中野円佳のレビュー一覧

  • 「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?~

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    論点は分かりやすかった。
    ただ、本書にもある通り、サンプリング事例がある程度偏っており、まずはここから、ということなんだろう、と思う。

    比較的恵まれている層でこのレベル、と考えると実態はもっとひどいんだろうなあ、と思う。
    本書の読み方にもよるのだろうけど、もっと残業のない社会(夫も育児しやすい環境)が大切なんだろうな、と感じた。それが難しいから、なんですが。。

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    2015年08月24日
  • 教育にひそむジェンダー ――学校・家庭・メディアが「らしさ」を強いる

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    なかなか変革が難しい問題であるのが悩ましい
    なるほど、これも差別だったかと思うと同時に、全ての多様性に配慮することは不可能だとも思う

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    2026年04月13日
  • 「東大卒」の研究 ――データからみる学歴エリート

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    話題の新書として三宅香帆さんが進めていたので読んでみた。
    東大の学生は首都圏出身者が半数というのは予想できる結果。進学校から有名大学にいくのは普通のルートだし、しかも親が「太い」家庭出身が多いところなど、経済的に豊かじゃないと受験競争には勝てないのだから当然の結果だろう。データでしっかり説明できているのでそれはそれでいいと思う。
    海外を見たって、親の教育レベルが高い、それなりに中級、くらいのレベルの人たちの進学率が高いのはどこも同じである。海外と違うところは男女差が極端なところで、女子率が低く、女子の中でも地方出身者はとくに少ないことだろう。地方と都会がいろいろな面で違うということの表れかと思う。

    サークルなどの社会活動は人間形成に大きな影響を及ぼすこともわかった。要するに視野を広げるのが大事ってことである。18歳までガリ勉していて、いきなり視野を広げろと言うのも難しいのかもしれないが、理系男子については、そもそも女子生徒がほとんどいないような同質同類のグループで20代前半までの4年も生きることの弊害は大きいのではないか・・・。
    面白かったのは最後の執筆者座談会のところ。学生時代のちょっとした疑問とか引っかかりが後々研究につながるということからも、若い時に社会のいろいろな場面を目にしておくのは大事ということか。

    学歴エリートそのものはどこの文化でもあると思うのだが、日本の際立った特徴は最高学府において男女比が半々でないこと。理系、とくに工学系は世界でも女性は少ないと思うのだが、これは構造の問題が大きいのだろうか。喫緊の課題としては、どの学部においても男女差が縮まるようにさまざまな対策を講じる、また地方学生や所得の低い学生には返済なしの奨学金(月に数万円レベルでは足りないだろう)を与えるなどの工夫が必要だろう。地方女子をどう増やすかはおそらく一番難しい点ではないか。

    社会全体としては、エリートとして社会をよくするほうに頭脳を使うべき、それが頭のいい人たちの義務!くらいの価値観を子供の頃から社会全体で共有しておくのがいいのではないかと思う。

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    2026年04月10日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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     sentient activityとは、平山氏の整理によればケアが成り立つために必要な「感知すること」「思考すること」といった営為のこと。ケアする相手の状態・状況を注視し、何が必要かを見定めること、その前提としてそもそもどのような人物で何を好み、何を好まないかを理解すること、社会関係について思慮することなどが含まれるという。
     日常的に家事・育児をしている主婦は、献立を考える、冷蔵庫の中身を把握しておくといった家事の前提となるような「名もなき家事」に加え、たとえば子どもの食事を用意するときに子どもの状況や好み、次の日以降いつ買い物に行けるかといった感覚的なマネジメントもしているというわけだ。
     平山氏は、作業としての子どもや高齢者の世話に従事する男性(夫など)が増えたとしても、こうしたsentient activityを通じたマネジメントを女性ばかりが担っていること、その状態から夫など誰かに作業を委ねようとするとかえって言語化する手間が生じてしまうこと、マネジメントが目に見えない活動ゆえにその困難を男性に理解させることが難しいことなどを指摘している。
     平山氏はこの概念を使い息子による介護を分析しているが、子育て中の女性が負担を感じている理由や忙しく感じてしまう理由についても、同様のことが言えるだろう。


     専業主婦の経済的リスクを指摘したときの反応を大きく分けると、おそらく二種類ある。
    ①好きで専業主婦をやっているわけじゃない 私だってリスクが大きいのはわかっているけれど、仕方なかった。専業主婦ってすごく大変で、できれば外で働きたいけれど、 そういう社会の仕組みになっていない。なのに私たちを責めないでほしい。
    ②好きで専業主婦をやっているんだから、放っておいてほしい 外で働いていることばかりに価値を置くのはおかしい。家事や育児という立派な仕事をしていて、私たちだって十分活躍している。なのに専業主婦はつまらない仕事みたいに見下さないでほしい。

     この二つの意見は一見、真逆にもかかわらず、どちらも主婦の仕事に対して価値が評価されていないことへの、不満でもある。


    「女の敵は女」の対立軸が消えるとき
     この本の執筆前後に、何人ものワーキングマザー、専業主婦、そしてときにその配偶者たち、そして数人の主夫経験者への取材を行った。それを経て、俯瞰してみて思うことは、とりわけ三歳までの子どもを抱える家庭は、専業も、共働きも、両方それぞれにしんどいところがあるということ。
     マートンという社会学者が「準拠集団」という概念を使って「相対的不満(相対的剝奪感)」という理論を展開している。人は自分の置かれている絶対的な環境よりも、誰かと比べて 「この人たちより不利な境遇にあるが、あの人たちよりは恵まれている・・・・・・」というように 「相対的」な不満を抱える――というものだ。
     そのときに、比べたり規範に従ったりする対象のことを「準拠集団」というのだが、人が準拠させる集団は、所属している集団に限らない。


    どうしてどんどん豪華になるのか
     どうして、このように家事水準は果てしなく高くなってしまうのだろうか。佐光紀子 『「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす」は、毎日掃除をする家庭、毎食食器を洗う家庭が国際比較上でも日本は多いことを取り上げ、「誰も来ないとしても」「きちんと」しておくことが浸透していることを指摘している。
     これは、佐光氏が指摘するよう、一つは「親世代からの水準の引継ぎ」が原因であると考えられる。
     私の知り合いのあるワーキングマザーは、夫共々フルタイムで仕事をしながら二人の子どもを育てているにもかかわらず、専業主婦だった母親に、毎日掃除機だけではなく雑巾がけもするように言われ、それを守り続けているという。実母の呪縛というのは内面化されるから、直接監視されなくても「やらないと罪悪感みたいなものが出てくる」。
     これに加えて、誕生日パーティのような「もてなし」ものは、呼ばれたパーティが豪華だと、自身が招く際も水準を上げねば、となりがちだ。
     佐光氏もSNSなどの影響を指摘しているが、承認欲求の現れという側面もあるかもしれない。家事という普段あまり評価されない仕事をしている中で、キャラ弁、パーティなど「インスタ映え」する家事の水準が上がっているのでは――。


     ある専業主婦の女性は、「母の日とかに、家事代行サービスを使える権利をプレゼントしてもらえたらすごく嬉しい。けど、自分でやれるのに・・・・・・と思うと、自分でお金払っては頼めない」と話す。
     では金額の問題かというと、「それもあるかもしれないけど、本音を言うと家事代行の人が家に出入りしているのを近所の人に見られたくない。自分でできるのに、サボってると思われそうだからですかね・・・・・」と言う。
     家事代行の人に家の中を見せたくない、プライベートを知られたくないという気持ちもある。日本人はだらしないところをメイドに見せたくないという心理は、現在私が住んでいるシンガポールで、「日本人は「あら、今日はメイドが来るから片付けなくちゃ」と言う」といったジョークにもなっている。
     女性側だけの問題ではない。ある三児の母親は、三人目の出産で里帰り出産した際、自宅に残した夫のために、自治体の子育て支援券で掃除・洗濯などの家事代行を依頼した。さぞ夫の洗濯物がたまっていたのではと代行業者の担当者に聞くと、「行くと旦那様は自分でされていた」とのこと。夫は「散らかっていると恥ずかしいから」と妻に説明したという。
     高水準の家事を求める、でも外注は嫌がる――。家事育児をハイレベルでやりたい人、やれる人がやるのはいいと思う。でも、周りがやっているからといって、無理して頑張らなくてもいい。全部自分でやらなくてもいい。よそはよそ、うちはうち。日本の主婦たちも、その夫たちも、もう少しハードルを下げてはどうか。


    手料理で本当に食卓は笑顔になるか
     にもかかわらず、子どもの弁当に母の愛情を込めることや家庭の団らんと食を結び付けて考える言説は根強い。
     昨今は政府も食育を打ち出し、家庭の役割を強調するが、品田氏らは他方で雇用の在り方は家族そろって夕食を摂ることができるケースを激減させている(子どものいる核家族では一九八八年から二〇一二年までで半減)ことを批判的に指摘している。
     データによれば、丁寧な盛り付けをしているからといって夕食時の会話が弾んでいるとも限らず、過剰な母親へのプレッシャーは間接的に少子化にもつながっているのではとの示唆もある。
     実際、この料理の話を『東洋経済オンライン」で書いたときに、コメント欄に溢れたのは、意外なことに、妻や母親としてのコメントではなく「子どもとして」経験したエピソードの数々だった。男女かかわらず、「元・子どもたち」が、当時の思いを吐露し始めたのだ。
     それによれば、自分の母親は、手作りの料理や品数にこだわっていた。そして、そのために忙しくて構ってもらえなかった。作った料理を食べないと鬼の形相で怒った、常にイライラしていた、食卓は楽しいものではなかった・・・・・・。
     別に手作りじゃなくたって、品数が少なくたって、お母さんがニコニコしてくれていたほうがよかったという証言がいくつも出てきたのだ。
     では、おかずの品数や手作りを求めるプレッシャーは、日常的にはどこからどのようにかかってくるのだろうか。
     子どもは、手間暇かけても、特定のものしか食べなかったりする。品田氏らの調査でも 「料理の品数は少なくても、栄養バランスがとれていればよい」と考える女性も多い(品田氏の調査で七六・七%)。
     そうすると母子の食事は非常に簡素になっていったりするのだが、それに良くも悪くもブレーキをかけるのが、夫だ。
     品田氏らの調査では、平日の夕食準備時間が長い人は「夕食の品数を何品以上と決めている」割合が高く、「うちの家族は、食事の品数が少ないと不機嫌になる」という質問に対して「はい」または「どちらかといえば「はい」」と答えている人(全体の一八・六%)の数が品数ノルマを決めている。
    「うちの家族」が具体的に誰なのかについて言及はないが、育った家庭の「おふくろの味」 と食卓イメージを妻にも再現することを求めている夫である可能性が高いだろう。


     米国で一〇年以上前に書かれた『Opting Out?』(パメラ・ストーン著)という本がある。 この本では、高学歴女性がなぜ専業主婦になるかという疑問から、もともと専門職で働いていた女性で今は専業主婦をしている女性たちをインタビューしていく。
     彼女たちの内面に迫った「Half-Full, Half - Empty」と表現された章では、子どもの成長に寄り添えること、休みには旅行に行けることなどで満たされた気持ちになる側面がある一方で、アイデンティティを失い透明人間になってしまったような感覚があること、知的な刺激のない生活で孤独に陥ること、子どもの良いロールモデルではないのではないかという不安や、自分の時間が持てないなどの苦悩を描いている。
     その対処策として主婦たちが見いだす方法は、一つはもちろん働き始めること。何らかのフリーランスなど柔軟な働き方ができる仕事を見つけるというものだ。もう一つは同じような仲間を得て、一人ではないと感じられるようにすること。
     そして最後が、「家庭のプロフェッショナルになる」ということだ。彼女たちは自分のことをHousewifeとは言わず、Stay at home momという呼称を好む。中には××家のCOO (chief operating officer) という冗談も交えながら、母親も立派なキャリアであることがわかったと言い始める。学校や地域のボランティアで価値を発揮する母親たちもいる。この現象は愛子さんのケースにも重なるように思えた。


     この節で紹介した主夫たちは、比較的早めに「専業主夫」であることからは脱しており、 保育園や幼稚園に子どもを預けて、働く方法を見つけていた。
     その理由は、①専業で家事育児を担うことは想像以上に肉体的にも精神的にも大変②自身の自由な時間がない③片方の稼ぎでは家計が不安定、といったことだろう。
     長年夫婦をしていると、どちらかが働けなくなったり、転勤したり、さまざまな変化がある。また育児や介護のフェーズによって、一時的に「稼ぎ主」の交替が必要なときもあるだろう。ところが、日本では雇用の流動性がなく、稼ぎ主を柔軟に交替することは極めて困難だ。

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    2026年03月29日
  • 「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?~

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    基本的にヒアリングをしっかり分析しててすごいなぁと。マミートラックに戦略的に乗るしかないのか。たまに筆が乗って煽ってきてイラつく(おもろい)。結局自分は育休中に大学院行って仕事も復帰して全部取りかい!というモヤモヤは残るけど、タイトルでジレンマって認めてるからそのツッコミはいりませんてか。

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    2026年03月01日
  • 「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?~

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    2014年初版、この頃の育休取得世代と比較して10年後の今はだいぶ時代が変わっているように思えてしまって、途中からはパラパラ読み…
    転職はよく聞くが退職を選ぶ人はほぼ周囲にはいなかったり、男性上司や男性同僚の育児参加率も上がっているので理解度は高くなっていると思う。だからこその新たな課題もあるのだけど。。

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    2025年10月22日
  • 「東大卒」の研究 ――データからみる学歴エリート

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    そういえば、何年か前にアンケート依頼があり、あまりに面倒くさそうなので、スルーしてしまっていたという記憶があった。

    こういう本になる事がわかっておれば、アンケートに回答していたかもしれない。そうすると、回答者の年代範囲がもう少し広まっていたであろうに、ごめんなさいm(_ _)m



    図が小さくて全く見る気がしない。その代わりに文中でひとつひとつ細かに説明はしてくれているのだが。読み疲れてしまう。まぁ学術論文ならこれで良いのだろうが、一般読者向けにはなぁ・・・

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    2025年10月18日
  • 「東大卒」の研究 ――データからみる学歴エリート

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    日本の学歴社会の頂点に立つ東京大学は、実は大きな格差を内在している。男/女、東京圏/地方という四象限で分析すると、マジョリティとしての東京圏男子と、マイノリティの地方女子の大きな格差が浮かび上がってくる。東大に入学してくる新入生の半数程度が東京圏男子であり、中高一貫校を経て鉄緑会のような塾歴を持ち進学してくるのが特徴である。地方男子が約30%、東京圏女子が15%と続き、地方女子は約5%となっている。

    東大卒、という学歴に期待されるのは大きく2つの伝統的キャリアがあり、研究機関として世界に伍する最先端の科学技術を探求する研究者と、官僚養成機関として国家の中枢を支える公務員というイメージが先行している。しかし実際のところは大手企業やコンサルティング会社への就職が増加してきており、他方で企業内では学閥等の形成があまり存在しないといった特徴が見られる。社会関係資本の面においては、大学の友人知人関係よりも前述した中高一貫校のような同窓意識が優先される傾向にある。

    高度成長期においては安田講堂事件のような社会運動の先頭に立っていたイメージであるが、現在の東大生は保守的であり社会課題に対して積極的に働きかけるといった傾向は薄い。それが社会が東大卒に対して期待する役割とのギャップを生み出していると考えられ、無難でソツのない選択を取り続ける学歴エリートとしては、どちらかといえばネガティブな印象を持たれることが多い。なので東大卒という学歴を積極的にアピールする人は少ないのである。

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    2025年07月31日
  • 「東大卒」の研究 ――データからみる学歴エリート

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    話題性としては注目していたが、中身としての新鮮味はそれほどでもなかった。本著のような量的調査で一定の担保を踏まえたうえで、質的な語りがより見られれば面白いとは思う。

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    2025年07月12日
  • 「東大卒」の研究 ――データからみる学歴エリート

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    本田先生×東大論は面白そうと思い、購入。

    『教育格差』を読んだ時だったかな。
    東大に入るには、結局は親の資本力だと知って、エリートは単純に学力・能力を指すのではないのだと、あらためて見せられた気持ちになった。

    この本では、さらに東大卒女性のキャリアに焦点を当てることや、東大卒女性でも関東圏と地方出身者にはどのような違いがあるかについて、アンケートを元に提言をされている。

    地方出身者で東大を目指す女性は、ある意味、女がいい大学行ってどうする、の枠組みから逃げること(または知ることのない)環境にいるとも言える。

    こうしたジェンダーバイアスを脱却するために昨今盛り上がっている「女性優遇」は、経済的に苦しい人々への富の再分配同様、理解・納得を得られない面もあるだろう。

    けれど、大学という場がもたらす影響力は、きっとあるとも思う。
    東大生ってどんな人?というより、東大生が抱える背景を知ることで、大学を通じた社会へのアプローチを試みる、面白い研究だなと感じた。

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    2025年05月11日
  • 教育にひそむジェンダー ――学校・家庭・メディアが「らしさ」を強いる

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    教育や育児のように若年世代が対象となっている場って意外と性別で分けるような言動がまかり通っていると思う。娘と息子がいるこの本の著者にしたって、ジェンダー意識が高いはずだけど何となく息子よりも娘をジェンダーニュートラルに……というか、ピンクやお姫さまに傾向しないように力を入れているような感じがした。ことほど左様に身近なおとなの存在が子どもに大きな影響を与えることだろう。
    とはいえ、好きなランドセルを選ぶエピソードなどから、親やその子どもをいとしく思う立場だからこそ危険を避け、その子の趣味に沿わない標準のものを選ぶよう仕向けてしまう気持ちもわからんでもない。そして子どもたちもそういう親の気持ちを忖度して選んだりもしているんだなあ。さらに、そういうことが世のなかの無理解のせいにしているような感じもする。何て窮屈な世のなかなんだろう。

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    2025年03月25日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    ・サラリーマンの働き方には妻の支えが不可欠。長時間勤務、全国転勤
    ・パート主婦は家計補助としか見なされず低賃金
    ・家事が高度化している。家電も増えたが家事に費やす時間はそこまで大きく減っていない、求める水準がどんどん高くなっているから
    ・一汁三菜は元々もてなし料理
    ・ワンオペの辛さは自分で時間をコントロールできないこと。専業で家事育児を担うのは精神的肉体的に大変
    ・母親が保育を担うことで国が予算をかけたり考えなくて良いしくみにされてきた
    ・小一の壁も大きい
    ・夫婦それぞれが、収入を得る役割、家族をケアする役割を分担したり交換したりしながらその時々の役割に適した働き方を選択し続けていくあり方を目指すことが、長い目で家計を安定させる
    ・転勤の仕組みを見直すべき
    ・週3〜4の働き方もあり


    全体的にそうだよなーと思う内容。全体的に内容について驚きは少なかったがやはり専業のしんどさはもっと理解されるべきと思う。
    個人的に家事で求めるクオリティを高すぎることは首を絞めるなと思う。ここまでのクオリティを求めてきたのは歴史的にも無いし共働きの状況にマッチしてない。ここまで高いクオリティの家事を求めたら本来外注すれば大変なこと。そこそこでよしとすることは大事と感じた

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    2023年06月06日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    SNSで断片的に取り上げられる問題が整理されている本だった。転勤・長時間労働など働き方の問題や賃金の男女格差、専業主婦対共働き、保育の質・量の不足、など。著者はシンガポール在住とのことで諸外国との比較もあった。時代の変化とともに少しずつ変わってきてはいる、グローバル化社会で生き抜くためには変わる必要がある、とあったが、今現在渦中の子育て世帯としてどう動いていくかは自分で考えなければならない。

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    2023年01月09日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    共働きも専業主婦もそれなりに辛く、男性もそれなりに辛く、今の社会システムが制度疲労をおこしてるという前提については概ね賛同できた。しかし、筆者は「主婦がいないと回らない仕組み」を壊す可能性をシェアリングエコノミー、ギグワーク、ジョブ型雇用などの中に見出しているが、私はそこには賛成できなかった。本書のなかでは繰り返し「私たちが子どもたちに残したいのはどんな世界か」が語られるのだが、私はジョブ型のような労働を切り売りするような働き方には人間らしい豊かさを感じないため、それを次の世界に残したいとはどうしても思えない。どちらかといえば、荒唐無稽なチャレンジを支えるためにベーシックインカムを実現する、という方向性のほうが魅力的に感じる。

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    2022年08月04日
  • 情報生産者になってみた ──上野千鶴子に極意を学ぶ

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     あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。
     
     2019年、東京大学の入学式祝辞でこう述べたのが、上野千鶴子さんであった。本書の冒頭で紹介されている。この言葉に、上野さんらしさが凝縮している。そして、その実践の場が上野ゼミだった。
     とてもハードそうだけれども、それを上回る実り多き学びの場だ。そして上野さん自身が、実によく気づき、支え、教えてきた。真の教育者の姿がここにある。登場する教え子たちも実にユニーク。よくこの厳しい上野ゼミの門を叩き、巣立っていったものだ。これはかなわないな、と実感した。

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    2022年02月18日
  • 「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?~

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    ネタバレ

    ジェンダーについて自分がどのように捉えているのか、本文中に登場する15人と比較する中で、第三者的に捉えることができたように思う。
    仕事と育児とのバランスに関する自分なりの納得感の得方、落としどころを見つける上で参考になると感じた。
    今回扱われているのは0-2歳子育て中の女性たちだが、その後子どもの年齢が上がって行くにつれて別の葛藤が生じるように思われ、そちらについても興味深い。

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    2021年10月21日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    緩い階段、という解が得られるのか今の自分にはまだ見えてない。。渦中の主婦にとっては、問題提起や分析は納得だが、そんなに希望が見えてこないので読むのはちょっとしんどい。

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    2021年09月05日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    なにか課題があるにも関わらず当事者たちが「自分で選んだんだから」と自己暗示をかけることで、
    本当は改善されたほうが良い既存の課題含みにシステムは放置され、ときに強化される可能性もある

    再生産労働

    共働き家庭が、喉から手が出るほど欲しているはずの「子どもとの時間」。長すぎると持て余すが、短すぎると渇望する。その二極化に親が四苦八苦している。

    フルとパートの間くらいの働き方→ショートフルタイム

    専門性が高く高所得を確保できる個人はギガエコノミーの経済圏でも活躍できるが、低技能層にまで拡大していくと、懸念もある。

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    2021年07月04日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    飛ばし気味に読んだ

    たくさんある、○歳の壁

    ギグワークを新しい選択肢として残しているものの、高い能力を持った人に限られるとか、社会の構造が変わってもできるか、とか課題も残してる

    男の方が、自分自身のキャリアをどれだけ周りと柔軟にできるか
    緩やかな階段; きつい期間をやり過ごしてその後キャリアを築けるように

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    2021年01月03日
  • なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造

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    "手料理がうまくないと女性として失格、というような世間の見方もぜひやめてほしい。結婚披露宴でのファーストバイトで「一生美味しい料理を作ります」みたいな司会も、芸能人の結婚会見で妻の料理で好きなものを夫に聞くのもやめてほしい。料理をするのは女性でも男性でもいいし、その在り方もさまざまに変化していくものだろう。"(p.123)

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    2020年05月08日