千葉聡のレビュー一覧
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「科学」とは一般的に客観的な事実を基に自然現象を説明、実証できることを示す言葉であるが、その「科学的に正しい」とはどのように説明され、社会的に扱われるのかを、過去に発生した事象(ルイセンコ学説等)を例に取って解説している書籍である。
全体的に社会の中で「科学的」という言葉がどのように扱われて、偽装されて、信用されるかを説明しており、一般的な人向けに紹介するというより、学者や行政機関、メディアを含む科学振興に関わる人向けに注意点やあるべき論を論じている内容になっている。
また、最後には読者向けに「客観的なつもり」になっていないか、注意喚起する構成になっている。 -
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こんな研究室生活を送ってみたかった、という率直な憧れがまず湧きました。自分は物理系の研究室だったので、ここまでフィールドに出て活動的に研究する経験はなく、その違いがとても新鮮に映りました。
特に印象的だったのは、巻貝の研究が「自分は何者なのかを知りたい」という、極めて個人的で根源的な動機から始まっている点です。進化の研究が単なるデータの積み重ねではなく、研究者自身の問いと深く結びついていることが伝わってきて、強く心を打たれました。
また、随所から著者の人柄も感じられます。なかでもサウザー愛がこれでもかというほど滲み出ていて、思わず笑ってしまいました。学問の硬さだけでなく、研究者としての情熱や遊び心まで含めて描かれているところが、この本の大きな魅力だと思います。
『進化のからくり』は、進化を解説する本であると同時に、研究するとはどういうことかを考えさせてくれる一冊でした。 -
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科学的な「正しさ」は価値観からは切り離せず、科学と正義を混同してはならない。科学的な根拠や説明を聞く場合は疑うことが重要だ。ということが本書の趣旨だろうと思う。
確かに実験や分析の考察と価値観は切り離せないし、主観と客観は完全に分けることはできない。科学的なもっともらしさを盾に論破なんて言うのは危険極まりないし、そもそも科学に絶対的な正しさはなく現段階で最も確からしいことがあるだけだ。
さてでは価値観によるバイアスや価値観の違いによる対立をどう解消するのか?本書ではそれは開かれた対話だとする。理想的にはそうだが実際にはかなり難しそうだ。コアの理論がある純粋科学でもそうなら社会科学なんてはるかに難しそうだ。例えば、フェミニストが女性政治家を我々と中身が違うと批判したり、多様性が必要だという人が反対意見の人を受け入れなかったりするのをみると絶望的に難しく思う。知的な謙虚さや内省が必要だと思うが価値観が強固であればあるほど自らの価値観に固執して対話なんてできなさそうにも思う。この本を読みながら科学的な正しさについて考えを巡らせ、価値観による分断を乗り越えることの難しさに気づかされる。
「知性の罠」も併せて読むと思考の幅が広がりそうだ。 -
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ネタバレ難しいところもあり、全てを把握したわけでもないが、一旦咀嚼すると……
正しい科学と呼ばれている、その科学結果は果たして、
・背景にイデオロギーや政治的価値はあるか。
・研究結果の水増しや捏造はされていないか。
・追試結果はあるか。
・わかりやすいアイコンを大衆に提示し、ポピュリズムやナショナリズム等に共感される形で、社会を分断するような偏った考えを無駄に煽っていないか、もしくはこれらの系統に属する派閥が、確証性バイアスによって使われていないか。
・注意書きは書いてあるか。(この論文は何のために? 差別を助長するものではない等、今後のリスクに対してのスタンスが書かれている)
・科学者自身の価値観が明確に説明されているか、加えて言葉の定義も説明しているか。
・発信元はどこか? 宗教関連者または団体、科学者においても批判派もしくは賛成派か。etc…
では基本、科学者の情報を受け取る側(一般ぴーぽーの私たち)の心構えとして、
・分からんかったら、とりあえず最初は疑っておく。
・一次ソースを見る。
・同じ人だけではなく、別の人の論文も読んでおく。
・科学者には責任説明があることを念頭におく。
・受け取り側もどのような価値観を持っているのか、メタ認知を鍛えておく。
・二元論はとりあえず危ない。
・地域に関連する研究では、科学者や行政、住民等も交えて検討する。
二者択一は危なそう(こなみかん) -
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ネタバレTwitterのスペース機能を使った短歌ラジオのような企画があったらしい。お題に合わせて短歌を持ち寄りいろいろ感想を言う会の文字起こしまとめみたいな本でした。
三名の歌人の読みがそれぞれ異なることもあれば同じこともあり、自分には思いもよらない考察が飛び交っていて世界が広がる感じがしました。たまにゲストもいます。
個人的によかった短歌・解説
・違う鳥を見ているのかもしれなくてうれしくなった冬の湖畔で 霧島あきら
恋人なのか、友達なのか、家族かもしれないけれど、誰かと一緒にいて、「鳥がいるね」「本当だ。かわいいね」と話している。でも、話しているうちに、もしかしたら違う鳥を見て話していたかもしれない、と気づいたっていう歌。二人がどんなに親しくても、全く同じ気持ちになることはないし、二人がどこか違っていることが嬉しいっていう感覚は、意外とあるなと思っていて。同じものを見ていることはもちろん幸福ではある。でも、違うものを見る嬉しさもある。私たちはそれぞれ違っている人間だ、という嬉しさってあるな、と再確認しました。すごく好きな歌でした。
龍哉 初谷さんのお話、すごくよくわかります。今われわれは同じ短歌を読んでるわけだけど、三人とも、解釈が微妙に違ったりするわけですよね、自分はこう思い込んで読んでいたけど、たとえば千葉さんは全然違う読み方をしてて、初谷さんはまた全然違う読みを言ってきたとなると、正直、ビビるけど、でも、その違いがわかることがちょっと嬉しい。「ああ、そっち側にも世界があるんだ」という、そのことはわかる。
それが、この歌の場合は鳥なんですね。「あそこに鳥がいるね」と、自分は夢中になって話していたら、どっかのタイミングで「え?違う鳥を見てた?」みたいな話だったわけですよね。そのときの、この人には別の世界が見えてるな、世界は実はもっと豊かだな、というのが嬉しいし、もっといろいろな世界を知りたいと思わせてくれるものですよね。
ちばさと そうだよね。親しい間柄の二人なら、思い込みでおしゃべりしていても楽しめる。この二人が手探りで何か見つけようとしてる過程を詠んだのかもしれないし。
さまざまな気づきをいただきました。霧島あきらさん、ありがとうございました。龍哉くん、次の歌をどうぞ。
・温かいまま骨になる祖父の手をひきながら見た北斗七星 ケムニマキコ
「温かいまま骨になる」っていうのは、ひいている手に骨の存在を感じるくらいに痩せているっていう生前のイメージと、おじいさんの死が近くて、死んだあと焼かれて骨になる、その骨に火葬のときの熱がかすかに残っている、みたいな死後のイメージと、両方あると思うんです。どんなに痩せていっても生き続けていることを「温かいまま骨になる」って言っているかなって思って。なんかこのすさまじい感性に「うっ」っと胸打たれて、この歌を選びました。それに、歩きながら見た「北斗七星」の、少し冷たいような感じ。やっぱり星座なんで、星と星がつながってる見えない線、骨みたいな線をイメージさせて、祖父が温かいまま骨になって星座になってしまうということも想像しました。そう考えると、星座っていうのも、肉体はないのに、どこか焼いたあとの骨のように少しわずかな何かの熱を残しているような、そんな気までしてきます。祖父と手をつないでいることも星座みたいですよね、人が星で手をつなぐと星座になる。骨になる前の自分も、実は温かい骨が身体の中でつながってるわけなんで、自分自身の中にも星座がある。そう考えると自分も、生きながらにして死の世界に半分に足を踏み入れてるようにも思えます。やっぱり「温かいまま骨になる」というフレーズに、ものすごく力がありますね。
ちばさと 深い解釈を、どうもありがとうございます。この二人は、「生きる」と「死ぬ」のちょうど境目にいるような気がします。 -
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ダーウィンの進化論が如何に誤用され、優生学のような危険な思想の論拠として引用され続けてきたかを説明した本。
ポケモン好きな子供たちから「進化」という言葉を聞かない日はなく、サブリミナル効果的に進化論に興味を持ち本書を手に取った。
ポケモンにおける「進化」は完全に誤用だが、もっと深刻な誤用が各所でされてきたことを知ることができた。進化論の正確な意味と共に、優生学とはどういう考えなのか知れて大きな学びとなった。
進化とは、「ランダムな遺伝子の変異が次世代に継承され、その上で、自然選択や遺伝的浮動などによって集団内で特定の遺伝を持つ個体数の割合が変化すること」と理解した。押さえるべきポイントとしては、自然選択の結果、生存に有利な表現型(形質)と紐づく遺伝子が残りやすいという事実はあるものの、進化の素地となる変異に特定の方向性はなく、本質的に「進化」と「退化」に意味の違いはないということだと思う。
優生学は善悪、強弱、正邪などの価値基準が先にあり、より優れたものへ人為的に人間を「改良」しようという試みなので、この思想の根拠として進化論を引用するのは完全に誤りだと理解できた。また、筆者が主張するように、優生学が複雑な事象を極度に簡易化し、恣意的に定量データを用いて元々あった差別や偏見を補強しているという点も同意する。(少し話がズレるが、統計の勉強で出てくるピアソンがこんなに拗れた思想の持ち主だとは驚きだった)
また、進化の意味を正確に理解すると同じくらい大切なことは、進化の法則を安易に人間社会に当てはめないということだと理解した。人間社会はより大きな生物界に包含されるので、生物界全体に適用される進化の法則を、演繹的に人間社会の様々な事象に当てはめたくなるのは理解できる。ただ、ほとんどの場合、異なるタイムスケールやメカニズムを持つ生物界の進化プロセスを人間社会に当てはめることは無理があるため、基本的に、「ダーウィンもこう言っている」と言いながら、人間社会を説明している言論は、自らの主張の根拠付けとして、進化論を意図的/非意図的に誤用していると思ったほうがよいのだと思う。
日本語の「進化」も英語の“Evolution”も「改善」や「向上」のイメージを想起させてしまうので、誤用が染みついた「進化」という言葉はポケモンに譲り、生物学的な進化を語る際は、「分岐」や「変異」のような別の言葉に言い換えるのが、ダーウィンの呪いを解く第一歩なのではと思った。 -
Posted by ブクログ
【概要】
ダーウィンが出版した『種の起源』をめぐる進化論の解釈の流れを追う科学史かつ社会史。
自身の差別を正当化するために何度『ダーウィンが言った』と言われてきたか……。
優生学にも勿論触れながら、ダーウィンの呪いが未だ社会に続けていることを指摘する。
【感想】
優生学の結果劣った存在だと社会から弾かれる人間が、アメリカだと黒人、イギリスだと下層労働者というように、社会に規定されているというのが面白かった。
ダーウィンジュニアが優生学者だという点もとても今の価値観からすると驚く。
彼ら優生学者の働きかけもあって国会に提出された、心神喪失者を不妊させる法律を審議するにあたって、ジョサイア4世がボロボロになりながら通過を阻止する展開が熱かった。