新川和江さんの詩集ですね。
新川和江さんの詩は、大自然を瑞々しく高らかに謳いあげるロマンあふれるものです。
この詩集は、少女の初々しい心情を、幾つに成られても喪わない、恋に憧れる『成人して、詩を書くことがわたくしの仕事になりました。わたくし自身のひそかな恋も、それらの詩篇の中に、こっそり隠すことを覚えました。』と、あとがきある恋の詩篇集です。
名
千万の花には
千万の蜜蜂
けれど
ひとりのわたしには
ただひとりの あなた
野をゆき
白雲をうつす水辺をゆき
飽かず呼ぶ あなたの名を
はるかな空のした、
面影しのび
そよ風のひと吹きごとに
花びらは散る
けれど
呼ぶごとにあたらしく匂う
いとしさいやます あなたの名の
なんという 不思議さ
ひといろ足りない虹のように
おさえていてください
しっかり つかまえていてください
つばさある鳥ではないけれど わたしは
風のようにとりとめがないの 水のように
たよりないの ゆれているの 愛がなければ
消えてしまうかも知れません
空のすみっこにかかった
ひといろ足りない虹のように
名付けてください
呼んでください みち潮のこの渚で
いとしいおまえ
愛するものはこの世でおまうだけと
愛されていれば わたしはゆたかな海
きらめく波を胸にちりばめ
あなたにあげる どっさりのお魚
どっさりの真珠 どっさりの夢
ひとに手紙を…
ひとに手紙を書こうとして
書きなずんでいると
灯を慕ってか クサカゲロウがはいってきて
白いびんせんの上に とまる
うつくしい哀しみのような
みどり色の そのうすい翅(はね)
ああ わたしが告げたい思いも
そのようなもの なのだけれど
クサカゲロウは文字にはなってくれず
いよいよ翅を透きとおらせて ふるわせて……
小さないのちと 大きないのちが
ひっそりと息づいている 晩夏(おそなつ)の夜
新川和江さんの詩篇は、ロマンに満ちて清々しい恋心を謳えあげています。
密やかな想いを胸に、乙女の祈りのように、瑞々しく爽やかに、読み人の心をとらえます。
美しい詩集に、ときめきを覚えました。幾つになっても恋心は、胸の高鳴りを感じますね♪