四国の瀬戸内海に面したかつての城下町であり、その昔は栄えて賑やかだったさぬき亀山市。だが今や見る影もなく寂れてしまっている。
父が不治の病に倒れたのをきっかけに東京から故郷に戻ったアラフォーOLが、寂れた商店街の復興目指して奔走する町興し小説。
◇
金曜の夜。恋人の和生から食事の誘いが来た。久々のデートに胸踊らせながらワインで乾杯した英里子。だが、甘いムードはそこまでだった。
和生が口にしたのは別れのことば。
4年もつきあった仲だったが、すきま風など吹かないと思っていた。ところが聞けば和生は、3か月前から懇ろになっていた若い後輩女子社員とできちゃった婚することになったという。
文句やイヤ味のひとつでも言ってやろうと英里子が口を開きかけたときスマホに着信があった。出てみると郷里の母からで、父が倒れたとのこと。しかもかなり危ない状態だと訴える母親。
和生のことなど放って急遽帰郷した英里子が見たものは……。 ( 第1章 ) ※全3章。
* * * * *
芥川賞候補にもなった広谷鏡子さんのエンタメ作品。テーマは町興し。
物語の舞台となったさぬき亀山市は、広谷さんの故郷である丸亀市をモデルにしているようで、丸亀市観光大使に就任した広谷さんの郷土愛がわかる内容でした。
町興しの手法に目新しさはないのですが、商店街組合の全員が本気にならないと町興しの実現は不可能だというところに説得力があり、テーマをファンタジーで終わらせない広谷さんの地道な取材と熱意を感じます。
そしてそのあたりは、シャッター商店街の復興を掲げ徒手空拳から始めた主人公の英里子が、自分の足で情報を集めて人脈を広げ、食べ歩きも頻繁に行うなど、目的に向かって泥くさく進んでいく姿に現れているように思います。
設定としておもしろかったのは、英里子を中心にして「桃園の誓い」を立てるところ。
後に軍師・孔明役の田嶋も登場し、ワクワクさせる展開にしてくれています。
実際、田嶋は優れた軍師ぶりを発揮し、見事な計略を次々打ち出していくので、読み応えがありました。
ただ、主人公の英里子が劉備を名乗るのはいいにしても、関羽と張飛には違和感しか感じませんでした。また、英里子の母親が貂蝉というのも笑うしかありません。
もう少しばかりすり合わせてほしかった気がします。
けれど、英里子と田嶋の間にロマンスを作らなかったところはよかった。「水魚の交わり」になぞらえて劉備と孔明を結びつけるかもと恐れていたのですが、そんな安っぽい筋立てにならなくて安心しました。
明るくカラッとした作風で、文章も読みやすく、優れたエンタメ作品であったことは疑いないのですが、疑問を感じることか1点だけあります。
それは、英里子たち一家の生活費はどこから出ているのかということです。
家業の果物屋はシャッターを降ろしてしまっているため収入はない。両親の国民年金は微微たる額なのに比して、父親の入院治療費 ( 透析含む ) はバカにならないはず。
40歳の英里子の退職金もさほど多くはないだろうし、東京都心暮らしであり、大企業とは言え事務職採用の英里子に多額の貯金があるとは思えない。
なのに生活に困っている様子も切り詰めている様子もないどころか、英里子に至っては頻繁に飲みに出かけている。
そのあたりについて納得できる描写があればよかったのになあと思ってしまいました。
* * * * *
我が家の近くの市場がシャッター下りっぱなし店舗だらけになって久しい。
お客さんはどうしても明るく活気のある方へ流れるので、少し離れたところにある何軒かのスーパーに車で行ってしまう。結果、その商店街を中心にした町が寂しいことになっています。 ( 閑静な商店街とでも言えばいいのだろうか。)
そんな生活圏に住んでいるので、何か身につまされる気がして本作を読んでみました。
こちらもウェーブを作り出す英里子のような人がいればなあと思います。
(でもここは市の中心部ではないので、例え英里子のような志ある人物がいても孔明・関羽・張飛に匹敵する人材まではいないだろうから無理かもなあ……。)