    一度味わうとまた戻って来ざるを得ない独特の世界がある。

    映画などとは違う「文章」の楽しみに溢れた小説。
    ストーリー自体はわりとありふれたものだけれど
    そぎ落とされた言葉の力は骨太な魅力で迫ってくる。

    単なるハードボイルドとは一線を画す実験作とも言える。
    文章を愛する人ならば食わず嫌いをせずに是非一度読んでいただきたい。

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    2009年11月12日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    まるで映画を見ているよう…登場人物の余計な描写や心情が一切排されると、小説はこう言う感覚を生むのか、と衝撃を受けた。ジュリーの精神疾患の危うさと同じくらいギリギリの所にいるその他の登場人物たち。ペテールを抱えて、写真で見たお城に向かってひたすら逃げるジュリーに姿は鬼気迫り、精神に異常を来した女性が執拗なまでに追い続けた結果だったとしても、ペテールが救われた事に変わりない。

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    2012年06月01日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    通勤電車の中と昼休みと就寝前に分けて1日で読んだ。小気味良い展開なので、ほんとにあっという間だった。

    不条理バイオレンス犯罪小説と思いながら読んでいたが、最後はしっかりハードボイルドミステリーとして終わった。振り返ると、確かに仕掛け人はこいつしかいないよな、と思えるのに、あまりのドダバタ劇だったので、伏線回収があるとは夢にも思わなかった。

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    2022年12月14日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    70年代ノワール小説の最高峰マンシェット新訳だ。精神病院を退院したジュリーは企業家で慈善家のアルトグに雇われて彼の幼い甥っ子ペテールの世話を始める。屋敷のまわりではアルトグの昔の共同経営者で凶暴なフェンテスがうろついていた。ある日散歩中の2人は凶悪な4人の殺し屋に誘拐されてしまう。ジュリーは1人を殺してペテールと共に脱出。殺し屋は容赦なく追いかけてくる。銃撃、破壊、殺人、流血の逃走劇。殺し屋の背後に誰がいるのか?誰が味方で誰が敵なのか。実は登場人物全員がイカれている。善悪の話ではない。生きるか死ぬかの本能の話だ。そしてハッピーでもバッドでもないサバサバしたラストが印象的だ。
    昔はノワール小説というとペーパーパックの三文ハードボイルドばりにワイルドに訳そうとしたりイカれぶりを強調しすぎて白々しかったが、この翻訳は現代風で気負いがなくて読みやすい。

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    2020年11月22日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    これが古典なのか、と思うわね。でも50年前か。50年前というとけっこう昔か。そういう意味じゃ古典か。そして年を取ったものだ・・

    それはさておき中身は古典というよりノンストップ・バイオレンス・アクション、って感じ。これをハリウッドの適当な監督が映画化すれば絶対にB級の酷いものになる、間違いない。
    思わせぶりなタイトルにはきっと深い意味が隠されていて、読んでいる中で伏線を回収しているのか、タイトルの意味も理解できるのか、でもそんなの関係なく、ギャングから逃げるシーンは手に汗握って大好きよ。

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    2018年07月05日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    裏社会の闇で身悶える者どもの情動を切り詰めた文体でクールに描き切るロマン・ノワールの雄マンシェット1972年発表作。マンシェットは推敲を重ねる完全主義者の面もあったらしく、作品数も限られている。単に冗長なだけの小説にはない張り詰めた緊張感がみなぎり、贅肉を極限まで削ぎ落とした骨肉のみで、人生の一瞬の光芒を鮮やかに切り取る。暗黒小説の神髄に触れたいならば必読の一冊といえる。

    親を失い、おじとなる企業家に引き取られていた少年が何者かに誘拐される。直前に世話係として雇われていた若い女も共に連れ去られるが、隙を突き二人は脱出。だが、執拗に追跡する誘拐犯らとの攻防は熾烈を極め、壮絶なるバイオレンスが展開していく。

    登場人物はすべからく「壊れて」おり、繰り返される衝動的暴力の噴出は無残な結末を予感させるものだが、プロットは緻密に練られており、展開に不自然さは無い。少年を連れて逃げる女は、精神的疾患を抱えており、企業家の男に何故選ばれたのかも後に解明されるのだが、当然のこと女が常道から外れて誘拐の首謀者と殺し屋らの予測を裏切る行動を取る。さらに誘拐犯のリーダーとなる男も重度の疾患を胃に患い、強烈な痛みに悶えつつ少年と女に肉迫する。それらの捩れた構造が、緊迫した情景の中にもアイロニカルでユーモラスなムードを創り出している。

    マンシェットの筆致は冴えわたっている。テンポを殺すことなくスタイリッシュな日本語として甦らせた中条省平の翻訳も見事だ。

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    2017年01月20日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    実業家の甥と、その世話係の女が誘拐犯にさらわれる。二人は命からがら誘拐犯の手を逃れ、どたばたの逃走劇が始まる。

    話のプロットやミステリの本筋自体は別段珍しいものはない。
    ただもう、世話係の女、本作の主人公?のジュリーが奮ってる。
    ジュリーは精神病院を出たばかり。過去の経験から極端に警察を嫌い、抑うつの気がある。
    誘拐犯たちをもって、イカれた女と言わしめるジュリーの逃走劇に、周囲がガンガン巻き込まれる。
    ドンパチと派手な立ち回りの連続だし、ジュリー以外の登場人物も一癖ある連中が多いし、最後の場面にいたっては舞台となる建物までグロテスク。

    その全てをさも当たり前のように、淡々とスピーディに描いていくテンポの良さが魅力。
    ジュリーだって自分が何してるんだか、何がしたいんだかよく分かってないかもしれない。読者にもそれを考えさせる暇を与えない。
    過度な心理描写を排して、目の前でまさに事件が展開されているような臨場感が持ち味の、良作エンタメ。

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    2013年03月29日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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     中条昌平が岡村孝訳の『狼がきた、城へ逃げろ』をタイトルからして誤訳であるして、自分がもっとマンシェットの雰囲気をと、ペンを執り直し、改めて訳したものだそうだが、見た限りでは、訳者なんていうレベルではなくマンシェットのラディカルなパワーしか感じることができなかった。

     他者訳のタイトルを批判しながら「愚者」を「あほ」と読ませたり「城塞」を「おしろ」と読ませたり、いかにランボオの中原中也訳をイメージしたからと言ってマンシェットをわがものにしたというのは、傲慢に過ぎる。だからフランス語の専門家は嫌いだ(元フランス語専攻学生の嘆き)。

     とは言え、この本がマルレーヌ・ジョベール(あの『雨の訪問者』のヒロインですね)の主役、セバスチャン・ジャプリゾ脚色で映画化されていることは知らなかった。訳者が酷評しているが、見ていない人間にそんなことを言うな、解説で! とは言え日本未放映の映画だからどっちでもいいか。『いかれた女を殺せ』というこの訳者が勝手につけた未邦訳映画タイトルは、むしろ岡村孝的な訳のように思うんだけど。

     なお、いずれにせよ、絶版で読まれる機会の薄い本書が広く紹介され、新たにマンシェットのファンを生み出すきっかけを作ってくれた訳者・版元の功績は大きい。これを機に、中条さん、どんどんマンシェットを翻訳できないのでしょうか? 版元が売れると判断してくれない限り難しいとは思うのだけれど、本というのは売れ行きだけの文化ではないのだからねえ。

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    2012年07月01日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    普段、ロマン・ノアール系統は読まないのに
    妙に文章が「入って来る」のが楽しかった*
    どうも、こういう文体が好きらしいと
    気づきましたとさw

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    2010年02月05日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    主人公たちが殺し屋たちから命からがら逃げる逃げる。彼女らが通った後は死屍累々(かな?)。
    余計な心情も入ってなくて、スカッと読めました。

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    2009年11月10日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    はちゃめちゃなストーリー展開にただただ翻弄されて読みました。登場人物たちがみんなぶっ飛んでいるので、その一挙手一投足に違和感を覚えながら、不思議な感覚でかえってそれが楽しかったです!

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    2025年04月09日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    ネタバレ

    マンシェットをこれで2冊読んだ。
    ともにタイプは似ていて、ハードボイルトというよりピカレスクに近い。登場人物の多くが自分の欲に忠実、ともすればその欲求すらあいまいな中で、逃走劇を繰り広げる。
    当然、追うものも追われるものも己のことしか考えないので、通常の善悪の基準は当てはまらず、それゆえ感情移入がしにくい。本来は被害者であるはずのヒロインですら、逃走劇においては不要な被害者を生み出しているのだから。
    マンシェットはどこまでも人間のエゴをギリギリの行動の中で描きこみ、その寂寥感が好きな人は良いかもしれないが。
    どうしても読んでてスジっぽく感じてしまう。

    皮肉なことに、自分の命を差し出してすら請け負った仕事を全うしようとする殺し屋が一番まともに見えてしまう。
    しかし、この強いヒロインのキャラって、リュック・ベッソンの「ニキータ」やピエール・ルメートルの「その女アレックス」を彷彿とさせる。

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    2015年08月11日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    即物的で無味乾燥な味の、いい具合な一品。ハードボイルド的に心理描写をやめているのに、何故かメランコリックなのが微笑ましい。

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    2014年06月07日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    精神病院に入院していたジュリーがある日アルトグという富豪の甥のベビーシッターになるが、殺し屋のトンプソンに誘拐される。ジュリーは子供を連れて必死の思いで脱出する。果たして2人は無事に逃げおおせることができるのか?というのが粗筋。特異なのはジュリーにしろアルトグにしろ殺し屋にしろ、どこか行動が狂っていて、もはや善悪の区別が付けられなくなっている点。一切の心情描写を省いた文体がそれを強調する。物語の展開や殺し合いの描写は極めて巧みでハードボイルドとしては傑作だと思う。個人的には主要な人物があまりにもあっけなく死んでしまい、その狂気から何かを読み取る前に物語が終わってしまった感があって少し物足りなかった。ただそれこそが暗黒小説の特徴であるのではないか?といわれれば反論できない。

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    2013年03月31日
  • 愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

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    久しぶりに、バイオレンスな小説を読んだ気がします。なんというか、黒社会を描いた80年代後半から90年代前半にかけての香港映画みたいな、もしくは今ほど有名になる前の三池崇史監督作品のVシネマというか。ある程度、物騒な話だろうとは思っていたものの、作品と著者に対しての予備知識を全く持たずに読んだので終盤は驚くばかりでした。かつてTV東京木曜夜9時に放映されていた映画のような、万人受けはしないけれど好きな人には病みつきになる魅力を持った作品だと思います。

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    2012年12月16日