実吉捷郎のレビュー一覧
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ヘルマンヘッセの青春小説。
ヘッセの作品とは、中学生の頃に出会ったエーミール以来となる久々の再会となった。
努力家で純粋、そして未来ある主人公が経験する、多大な挫折。そのリアリティには、おそらく精一杯生きてきた人間なら誰もが共感できるところがある。この小説の、もっとも魅力的な語りはそこにあるのだろうと思った。
そして、タイトルにもある「車輪の下」について。
思春期真っ盛りの、多感な主人公は、周囲の勝手な期待や、小さな村社会、閉塞的な学校生活、そうしたそれぞれの狭隘な場所で、まさに「車輪の下」に轢かれるような、苦渋の憂き目に遭う。そうして生命力ある若芽が摘まれていく。最後の靴屋と父親のやりとりも、「車輪」としての自覚を促すようで、示唆的である。
やりきれない。はかない。
しかし、はかなさとはうつくしさかな
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青春期の心のなかのあれやこれが、あまりにも高い解像度で描かれていた。この本を読んでいるとまるで禁忌を犯しているような、甘美な背徳感を感じた。なんというか「エロ本」を読んでいるのに近い感覚なのかもしれない。
僕はハンスであり、ハイルナアである。自分とちがったものの見方をする人に惹かれるし、独自の思想と言葉を持っている人に惹かれる。そして、いわれのないすこしきどったようなゆううつの発作になやんでいる。ハンスの、ハイルナアへの甘い耽溺。(これがブロマンスってやつですか?)ふと私があの時期に感じていた友人への「好意」を思い返した。今となれば恥ずかしいことだが、あのときは真剣だった。「ふつうの恋愛なんてできないんじゃないか」。そんなことを彼への「愛」を感じてしまったために悩んだ夜があった。うう、苦しい苦しい。これを書いている今、ここに描かれていたのは「あのとき」のことだと思い込んでいるが、希死念慮はいまも自分の側にあるし、これって今の話なのかもしれない。
やっぱり思うのは、感性は鈍りゆくものであるということ。できるだけ世界が輝いているうちに、できるだけ強くそのときめきを感じ取らなきゃ。「若いうちに読めてよかった」なんて言葉があるけれど、本当にそのとおりなんだと思う。車輪に押しつぶされてからじゃ遅い。取り返しがつかない。ときめけるうちにときめくこと。これは大切にしていきたいね。 -
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あらすじ
秀才のハンスは周囲の期待に応えようと、ひたすら勉強に打ち込み、難解な試験に合格して神学校に入学するが次第に押しつぶさていく…。
休暇も勉強に費され、大好きなものまで取り上げられてしまう。
ハンスは真面目で良い子過ぎるがゆえに、嫌なことも言えず、好きなことをやりたいとも言えず、周りの期待に応えようと頑張ってしまう。
大人達はハンスのために「良かれ」と思ってやっている。
・得意で好きだった勉強が、どのようにして辛くなっていったのか。
・大人達のどのような言動がハンスの心を潰していったのか。
その時々のハンスの心理描写がとても詳細にわかりやすく書かれている。
私は親なので、自分がハンスの親ならばどうしたら良かったのかをつい考えてしまう。
・親の顔色を伺うのではなく、自分の意見を持つことの大事さを伝える。
・子供時代に思いっきり遊ぶのは1番大切で貴重な経験で、大人になってからはできないことなのでそれを取り上げない。
私も子どもたちにもっとこうすれば良かったと思うことはたくさんある。
一人一人性格も個性も違うし、正解が何かはわからないから子育ては本当に難しい。
この作品はヘルマン・ヘッセの自伝小説ということを読後に知った。
リアルな心の叫び声が苦しくて読むのが辛かったけど、読んで良かった。
Audibleにて。 -
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ネタバレ教育とは何なのかを考えさせられる
良いとされる人生のレールに子供を乗せる親や教師、そして自分の周りの狭い世界の中では成功しそのレールに乗ることを望んでいる子供は自分の運命がわかっていない
何も考えずにレールを進む子供もいれば、多感な時期を過ごす中でそのレールから外れてしまう子供もいる
そして死んでしまったハンス。その死因は語られない。
そのことがむしろ、読み終わった後に、彼の周囲の彼への期待や強制を自分と照らし合わせて内省に向かわせる。
以下、あるサイトからのコピペ
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主人公ハンスは、他の子供たちと同様に自然や動物を愛する素朴な少年。
唯一違うのは、彼は学問に優れた天才であること。
ハンスは父親や学校の先生など周囲の大きな期待を背負い、一心不乱に受験勉強をする。
そして見事、エリート神学校への合格を果たすのだ。
しかし、神学校での規則や価値観に縛られた日々は、ハンスの神経を弱らせる。
彼は神学校を中退して、「脱落者」という不名誉な称号と共に帰省。
かつてエリートだったハンスは、同郷の仲間たちよりも遅れて肉体労働の見習いとなる。
それは肉体的にも精神的にも苦痛なことだった。
物語のラストで、ハンスは死体となって川で見つかるのである。
ハッピーエンドの小説が多い中、今作は主人公が死んで物語は終わりを告げる。
死因は分からない。
死ぬ直前に、ハンスは酩酊していたから、事故で川に落ちたのかもしれないし、もしかすると自殺したのかもしれない。
とにかく主人公の少年が死んで物語は終る。
「車輪の下」は救いのない小説と言われる。
確かに、小説を読み終わった後、陰鬱な気分になるだろう。
しかし、この救いのない作品は、現代人を救ってくれる一冊でもある。
僕達は成功体験からだけ学ぼうとしている。
でも、成功者から学んだとしても、誰もが彼らと同じように成功できるとは限らない。
一方、僕達は失敗体験からも学ぶことができる。
誰もが先人達の失敗を教訓に、人生を正しい方向へと導くことができるのだ。
100年以上前の作品ながらも、「車輪の下」は現代人の必読書である。
だって、誰もがハンスになる可能性があるのだから。
良い学校、良い仕事に就くことだけが、幸せなのだろうか。
周囲の視線や期待、価値観に捉われすぎて、自分らしさを失ってはいないだろうか。
僕達はハンスであり、だからこそハンスのような結末を迎えるのを避けなくてはいけない。 -
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この若造の甘ったれ感が嫌いな人もいると思うけど、自分は好き。何せ、年を食った今でも甘ったれなので。
子供の人生が周りの大人の都合で決まってしまうってことはよくあることだと思うんだけど、よくあるってことが実は怖い。アシストしてるように見せかけて、実は目隠しした少年を自分の都合の良いように歩かせてるんだと思うと怖い。
それにしても情景の描き方がキレイ。どんどん引き込まれていく。目の前にその世界があるかのように。ここでその形容詞か?!って思うこともあるけど、まあ時代が違うし。言葉は生き物。
結局はみんな自分中心なんだから、自分中心に生きないと損。そう言われてる気がする。そうしないと戦車にひかれるぜ。 -
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ヘルマン・ヘッセの代表作。街一番の秀才・ハンス=ギーベンラート(14)は、難関試験に2番の成績で合格するほどの実力者だった。周囲の期待に推され、親元を離れて勉強に励むが、 進学先で出会った友との交流、同級生の死などを通して、彼は徐々に少年から大人へと変化していく。特に、親友ハイルナーとの出会いは、彼の運命を大きく変えた。ハイルナーは詩が好きで自由奔放な少年であり、教員たちの間では問題児として有名であった。ハイルナーと交際する中で、ハンスは徐々に今までの勉強に興味を失っていく。ハイルナーの退学を機に、彼と親交の深かったハンスは教員たちから疎まれるようになる。そしてハンスは心身のバランスを崩し、故郷へ帰ることとなった。精神虚弱の症状は治らず、ハンスは自死への思いを強くする。手工業の見習として働きに出るが、虚しく欠けた心は戻らない。自死か事故か、ハンスは川で溺死体となって発見される。
青年期の心の変動を本当によく表現している。ハンスは勉強も好きだし、賢い子だから、周囲の期待も分かっている。けど本当は釣りが好きで、散歩が好きで、友達と笑うのが好きな、ごくごく普通の少年だった。彼の柔らかい心を、期待という重機で押し潰したのは、他でもない大人たちである。自分を轢き潰そうと迫ってくる無機質な車輪を、轍の上にいる彼はどんな思いで眺めていたのだろう。最後の、川面に惹かれてしまう描写はあまりにも美しく哀しい。酒に酔ってどろんとした頭で、涙に滲んだ目で、星あかりに揺れる水面はどれほど美しかったことだろう。
ハンスが神学校に入る前から気にかけてくれたフランツ親方。「試験がダメだったからって、お前自身がダメという訳ではないんだぞ」と言ってくれた親方。その言葉をかけてくれる大人が、ハンス自身を見てくれる大人が、他にもいてくれたなら。何か違う結末があったのではないかな…。 -
Posted by ブクログ
セリフシーンは少ないが、風景描写や感情表現が緻密で、主人公ハンス・ギーベンラートの心情や風景が想像しやすかったです。ただ、近代特有の言葉も使われるため、理解を深めるのであれば調べる必要もありますが、普通に読むだけなら問題になりませんでした。
ハンスへの車輪の轍をなぞるように仕向けられた教育への批判、ハンスに足りなかったもの、結末でのハンスの思いなど、現代にも通ずるような問題提起や考察の余地もあるため、読んだ後も記憶に残りやすい作品でした。
ただ、作者の人生を擬えた作品のためか、個人的には物語の起伏が少なく、平坦に進む印象があったため、星4とさせていただきました。読んで損はない作品だと思いますので是非お試しください。 -
Posted by ブクログ
読書力読書、3冊目。
学生のころ、どの先生だったか忘れましたが、この本の内容を「受験の話」だとおっしゃっていました。しかしとくに興味を惹かれることなく数十年経過、人生半ばまできてようやく読みました。
シュワルツワルト地方の小さな町で唯一の秀才、ハンス・ギイベンラアトは、ほかの〈天分にめぐまれた少年たち〉と同様、州試験を通って神学校へ行き国のために働くというエリートコースを歩むべく、父親や町の人びとの期待を背負って州試験を受け、無事合格、マウルブロン神学校に入学します。友人もでき、勉学に励みますが、少年から青年へと成長するとともに、心身の調子を崩してゆきます。
主人公ハンスの苦悩は受験のときから続いているので、たしかに受験の話と言えなくもないのですが、物語全体を通して考えると、受験は通過点のひとつです。読後はもういろいろな思いが渦巻いて、この物語のテーマの深さに言葉を失い、しばらく動けませんでした。もし学生時代に読んでいたら、たぶんここまで複雑な気持ちにはならなかったと思います。
なんと重い車輪なのか。周囲からのプレッシャー、プライド、そして本心との闘い。ハイルナアとの友情、エンマとの恋、突如おそわれる不安、おそれ、頭痛。がんじがらめになった心の唯一の解放は、一人で流す涙でした。ただ一人、靴屋のフライク親方だけは、真実を見抜いていたようですが。
これは著者の自伝的小説です。本書の訳者解説が書かれたとき、ヘッセは80歳、ご存命だったそうです。
私が本書を買ったのは数十年前でした。名作だからとりあえず買っておいたのでしょうね。なのでカバーに書いてある定価は200円です。訳文にもやはり古臭さを感じるので、今ではさすがに新訳になっているかしらと、書店で現在(2021年5月)売っているものを見てみたら、なんと文字が大きくなってその分本の厚みが増しているだけで、訳文はまったく同じでした。これから買って読むなら、光文社古典新訳文庫の『車輪の下で』のほうが読みやすいかもしれません。が、私としては、これまで多くの人たちが読んできた文章で本作を味わえたことをうれしく思っています。