伊藤将人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
なんというか タイトルがいいよな キャッチーで
海外旅行に年に4回くらい、国内旅行にも複数回行く気ままなアラサー独身女としてはドキッとさせられる…
ちょっとトピックスが色々ありすぎたけど、まあまあサクッと読めた 気になる話題はおすすめしていただいた参考文献を読んでいきたいわね
自分も多分移動という意味ではエリートなのだ
まず0歳?の時から海外旅行に連れて行かれている
小学校の時にはシンガポール2回、ハワイも2回、沖縄、北海道は毎年…
今年も、オーストラリア、インド2回、韓国、北海道、などなど…色々行っている
修学旅行も中学高校ともに海外だった
飛行機も電車もフェリーも好きなんだよぉ〜〜
移動経験そのものが資産で、経験があればあるほど次の移動へのハードルが下がるというのはほんとそうだなと思った
で、自分と似たような人とつるむから、海外旅行当たり前、海外留学経験当たり前、海外で働くのも珍しくない、、みたいになっちゃって
パスポート持ってない!国内旅行も飛行機乗ったことない!みたいな人に遭遇すると逆にえ??みたいな 20年以上生きてきて???みたいなことを正直思っちゃうんだ!!!!イヤーン!!
海外旅行なんて、パスポートとって飛行機とって空港いけばいいだけじゃん?みたいな 高慢である
これはほんまに自分がたまたま恵まれた階層?にいるだけというのは自覚しなあかん(親の介護が始まる前に行けるうちに行こう!今はとても恵まれてる、みたいな気持ちはあるんだよ)
日本だとあんまわからないけど
インド国内旅行とかすると、飛行機乗ってるのはみるからに富裕層ばっかだなとか
私は本当に自動車社会が嫌いで………(高齢祖父がまだ田舎で車運転しているため!!)そちらは別の本を詳しく読みたいなと思った
車の事故で女性の方が怪我しやすいのほんまファッキンクレイジー、、、ほんま日本の決定権ておじがにぎりすぎや
引用
エネルギーの消費量が増えれば生活が豊かになるわけではなく、エネルギーをたくさん使ってより遠く、より速く移動できるようになっても、私たちの暮らしゃ心が必ずしも豊かになるわけではない。要するに、エネルギーに依存しすぎた移動社会は持続不可能である
→ギクウ
まあほんまに『フツーに方丈記』とかで述べられてた通りな面もあると思う。この本の文脈で、方丈記のような暮らしはどういう評価になるんだろう?方丈記ライフは方丈記ライフである意味特権かしら
車社会嫌いと言っておきながら、飛行機にバンバン乗りまくる自分に矛盾を感じたり…
政府の移住に関する政策とかに対するうっすら違和感とかも…はい、私もgotoトラベルバンバン使ってましたわ…使いまくった上で、あれは、あれがなくても旅行してた人たちにお金を配っていた側面はほんとある…
本来勝手に移住できる高所得層向けに金を配ろうとするのはなぜなのか?はまあ単に政策やってる感出すためのKPIが欲しいだけでしょうね
もうちょい他のことにお金使って欲しいね
自動車価格2倍になったのか〜とか、、
車住まいノマドできるのって白人なんだ〜とか、、
結構浅ーく広くて感じだったのでそこが好み分かれるのかな
両親に連れられる子供に関してはどうなんだろうね
こないだベトナム行きの飛行機に乗ってたら、旅行っぽい家族がいて、両親+赤ちゃん+3歳くらいの男の子だったけど終始大変そうすぎた 飛行機移動は子供への負担でかい、、、小学校なるくらいまでは親のエゴだなと思った とか言って、私も赤ちゃんの時飛行機載せられてたらしいけどなにも覚えてないんだよな…まあ親が楽しければいいか -
Posted by ブクログ
何らかの解決よりは
問題意識の共有のために書かれた本、という印象。
移動という、日常のありふれた行動が、
しかし、様々な理由によって格差付けられている。
究極の問いは、憲法で守られているところの
「文化的最低限度」の移動というのはどの程度を指すか、
ということになるような気がする。
完全な平等はありえない。
切り捨てるような物言いになってしまうけれど、車いすの人の移動を健常者と同等に保障すると、莫大な社会コストになる。
ただ、そのコストを金銭以外でどこまで緩和させられるか。
上限が下限からどんどん離れていく(格差が広がる)社会において、常に問われる必要のある話題だと思う。 -
Posted by ブクログ
自分はどちらかというと移動しやすいレベルの人間で、かつ移動のお手伝いをする仕事だ。だからこそ、日頃から障害などで制限を余儀なくされている人を見て"移動する人はうまく行く"のような言説に疑問を感じていた。その疑問に答えてくれた1冊だった。
そもそも移動できる資本を持っている人が押し付けている印象が否めない。p.122の『移動が困難であったり、自分とは移動をめぐる状況が異なったりする人がこの世界にいることへの想像力を働かせることが大切だ』と語られているように、視野を広げて物事を見るのが大切だと思う。
昨今『移住促進』が言われているが、移住できる余裕や資本がある人に支援して格差をより広げているという視点は初見だった。確かにそうだ。もっとハードルを下げるような、平たく選択肢を広げてあげる策を期待したい。そして何より自分も考えていかなければならない。
視野を広げてくれる著書だった。
出ているデータに関しては、概ね自分の予想通りではあった。 -
Posted by ブクログ
移動にまつわる社会学、モビリティーズスタディーズ入門としてかなり丁寧に書かれた良い新書でした。
「行きたい場所に、いつでも行けますか?」
「自分の移動を自分で決めて、実行できますか?」
冒頭で二つの問いが投げかけられ、行ける人と行けない人、実行できる人と実行できない人、あるいは行く人と行かない人の間にはどのような違いがあるのか。それを経済的な格差、ジェンダー、障害や病、都市と地域、環境問題とグローバリゼーション、自由と移動、旅行・観光、移住、難民、歴史や技術などさまざまな社会的な観点から眺める視点と論点、そして価値観の違いがあることを提示していく。
SNS等でしばしば見かける「移動する人が勝つ」的なマッチョな価値観の影にどのような問題があるのか、単純にそうした価値観を批判するだけでなく、能力主義と同じように、移動の価値というものがかなり現代社会に生ける私たちの前提となる価値観として強力に染み付いていることについて捉え直す機会になりました。終盤のブックリストも良かった。何冊か読んでみたいものが見つかり早速『ルポ トラックドライバー』を購入してきました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレここで言う「移動」の定義が幅広くて、あらゆる角度から「移動」や「移動格差」を論じていて勉強になりました。社会階層的な話だけではなくて、移民、ジェンダー、気候変動など色んな視点で書かれています。「移動する人のほうが豊か」というような内容ではなくて、誰でも自分事とし考えられる構成になっています。
私は旅行や出張、引っ越しも、何でも移動することや、移動時間そのものが好きなんですが、よく思い出すのが…勝間和代氏が「移動するだけで充実しているように感じるから、何か生産的なことをやり遂げたと勘違いしないように」的な話をされていたこと(うろ覚えなので解釈違っているかも)
・移動(旅など)することで自分が感じる充実度や満たされる好奇心etc
・社会の中に「移動」に関する格差があること、それは「(移動しない人=)行動しない、できない人」というように自己責任としてジャッジすることはできない
↑こんな側面で移動について考えることができました。 -
Posted by ブクログ
人生相談をベースに本の紹介するポッドキャストで紹介されていたので興味が湧いたので読んでみた。
決して移動が出来ることが良い・有利、という訳ではないけど身体的に精神的にそして家族の介護などの状況によって移動できない人口がいることやその状況に縛られることが女性の方が多いこと、娯楽のために飛行機に乗ったことない人は年収が低いことが分かっていることを説明している。
性別によって移動のしやすさが違ったり、車の構図が男性にフィットした形になっていたり、安全性を検証する実験では男性の平均的な身長と体重を反映したモデルを使用されていて女性が乗った場合は最近まで検証されていなかったことも話されていた。Invisible Womenという本でも読んだ内容も入っていた。
結局特権があることを気づくことが大きいんだなと実感したので読みながら以下のことを思った。
・通勤で毎回車掌さんに依頼して乗るために手伝ってもらう必要がないこと
・コロナ禍ですぐにテレワークを導入できる会社に所属していること
・地方から東京に出て実家に戻れと言われないこと
最近読んだ新書の中でちゃんと興味深かったし、作者が年下ということが1番の衝撃だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【きっかけ】
コロナ明けから旅行するようになったこと、SNSでみるグローバルな人をみて羨ましい気持ちがあり、タイトルに惹かれた。
【印象に残ったキーワード】
・気候変動による移動の困難=ブーメランを食らってる
・車は男性にマッチするような設計、女性の受傷率のほうが高い
・飛び恥 飛行機移動のCO2排出量
・車上生活は白人男性ばっかり
【感想】
気候変動、移民問題と思っていた以上の話題の広がり。第2章がタイトルから想定していた話題に近かった。
後半やや食傷気味に。
それでも考えるきっかけをもらえたのはよかった。
まさに過疎化している田舎で育った。幼稚園も学校もひとつだけ、施設や機会の格差は嫌というほど感じてきた。親の運転なしではどこにも行けない。JRまで撤退した。親が歳をとってきて、運転に不安を感じることも出てきた。田舎の良さもあったけど、もう少し都会に住んでいれば、自分の子ども時代は違ったかもと思うこともある。
親元を離れ都会に出て、社会人となったいまは自分で公共交通機関を使い、行きたいときに、行きたい場所へ行けるようになった。世界が違う。自分で行きたい場所に行けるって、精神的にもすごく自由。たまに帰省すると、いまはより息苦しさを感じる。
母はまさにケアする側の人間。父が国内・海外を自由に移動していた一方で、母は子どものため、子育て終了後は介護のために家に縛られている。
母だってしっかり自己主張して、行きたい場所に行けばよかったのだと思っていた。その機会を得ようともしなかったのだから「自己責任」だと。しかし、経験もまた移動資本。母はケアラーとしての人生が20代前半からスタートしていて、それだけの経験値を積む機会すらなかった。
いま自分が自由に移動できるのも、当たり前じゃない。また世界中でウイルスが蔓延したら?親がもっと弱って
近くにいる必要が出てきたら?自分の心身の状態に問題が起きたら?この自由をいつ失うかは、わからない。
「移動する人はうまくいく」「グローバル人間が生き残る」を盲信していたかもしれない。そっち側のほうが、カッコよくみえたから。移動できない人、そうなれない自分はだめだと思ってきた。もしかして視野狭窄、暴論だった?もう一度考えてみる。