近藤紘一のレビュー一覧
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『キャパになれなかったカメラマン ベトナム戦争の語り部たち
上・下』もベトナム戦争の際の人間ドラマを描いたものだった。
こちらはベトナム戦争の報道に関わった人たちを題材にした作品
だったが、本書は著者の伴侶がベトナム人女性ということもあり、
ベトナムで生きる人々のサイゴン陥落前後の生活を描き出した名著だ。
取材で顔見知りになった南ベトナムの政府高官、パリ協定後に南に
駐留した北ベトナム軍の関係者、ベトナムに残る伴侶の家族、屋台や
露店で商いをする人々。
戦争という異常な状態にあっても、人間はたくましく生きている。
海外メディアという高みの視点ではなく、ベトナム人の視点で書かれて
いるような生活臭がある。再読でもやはり温かい気持ちにさせてくれる。
ルポルタージュやノンフィクションは、どんな良書であっても絶版に
なっていることが多いが、1985年に文庫版になった本書は未だ版を重
ねている。嬉しい限りだ。
さて、ヴェトナム戦争につきもののアメリカの悪口を。
「現実に、米軍は、自分がかき立てた戦火も鎮めず、しかも大量の
北ベトナム軍の南駐留を放置したままこの「協定」によって、
南ベトナムから雲をかすみと逃げた。少なくとも多くの南ベトナム人が
そう思い、この”裏切り”に激怒した。」
好き勝手に他人の国を荒らすな、アメリカ帝国。 -
Posted by ブクログ
自分がこの本に出会ったのは、インド・デリーの安宿街であり商店街でもあるパハール・ガンジ(通称メイン・バザール)の古本屋でした。文庫本の1ページ目に「75/50」(75ルピー、再度古本屋に持って帰ってくれば50ルピー返却、の意味)と、店の親父の汚い文字で書いてあります。
インドを旅行中、移動中や宿の一室で読み耽り、感銘を受け結局古本屋には返しませんでした。
特に第四部、近藤さんの文章に特徴的なユーモア感覚を一切排除した、ソン・サンを中心にヘン・サムリン政権に対する連合抵抗政権「民主カンプチア連合政府三派」を追う迫力あるルポルタージュは圧巻です。
第一部 メコンの勝者たち
第二部 パリの革命家たち
第三部 サイゴンの敗者たち
第四部 ジャングルの敗者たち -
Posted by ブクログ
「そしてその東南アジアの魅力を生み出すものは、多少重複するが、この地域のそれぞれの国で見られる人間らしさである。新聞記者というむしろ「現象」を追う身でありながら、そこで見る私の興味は、実際にこの地域で生きる人々の生き方やその喜怒哀楽といったようなものに注がれ続けた。」(あとがきより)
27の随筆であり、紀行文であり、ルポルタージュ。近藤さんの遺作です(あとがきは死の3日前、病床で録音されたもの)。バンコク特派員(当時)という仕事柄、ベトナムに限らず、タイ、ミャンマー、カンボジア、フィリピン、ブルネイ、シンガポール、インドと舞台は多岐に渡り、同じくアジアを愛する自分にとっては教科書のような本です。 -
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戦後日本人として初めてカンボジア男性と結婚し、その後1975年から1979年までのポルポト政権時代を生き抜いた内藤泰子さんのルポ。
「奇跡の生還!」というニュース性の高さにより、殺人的なスケジュールを通して執筆・刊行されたため(新聞連載をもとに2週間で書き上げられたらしい…)、近藤さんの他の著作と比べると荒削りな部分もあるけれども、その描写と当時のインドシナ情勢に対する指摘の数々は、出版から30年経った今でも十分に読者を唸らせる力があります。
P.S.
ポル・ポト政権ことクメール・ルージュ支配下のカンボジアに残留した日本人は7名。そのうち5名は死亡または行方不明。内藤泰子さん(夫と2人の子どもは死亡)と細川美智子さん(夫は死亡)の2名は生き残り、1979年にベトナム・タイ経由で帰国されました。 -
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自分にとってベトナム戦争は歴史上の事件を脱するものではなかった。生まれた頃には既に過去のものであったのだから仕方がないのかもしれない。ゆえにベトナム戦争に対する認識というものも知識としてのものを脱しなかった。サイゴン陥落という重要な局面を当地で迎えた近藤氏によるこのルポタージュはどうしても白黒にしか見えないこの戦争に色を付けてくれた気がする。事実を述べるだけでなく、サイゴンの市民に対する視点がさらにその内容を豊かなものにしていることも指摘できる。いずれにせよ、サイゴンの湿気をともなった暑さを読みながら感じさせる一冊であり、一度この本を手にしてサイゴンを訪れてみたい。その際は是非マジスティックホテルに泊まりたい。
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「近藤紘一」ので1979年の第10回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品『サイゴンのいちばん長い日』を読みました。
『目撃者―「近藤紘一全軌跡1971~1986」より』、『サイゴンから来た妻と娘』に続き「近藤紘一」作品です。
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目前に革命政府軍側の戦車が迫っていた。
南ベトナム政権が消滅する瞬間を目撃した数少ない記者の一人が、混乱の只中で見た戦争の国に生きる人間の悲しみとしたたかさ。
1975年3月23日、サイゴン(現・ホーチミン)の空港に降り立った新聞記者が同5月24日、サイゴンを去るまでの2ヶ月間に体験したのは……
窓を揺るがす爆発音、着弾と同時に盛り上がる巨大な炎の入道雲、必死の形相で脱出ヘリに殺到する群衆、そして戦車を先頭に波のように進攻してくる北・革命政府軍兵士……。
4月30日サイゴン陥落前後の大混乱を、ベトナム人の妻をもち、民衆と生活を共にした新聞記者が、自らの目と耳と肌で克明に記録した極上のルポルタージュ。
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これまで漠然としか知らなかったベトナム戦争… その一端を知ることのできた作品でした。
■プロローグ
■Ⅰ ベトナムと私
■Ⅱ 陥落前夜
■Ⅲ サイゴンのいちばん長い日
■Ⅳ ”解放”後の民衆
■エピローグ
■文庫版のためのあとがき
■解説 福田隆義
「近藤紘一」作品の特徴ですかね、、、
生命の危険を感じるような体験だったと思いますが、軽い語り口で、その状況を愉しんでいるように描かれており、南ベトナムに対する愛情が感じられる一冊でしたね。
一部でパニックはあったようですが、、、
国が亡びる… 消滅するというのに、人々の反応が意外と淡々としており、解放後に早速、新しい枠組みの中で生活を再開する人々に逞しさを感じました。
豊かな環境に身を置いている南ベトナムの人々の特徴なのかもしれませんが、侵略の歴史の中で生き延びてきた人々のしたたかさを感じましたね。
著者がベトナムで得た教訓… 「無為に時間を過ごすのもまた人生」という言葉が強く印象に残りました。
解放(侵略)された立場でベトナム戦争の一端を知ることのできた一冊… ベトナム戦争のことを、多面的に知りたくなりましたね。 -
Posted by ブクログ
近藤紘一(1940~1986年)氏は、早大文学部卒業後、サンケイ新聞社に所属し、1971~74年サイゴン支局長、1978~1983年バンコク支局長として東南アジアを中心に活動した、ジャーナリスト、ノンフィクション作家、エッセイスト、小説家。
1975年に出版された本書(1985年文庫化)は、同年の大宅壮一ノンフィクション賞の最終選考まで残り、次作の『サイゴンから来た妻と娘』で1979年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。
本書は、1974年にサイゴンから帰任後、1975年3月25日~5月23日に、臨時特派員として再びサイゴンへ派遣され、南ベトナム無条件降伏、サイゴン陥落を経験した際に、著者が自ら見聞・体験したことの記録である。
私は、サイゴン陥落時には、地方の小学校の高学年であり、ベトナム戦争自体を身近に感じた経験はない(戦争の現場の状況が、ネットは言うまでもなく、TVで報道されるようになったのも、それ以降のことである。また、ベトナム反戦運動も、地方都市ではほとんど見られなかったように思う)し、これまで、ベトナム戦争の背景や経緯について、学校での歴史の勉強を超えて能動的に認識することはなかった。私にとって、ベトナム戦争は完全に過去のことだったのだ。
一方、私は、中東情勢をはじめとする国際情勢への関心が強く、読む本も自ずとノンフィクションが多くなり、今回、以前から気になっていた本書を手に取ったのだが、本書には類書と異なるいくつかの特徴が見られ、それゆえに40余年を経ても読み継がれているのだと思った。
ひとつは、著者がサイゴン支局長時代の1972年にベトナム人女性と再婚しており、一般のジャーナリストと比べて、ベトナムの人びとや生活との距離感がはるかに近く、(南)ベトナム人がサイゴン陥落をどう捉えていたのかが伝わってくるという点である。
もうひとつは、著者も「あとがき」に記しているのだが、あくまで自らの見聞・体験をベースにしており、サイゴン陥落の時点で著者が知らなかったり、終戦後に明らかになった幾多の“新”事実については触れられていない(単行本出版がサイゴン陥落5ヶ月後、文庫出版は更に10年後であり、サイゴン陥落を俯瞰的に描き直そうとすれば、可能ではあった)点である。そのため、大宅壮一ノンフィクション賞の選考委員であった開高健氏からは「一生かかっても、書き直しなさい」と叱責されたというが、他方、「サイゴン陥落というあの悲劇的な現場に身を置き、その中で右往左往し、翻弄され、時には呆然とし、時には蕭然とした者の、まだ興奮と緊張さめやらぬ目が、・・・作品をひとつの雰囲気で包んでいた」という、代え難い本書の価値を生んでいるとも言えるのだ。
サイゴン陥落という、(ある意味では)世界の歴史を変える転換点を、等身大の目線で捉え、描いた、価値ある一冊と思う。
(2020年2月了) -
Posted by ブクログ
新聞記者の近藤紘一氏による、ベトナム人の妻と娘との日常を描いた作品。
近藤氏は1971年からベトナムへ派遣され、現地の女性とその一族と同棲生活をしていたが、1975年のサイゴン陥落をきっかけに、女性とその娘を連れ出国し東京での暮らしを始めたのであった。
作品の中では、日本人とベトナム人の文化や気質の違いが非常に多く描かれている、互いの主食であるお米の違い、子供の教育方針、性に関する事などなど。もしかしたら近藤氏の奥さんが特別短気な人なのかもしれないが、ベトナム式の子育ては超スパルタである。
メコンデルタのように豊穣な穀倉地帯を抱えるベトナムでは、それほど必死に働かなくても食うには困らなかったのに対し、国土が狭く資源が少ない日本では、古来より質素倹約や勤勉が励行されていた事。また日本人が好む団結や協調という考えが、逆に個性や自主性にとってはマイナスに作用してしまう事など、気候や国民性による美徳意識の違いという考察は、非常に興味深いものがあった。
ベトナムは歴史的に見ると、中国やフランスから支配された時期が長かった。そんなベトナム革命政府が「平和」よりも、「独立と自由」をスローガンに掲げていたという事実がとても印象的だった。