著者がおこなった講演や研究発表の中から、「よく生きる」という問題に関するものを13編収録している。やさしい語り口だが、扱われている問題はきわめて本質的だと思う。
自分がもって生まれた能力を可能な限り展開させて生きてゆくこと、すなわち「自己実現」は、人間の生にとって重要な意味を持っている。だが、このことは人間が「生きること」の半分にすぎない。あとの半分は、他者との交わりのうちにある。自分を強くして、自分を守って、自分が傷つかないようにいつも用心していると、人は孤独になる。自分の「傷つきやすさ」(vulnérabilité)を他者にさらすとき、はじめて本当の意味での他者との交わりが開かれる。
著者はこうした他者との交わりの根源を、ユダヤ・キリストの神の概念の中に見ようとしている。新約聖書には「神は愛である」という言葉がある。神が自己自身の中で自足していたのであれば、世界を創造するはずがないと著者は言う。神は愛であるがゆえに切に他者を求め、世界を創造したのである。愛の発露は、相手の応答を求める行為である。その相手は、反抗にせよ同意にせよ、自分に応答しうるものでなければ愛は成立しない。ここから著者は、神がみずからに反抗しうる人間を創造したのは、神自身が人間の反逆のために苦しんで苦難を受けることを求めたのだと述べる。
私たちは神の姿を直接見ることはできない。ただ、『マタイ福音書』に記されているように、「この世でもっとも弱い者、もっとも虐げられている者、もっとも孤独な者、もっとも見捨てられた者の姿をとって神は現れる」のである。こうした著者の考えの背後にあるのは、弱者からの呼びかけに神の痕跡を見ようとするレヴィナスの思想と言ってよいだろう。