浅見克彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
支配とか所有とかはしたくないし、するべきじゃないと、なぜか僕は思っている。でも、愛という言葉は嫉妬や束縛などあまりよろしくない意味もはらんでいる。
そんな愛によって生まれる欲望の中で、特に所有欲の出所を探り、最終的には他者と自我の間に生まれる「愛」について現実的なことを教えてくれる。
愛する人は自分の心にズカズカと入り込んでくる。これは自我からすれば一大事。他者に揺り動かされるのだから私という存在を安定的に保つことができにくくなる。だから、僕たちは本能的に自分を保とうとする。「私」をどうしようもなく撹乱させる「あなた」をなんとかコントロールしようとする。
自我のまとまりを確保するための戦略が「愛」なのである。
考えすぎると何も話せなくなるし、何もできなくなってしまう。でも、既に知ってしまったからには「考えすぎる」所からスタートするしか道はない。
「そうだよね」といって相手の言葉を認め受け入れる行為は突き詰めて考えてみると、自我を投げ捨てることなのだ。 -
Posted by ブクログ
知識人の責任
著:ノーム・チョムスキー
訳:清水 知子
訳:浅見 克彦
合衆国が、既得権益保護のために世界規模の反革命運動の指導者になったことを本書は嘆いている。
ベトナム戦争のみならず、南米においても、第2のベトナム戦争を展開しようとしていることもだ
気になったのは以下です。
■知識人と学校についての考察
権力と権力を合理的に行使しようとするために忠義を尽くそうとしている、アメリカの知識人について、率先して、その政策の実行を支援していることについて恐ろしいと語っている。
アメリアのそれら知識人を批判するとともに、啓蒙と自らを導いていくための指針をもとめてさまようことになるだろうとしている。
■知識人の責任
・戦争への加担、擁護の責任
・真実を語り、嘘を暴く責任
・事態を歴史的観点からとらえず、偽善的道徳の文脈のなかに位置づけない場合
・懐疑の欠如
・苦しみや悲惨を完全に無視する態度
・責任ある批判
・専門家に対する崇拝は、自己利益になるとともに、同時に詐欺的なものである
・知識人の責任は、基本的な関心にむけられなければならない
・民主主義の制度を築き上げることによって新しい社会に成長しうるのかどうか
・まとまった軍隊の使用はそれ自体としては非合法なものである
■抵抗について
・徴兵拒否、税金の不払い
・反対から、抵抗へ
・アメリカ人であることを恥じる
・直接行動 デモへの参加、演説
・反対運動と、抵抗運動は二者択一ではなく、相互に補強し合っていくべき運動だ
・効果的な政治運動 破壊行為は、中産階級を動かし得ない
・批判活動への代償の過小評価、政府を過小評価している
■普遍的知識人
・真実の暴露による倫理的批判が、しばしば人々によって受け流されて空回りに終わる
・知っている者の言説が、知らない者を動かすという関係が機能不全に陥っている
・過度に道徳を追求する、ひとりよがりのエリート主義
・エリートは同じ穴のむじな
・おのおの知識人が引き受けるべき専門的領域ではなく、市民共同体をめぐる言動にむけられるかが問題である
・サルトルのいう、権力者の知識人観
・虚偽をふりまく政府の宣伝と、それを後押しするマスコミによって、誤った事実認識と判断が人々に浸透してしまう
・知らされていない大衆、わかっていない大衆
・情報操作によって現実認識を誘導され、政府の政策に受容するように仕向けられる
・真実をしらされても、それだけでは、批判の意識と行動への傾かない受け手という理解を対置する
・問題なのは、さまざまな個別分野にたずさわる知識階層が、相互に他の分野との関係と統一を考慮し、知的営為全体の総合的な一体性を確保することができなくなっていることだ
・知識のエリートですら、互いの専門的の知のシステムの統一的な理解を持ちえない現状で、大衆に理解を求めることが可能であるのあるのか。
・大衆からは、専門的な知識と判断は、素人の良心や倫理によって足蹴にできるようなものではないはずだ。
■知識人の十字路
・政治論や、イデオロギー批判のような専門的知識や技術はかならずしも必要ない
・バーチャル知識人 正義と数理がかみ合っているシステム論的な思想として持ち上げらえれることの特異さ
・伝統的知識人から、有機的知識人へ
・すべての人が、知識人、情報労働者であるようなメディア社会やポスト産業社会では、有名性によって言説を行使する知識人とは別のモデルが登場してくる
・特定領域の知識人とは、もはや真理や正義の所有者ではない
・正義の知識人
■不服従
・現場の映画撮影
・時間と空間を共有する作品、記述
・爆撃を模した音声
・ネット配信へ
・市民的不服従
・ハト派知識人への厳しい批判
目次
第1部 知識人の責任 ノーム・チョムスキー
第1章 知識人と学校についての考察 清水知子 訳
第2章 知識人の責任 浅見克彦 訳
第3章 抵抗について 野々村文宏 訳
第4章 「抵抗について」の補遺 野々村文宏 訳
第2部 「知識人」という文体
第1章 普遍的知識人の現在 浅見克彦
第2章 チョムスキー、知識人の十字路 上野俊哉
第3章 音の不服従、映像の不服従 野々村文宏
訳者あとがき 浅見克彦
ISBN:9784787210371
出版社:青弓社
判型:4-6
ページ数:240ページ
定価:2600円(本体)
2006年01月21日 -
Posted by ブクログ
SFはその幻想的な要素や創造的設定によって、現実の生を凝結させる慣性的な自己像を切り崩し、思考の漂流と慣性の振動を誘うことに魅力と威力がある。
つまり、SFは自己について新しい視点を投げかけるので、難解だと付すのではなく興味を持てと。
その格好の題材として、表題の3作品や空気人形、ブレインストームなどの作品を例に読み解いている。
スカイ・クロラの読解において、サルトルを用いながら、「作品の中のキルドレたちは、その関心を未来の再生に集中し、自己の時間的存在を個体的に閉じた連続性としてとらえてしまっている。だから彼/彼女たちには、他者の介入と侵犯がもたらす『いまだない可能性』を生きる道が閉ざされてしまっている」とする視点は面白い。
※いまだない(pas-encore)/可能性(le possible) -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
そもそも人を愛するとはどういうことだろうか?
どうして愛は他者を所有しようとしてしまうのか?
自我は所有の求めをどう実現しようとするのか?
愛する者は自我と愛と所有のトライアングルのなかで、苦悩と哀しみを身にまとう―。
愛わめぐる心の動きを桜井亜美や山田詠美などの小説やAYUの歌のなかに、あるいはR・バルト、J=P・サルトル、D・ヒュームなどの哲学思想のなかにさぐり、私たちの存在そのものの核心へと肉薄する。
愛する者たちのありふれた感覚と思いによりそいながら紡ぐ、深い探求と刺激的な挑発に富んだ思索。
[ 目次 ]
第1章 愛にふりまわされる自我―所有の企て
第2章 ココロとカラダ
第3章 嫉妬と所有
第4章 「愛するのが好き?愛されるのが好き?」―愛の能動と受動
第5章 「タイプ」への愛と「理由」の求め―対象愛と自己愛
第6章 愛と所有―所有的な愛と自我
第7章 従属の愛―被所有の所有
結びにかえて―愛からの逃避
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]