森村泰昌のレビュー一覧

  • 生き延びるために芸術は必要か

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    1210円

    森村泰昌さんは写真作品のイメージが強かったけど、画家の話はもちろん、レイブラッドベリ、中島敦、司馬遼太郎等の文学の話とかも多くて面白かった。

    坂本繁二郎、

    「ふたりの子どもはとくにかがやかしくあらわされていますね。元来、子どもにたいするゴヤのまなざしは、いつもやさしい愛情にみちています。おとなへの容赦のないまなざしとはまるでちがい、子どもには無垢な夢を託すようなところがある。ですからイサベールが「美しく気品高く描かれており」、王子パウラも「あどけなく怜利に描かれていた」というのも、ふたりの子どもへの、ゴヤのすなおな共感のあらわれだったのでしょう。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「結果はさきに紹介した井上靖さんのエッセーのとおりです。ゴヤは「いい絵とはなにか」という、画家としては妥協できない一念を持ちつづけ、たくみな布石を打ちつつ、最後はその持論をたっぷり絵の具にまぜこんで大作を実現させたわけですね。  このように解説してしまうと、いかにもゴヤはマリア・ルイーサに打ち勝ったかのような印象をあたえてしまいますが、はたしてそういうことなんでしょうか。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ゴヤは自分がたやすくはなびかない、したたかな画家であることをそれとなく匂わせたかったのかもしれません。子どもにはやさしく、大人には辛辣な態度をくずさない画家。それがゴヤでした。ゴヤはあまりにも頑強な精神の持ち主なので、私自身はじつはちょっと苦手なのですが、でもこの画家の生き延びるための手練手管にはまなぶべき点はおおいと思います。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ゴヤ作『カルロス四世の家族』のつぎに話題にしたいのは、『ラス・メニーナス(侍女たち)』です。ディエゴ・ベラスケスが描いた西洋美術史における最大の謎ともいえる大作です。ここでもまた、ゴヤとは異なりますが、やはり「画家が生き延びるということ」についての興味深い態度表明がみられます。  ディエゴ・ベラスケス( 1599 ~ 1660)は、スペインのバロック時代を代表する宮廷画家でした。仕えていた国王はフェリペ四世です。  フェリペもまたカルロス四世と同様、政治的な手腕に欠けた国王だった。しかし無類の芸術愛好家で、ベラスケスは画家としての活動とともに国王の命をうけ美術作品の収集も担当しています。その収蔵品はのちにプラド美術館の美術コレクションの骨格をなしていく。ベラスケスとフェリペ四世がプラド美術館の礎をきずいたわけですね。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「『ラス・メニーナス』は、フェリペ四世の宮廷内(正確には「宮殿の地下一階・皇太子の間」)に集う宮廷の人びとが描かれた集団肖像画です。  登場人物でひときわ目をひくのは、集団の中心で発光しているかとさえ感じられるマルガリータ王女。おん歳 5歳の幼女です。  マルガリータ王女の両脇にはマリア・アグスティナ・サルミエント・デ・ソトマイヨールとイサベル・デ・ヴェラスコ。このふたりが画題にもなっている〝侍女たち〟。おそらくまだ十代の女官です。  侍女イサベルの右前にいるのはマリバルボラ。そのよこでおおきなマスチフ犬にいたずらをしているのはニコラシーリョ。マリバルボラはおとなですが短身で、ニコラシーリョも身体の成長が子どものときのままの若者で、イタリアからつれてこられた。こうした身体的特徴をもった人びとや道化(喜劇役者)たちがあつめられ、宮廷人たちをよろこばせる役割をになっていた。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「『ラス・メニーナス』は、最初はずいぶんおとなしい絵画世界に感じられます。さしたるドラマティックな出来事もみあたらず、豪華絢爛なはなやかさもありません。ちょっと地味だな、当初私はそんなふうにさえ感じておりました。ところがじっくりみなおすと、じつに異例というか異常というか、鑑賞者がとまどいをおぼえてしまうほどの過激性を秘めている。「子どもたち」「見せ物的な役割をになう人びと」「政に口をさしはさむ立場にはない画家」、そして「人間ではなく犬」。こうした権力や支配の座からとおざけられた存在、世界の周縁を居場所として強いられた人びとや動物が、ここでは主要な登場人物としてあかるい光のなかに描かれている。そして最高位であるはずのフェリペ四世が、もっともちいさく、もっともおぼろげな存在として鏡の奥に幽閉されている。ちからのあるものはおおきく、よわいものはちいさく描くという宮廷絵画の定石、力学がひっくりかえっている。これが過激でなくてなんでしょうか。  ベラスケスはかくも無礼千万な宮廷絵画をなぜ描くことができたのか。国王にたいし、こんな失礼な絵を描いてしまっては、宮廷画家として絵を描きつづけることすらあやぶまれるのではないか。やはり『ラス・メニーナス』は、みればみるほど謎めいた絵画に思えてならないのです。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「『ラス・メニーナス』はベラスケスの晩年に描かれた宮廷絵画ですが、この絵もまた、若いころのベラスケスとかわりなく、「リュパログラフォス」の精神につらぬかれているのではないでしょうか。『ラス・メニーナス』には宮廷内が描かれています。しかし王侯貴族の姿はありません。宮廷の周縁的な場所にいる人びとが、暗い室内のとりわけ光が射す場所に登場し、まさに脚光をあびている。  群像の中心に位置するマルガリータ王女はたしかにスペイン・ハプスブルグ家の血をひく王女です。しかし当時はまだ 5歳のおさな子でした。マルガリータは後年とつぎさきで 22歳で他界。 1665年にはフェリペ四世が亡くなり、あとを継いだカルロス二世もその 5年後の 1700年に 38歳で世を去っている。  こうしてスペイン・ハプスブルグ家の直系の血はとだえてしまう。ベラスケスはこの終わりゆく王家の最後のかがやきをマルガリータに感じとっていたのではないだろうか。そしてマルガリータというほろびゆく王家の残光をみとどけて、ベラスケスも 1660年に世をさりました。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「レイ・ブラッドベリの『華氏 451度』にはそうした本が燃やされる近未来社会、ディストピアが描かれています。およそ 70年前の小説でありながら、そのメッセージはいまだに色あせてはいません。  今回あらためて読みなおしてみて、びっくりさせられた箇所があったので紹介します。「ああ、まったく。一時間ごとに、空にあんなものがいくつもいくつも!  毎日毎日、朝から晩まで、ああも爆撃機が飛ぶなんて、どういうことだ!  どうしてみんなその話をしたがらないんだ!  僕らは 2022年以降、二度、核戦争を起こして、二度とも勝利した!(以下略)」(『華氏 451度』レイ・ブラッドベリ、伊藤典夫訳より)  二度目の核戦争が 2022年におこったというのですから、現在の国際状況(の予兆)にぴたりと符合しています。『華氏 451度』に書かれた近未来社会が、私たちが生きている〝いま、ここ〟の状況になってしまっている。  この小説を書いたとき、レイ・ブラッドベリが警鐘をならしていたのは 1950年代のアメリカの大量消費社会にむけてでしたが、今日的な観点からも読める物語になっています。  で、この小説はおそろしい結末になっておりまして、それはついに三度目の核戦争となり世界が滅亡するというものでした。 2022年の現在これを読むと、 SF小説『華氏 451度』は不幸なことにどこまでもみごとな予言書になってしまっているといわざるをえないのです。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「F APでは壁画プロジェクトもありました。壁画は公共性のたかい、いわゆるパブリックアートです。大勢の不特定多数の人びとが美術にしたしめる環境をつくるために、壁画運動は効果的なのですが、これはまさに社会主義国家のプロパガンダ芸術のアメリカ版だった。実際、当時社会主義国だったメキシコの壁画運動の中心人物のひとり、ディエゴ・リベラが 1930年代に渡米したときはほとんどスターあつかいで、ニューヨーク近代美術館で個展を開催するほどの人気でした。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「こうした状況下で、 FS Aは FSAP( FS Aプロジェクト)をたちあげました。いまでしたら TVニュースや SNSを通じて、世界の情報がすばやく私たちにとどけられます。 1930年代はそういうわけにはいかなかった。どこでどんな事件がおこっているのか、速報を伝えるのはむずかしかった。  そんななか現場の状況を即座に伝えられるメディアがありました。〝写真〟です。写真は新聞や雑誌に掲載されるといっきにその情報が拡散されていく。 1936年創刊の写真グラビア雑誌『ライフ( LIFE)』は、こうした写真の報道力の代名詞的存在となりました。 20世紀とは写真の時代だったわけですね。   FSAPは、写真メディアがもつ社会への訴求力を活用するプロジェクトでした。多数の写真家を雇用し、農村部に派遣して、現状をドキュメントしてもらい、議会や世論に呼びかけるツールとして役立てた。 FSAPで雇用された写真家によるドキュメント写真は、約 10万点にもおよんだといわれます。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「私はちいさいころから絵を描くのが好きでした。格別上手だったわけではありませんし、描いてだれかにみせたい、ほめられたいというような気持ちもありませんでした。将来は芸術家になろうなどと思ったこともなく、なぜかわかりませんがただ描きたいという衝動だけがありました。  ところが小学校に入学すると、美術(図画工作)の授業があり、先生や級友たちに絵をみせなくてはならない。このとき先生から「モリムラくんの今度の絵はあまりおもしろくないね。まえのはよかったのに」などと指摘されてしまうと、子どもというものもしたたかなものです。先生がどういう絵を期待しているかを察知して、ほめてくれそうな「だれかにみせる用の絵」を提出するというわざにでて、それとはべつにだれにもみせず好きなように描く「自分用の絵」も、かくれて描きつづけるようになりました。  長じて、私は美術家になったわけですが、美術家としての私自身の根っこのところまでさかのぼっていくとき、そこにみいだせるのは学校で描いていた「だれかにみせる用」のほうではなく、まちがいなく、かくれてコソコソ描いていた「自分用」のほうなのです。美術教育はむずかしい。そもそも美術や芸術をおしえることなんてできるのだろうか。自分自身の子ども時代を思いおこしながら考えさせられてしまいます。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「それにしても、だれにもみせずかくれて好きな絵を描いていただけの、あの子ども時代と、古代人が古墳やピラミッドの内部になにかをあらわそうとしていた太古、両者はもちろんぜんぜんちがうのですが、しかしどこかで水脈が通じているようにも感じられてなりません。その実感から、この節の冒頭で紹介した私の短文の最後を、つぎのような一文で終えました。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「 作品ともうしましたが、ごらんのように単なる男性用便器です。デュシャンがつくったわけではありません。工場で製造された工業製品です(くわしくいうなら、いま私たちが目にする『泉』作品は、工業製品のそのまたレプリカなのですが)。  工業製品なら、それはどう考えても「商品」です。ところがこの「商品」が美術館の台座におかれ、これはマルセル・デュシャンの『泉』だとキャプションがついたとたん、「作品」となる。  こういう現象は、だれにとっても「わかっていることの再確認」でもなければ、「あったらいいな」の世界でもありません。「なんでこんなヘンテコなものがここにあるのか、わからない」、つまり「ありえへん」世界の典型だといってもいいでしょう。  このような「ありえへん」事態に遭遇したとき、「わからない」から自分には無関係だとして、その場からすぐにはなれていくケースがほとんどかもしれません。しかし「なんだこれは、よくわからんな」と感じたあと、「それにしてもどうして、こんなありえへんものが、ここにあるんだろうか」とたちどまり、わからないから余計に気になって、もっとながめてみたくなる、そういうケースもないではない。そしてここまできたらそれはもう、あなたと芸術とのあいだに信頼関係ができつつある証拠です。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「「商品」「エンタメ」「芸能」などとの比較をつうじて、「芸術とはなにか」という問いにちかづこうとあれこれ考察してきましたが、最後にこんな話をしてみます。それは、表現における「究極のビジョン」とはなにかというテーマについてです。なんだか現実ばなれした仙人の領域みたいな話ですね。  紹介したいのは、中島敦の『名人伝』です。ここには〝仙人〟がじっさいに登場します。中島は 33歳で早逝した小説家( 1909/明治 42年 ~ 1942/昭和 17年)で、『名人伝』は中国を舞台にした弓矢の名人の物語です。 1942年、中島が逝く年に発表されました。以下『名人伝』のストーリーを私なりに追っていくことにいたします。  ……主人公は、弓矢の名人になりたいとねがう紀昌という若者です。紀昌は弓矢の達人、飛衛に弟子いりします。しかしなかなか弓矢をもたせてもらえない。師匠から「ただまばたきせず目をみひらいていろ」とだけ命じられる。訓練のすえ、紀昌はどんなことがあってもまばたきせずにいられるようになります。それでもまだ弓矢をもたせてもらえず、今度はそのまばたきしない目で、じっと一点をみつめろといわれます。そこでちいさなしらみをずっとみつづける。するとしらみがだんだん馬のごとくおおきくみえてくるようになってくる。こうして弓矢をつかうことがやっとゆるされる。もはや紀昌にはちいさなしらみが馬のごとくおおきくみえるわけですから、弓矢でしらみを射ることなどなんなくやってのけられるようになりました。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「本日のもともとのテーマは……そうでした。「芸術は必要か否か」でした。芸術は人間にとって必要なのか不要不急のものなのか。この問いを追いかけるにあたり、〝そもそも論〟として、「芸術とはなにか」というテーマを私なりの視点からお話ししてきたのでした。そして最後は中島敦の『名人伝』にいきつきました。『名人伝』を知ってしまいますと、「芸術は必要か否か」とか、「芸術とはなにか」というような問いに頭を悩ませているようでは、どうも芸術の名人にはほどとおいのではと感ぜずにはおれません。私は名人になりたいわけでもないし、仙人とやらに特別な興味をおぼえているわけでもありませんが、しかし頭を悩ませて追求していけば難問はかならずとけるというような思いこみは捨ててもいいのかなと、そのようにだんだん感じてきたのはたしかです。  あえていうなら、難問は〝解く〟べきものでも、〝説く〟べきものでもない。おのずと〝溶けていく〟ものである。溶けてしまえば、答えをもとめて悩むこともなくなる。そうなれば作品をつくったり、本書を書いたりする必要もなくなるのだろう。しかしなかなかそのようにはなりませんから、しばらくはつくったり、書いたりしつづけることになりそうです。ここはあわてず気長に〝溶けていく〟のを待つほかないようですね。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「そこで、青木繁を考察するのであれば、そのまえにまずはこの明治時代について私なりのとらえかたをみいだして、そののちに青木にたちもどるべきではないか、そう考えたのでした。  結論をもうせば、明治はけっして現代と断絶してはいなかった。ふるい過去ではなく、むしろいまをみつめなおすためにも目をむけるべき起点となる時代であった。  明治を考察するにあたり、ひとつテキストをつかいます。司馬 太郎著『坂の上の雲』。文庫本(文春文庫版)で全 8巻という長大作、明治を舞台にした歴史小説です。私は司馬 太郎さんの本をこれまでほとんど読んだことがなかったのですが、今回『坂の上の雲』に接し、いろいろ考えさせられました。『坂の上の雲』には三人の主要な人物が登場します。秋山好古と秋山真之、このふたりは兄弟(好古が兄、真之が弟)です。そして三人目が正岡子規。子規はよく知られているように、日本の詩歌に革命をおこした文学者ですね。  秋山好古は 1859年(安政 6年)、弟の真之は 1868年(慶応 4年/明治元年)生まれ。 10歳ばかり歳の差があります。正岡子規は 1867年(慶応 3年)生まれですから、秋山兄弟の弟のほうの真之とほとんどおない年で、このふたりはおさなともだちでもありました。  三人は同郷人です。伊予国松山藩、現在の愛媛県の生まれ。正岡子規は長じて文学者になり、秋山兄弟は軍人になりました。兄の好古は陸軍です。西洋式の騎馬隊を日本で組織したことで知られ、日露戦争においてロシア最強の騎馬隊といわれるコサック隊を撃破する。弟の真之のほうは海軍です。日本の連合艦隊の総司令官、東郷平八郎の参謀として、こちらもやはり日露戦争でロシアのバルチック艦隊に勝利する。司馬 太郎さんによれば、日本の連合艦隊がバルチック艦隊を撃破できたのは東郷平八郎のというよりも、むしろ秋山真之の功績がおおきかったらしい。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「この激動の時代を生き延びるために、士族の若者たちはいかなる選択をしたのか。このあたりのいきさつを、『坂の上の雲』はわかりやすく一行で語ってくれています。こんな感じです。「貧乏がいやなら、勉強をおし」。これがこの時代の流行の精神であった。(『坂の上の雲』司馬 太郎より)  廃藩置県によって失業した若者たちが貧乏からぬけだすためには、ともかく「勉強しなさい」という。  いまではもうだれも口にしなくなりましたが、かつては「末は博士か大臣か」というフレーズが流布しておりました。『坂の上の雲』によりますと、もはや藩に忠義立てしていても無益だし、剣術にたけていても、そういう武士的なスキルは必要とされなくなりました。ですから勉強して新時代がもとめる学問を習得し、学士(つまり博士)にならねばならない。工学博士になると鉄橋建設のリーダーというような立派なポストが約束される。医学博士ならあたらしい病院の病院長になることも夢ではない。勉強して博士になることがエリートコースへの第一歩であり、路頭に迷う一族郎党を貧困からすくいだすことのできる最良の選択肢だった。「末は博士か大臣か」の「大臣」も同様です。「大臣」は政治家や軍人と広義にとらえてもいい。ともかく明治の若者たちには、生き延びることと「勉強をおし」は同義であるという共通認識があったのだと思います。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「「なにをするのも東京だ」、なんです。「藩」の一国一国がそれなりに独立した自治権を保持していた時代は終わり、東京の中央政府の意向ですべてが決定される。そういう一極集中の時代なのであれば、新時代の情報をいちはやくキャッチするためにはやっぱり東京にいかなければならない。高い志をもった若者のこうした東京への憧憬を、司馬 太郎さんは、「若い者の胸をあわだたせていた」と書いています。「あわだたせていた」とは、なんともうまい表現だと感心させられます。  こうして「勉強」と「東京」が、新時代を生き延びるための明治の若者たちのキーワードになったわけですが、ここにさらにつけくわえておくべき明治の特徴があります。ふたたび『坂の上の雲』から引用いたします。  立身出世主義ということが、この時代のすべての青年をうごかしている。個人の栄達が国家の利益に合致するという点でたれひとり疑わぬ時代であり、この点では、日本の歴史のなかでもめずらしい時期だったといえる。(同書より)」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「坂本繁二郎は青木繁と同郷の久留米出身です。しかもおない年。親友でありライバルでもありました。青木の絵のメランコリアにひかれた漱石は、坂本の〝牛の絵〟にもひかれています。〝牛〟で思いだすのは、漱石がふたりの弟子、芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙文です。漱石は〝牛〟についてこんなふうに書いている。  牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。僕のような老猾なものでも、ただいま牛と馬とつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。  あせっては不可せん。頭を悪くしては不可せん。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。(中略)何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。(芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙文からの抜粋  夏目漱石  大正 5年8月 24日* 1)」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「 神戸港に船がつき、それから東京にむかったかというとそうではなかった。洋行帰りの画家といういわゆる〝箔〟がついていたにもかかわらず、坂本は神戸港からそのまま郷里の久留米にもどってしまい、のちには八女のアトリエで生涯絵を描きつづけることになる。  東京をはなれ大島へ写生旅行、そしてフランスへわたり、パリではなくブルターニュ地方などへと旅してまわり、帰国後は一目散に郷里へという坂本の人生の旅路は、くりかえすようですがゴーギャンにおけるパリぎらいとタヒチへの移住という人生の旅路と、どこかかさなって感じられてくるのです。坂本繁二郎の過激な寡黙  蛇足ながら、『大島の一部』には、坂本繁二郎という画家にたいする私自身の見方をおおきくかえることになった、私なりの発見がありました。  この絵の右半分の中央あたりに、なにか動物がおりますね。絵のほかの要素にまぎれてわかりにくいのですが、黒猫がいます(図 15)。この黒猫、エドゥアール・マネ作の『オランピア』(図 16)のベッドの右はしに描かれた黒猫とそっくりではないでしょうか(図 17)。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著


    「坂本繁二郎の絵には、寡黙であるからこその饒舌がある。ここをみおとすと坂本繁二郎のおもしろさをじゅうぶんにはあじわえないのではないでしょうか。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「本作でドキッとさせられるのは奥にある能面です。裏がえしになっていますね。てまえの能面は白くて美しい顔ですが、裏をむけるとたちどころに暗くて荒々しくグロテスクな相貌をあらわにします。  坂本繁二郎は人間の姿を描くことが極端にすくない画家ですが、人間がもつおもての顔と裏の顔を、能面をとおして目をそむけずに凝視することはわすれられていません。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ある美術系の大学で特別講義をしたときのことを思いだす。受講生は日本でまなぶ世界各国からの留学生たちだった。話したテーマは、「私が私であること」。いわゆるアイデンティティとはなにかについて、私なりの見解を披瀝することだった。  通常アイデンティティといえば、それを失ってしまえば、もはや私が私でなくなってしまうような、そういう各人のよりどころのことをさしている。自分がどんな人種に属しているかを自覚すること。どういうセクシュアリティの持ち主なのかを意識すること。宗教、イデオロギー、家族への愛や血筋へのこだわり。仕事や趣味。各人各様であろうが、いずれも私を私としてつなぎとめてくれる〝よすが〟のことをアイデンティティと呼んでいるのだと思う。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「ビートルズを聴くことや、宮崎作品をみることによってはぐくまれる、すばらしい感受性というものが確実にある。そのことに異論をさしはさむつもりがあろうはずもない。しかしなにかをあえて聴かないこと、あえてみないこと、あえて知らないでおくことによってはぐくまれるまた別種の感受性や文化、これもまた確実にあるにちがいない。  そのように信じて、へそまがりな「見ざる、聴かざる、知らざる」の性分を、むしろポジティブにとらえなおし、これを「アマノジャク・スピリット」と名づけてみてはどうかと自分勝手な人生哲学を思い描いてみた。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

    「極論をあえていわせていただくなら、美術であれ、音楽であれ、文学であれ、なんであれ芸術というものには、山積する人類の難題を解決する力も、世界を牽引するつよいリーダーシップも、残念ながらやっぱりそなわっていないと痛感する。芸術が人類を救えるなどと過信してはいけないと思うのだ。芸術にできるのは、生き延びたくても生き延びることができなかった人びとや出来事に、「わすれないでいるからね」と、懸命に孤独なまなざしをさしむけることだけであろう。  ただときおり奇跡的にその真剣なまなざしが、深くて重い悲しみのかなたにほのかな光明をみつけだすことがある。そのかがやきがきっと〝美〟なのだと思う。作品のどこかにそのかがやきの照りかえしがあるかどうか。これはもう一種の賭けとなる。」

    —『生き延びるために芸術は必要か (光文社新書)』森村 泰昌著

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    2026年09月27日
  • 自画像のゆくえ

    Posted by ブクログ

    これかなり面白いな・・・
    作品の解釈は自由だけど、明確な理由を根拠にした仮説に基づく解釈がなされると本当に面白い。すごい本だった。
    自画像の祖的存在はファン・エイク(1395〜1441)。『赤いターバンの男』。15世紀に今日我々が知るような鏡が誕生した。それが自画像の始まりに必要不可欠であった。
    登場はダ・ヴィンチ、カラヴァッジョ、ベラスケス、レンブラント、フェルメール、ゴッホ、フリーダ・カーロ、アンディ・ウォーホル、著者自身。

    備忘的にキーワードを・・
    ・ダ・ヴィンチ:絵は9点しか残っていない。完成された作品は「受胎告知」「岩窟の聖母」「最後の晩餐」のみ。ダ・ヴィンチを描いた絵は本人のものかは疑わしい。公式ポートレートとして美化され、それも相まって19世紀以降に再評価されただけ説。
    ・カラヴァッジョ:けっこう悪い人。2週間集中して書いて2ヶ月遊び歩くような生活。人間の悪の面を描いている。
    ・ベラスケス:19世紀スペイン、ハプスブルク家の宮廷画家。「ラス・メニーナス」について考察。「ブレダの開城」。大人の品格のある絵。
    ・レンブラント:「夜警」。工房制をとった。絵画需要の多い社会的背景。その中でも自画像は画家自身が描くオリジナル商品という暗黙の了解があり、特に売れ筋だった。なので、レンブラントは自画像をたくさん描いた。17世紀ごろのこと。この頃の自画像は、画家が自身を見つめ直す意味合いだけでみるのではなく、そのような市場性も鑑みる必要がある。
    ・フェルメール:まじでかっけえ。「デルフトの眺望」「牛乳を注ぐ女」。「デルフトを襲った火薬庫の大爆発という大災害から復興しつつあるデルフト市にたいする、鎮魂と祈りを込めて丹念に描かれた連作ではなかったか。」ポワティエ、光滴という、光を白の点で描く独特の技法。
    ・ゴッホ:弟のテオと2人兄弟だと思ってたけど、2人の弟、3人の妹がいる長男だったんだね。日本が好きだった。
    ・フリーダ・カーロ:はじめて知った。かなり強烈な、戸惑うような絵を描く。ゴッホもそうだったけど、本当に気持ちに素直だよな。すごいよな。。イサム・ノグチと愛人関係があったが、夫のディエゴ・リベラが乗り込んで来た話はおもわず笑っちゃうね。
    ・アンディ・ウォーホル:あんありウォーホルのことは知らなかったけど、パンクな表の表情と、孤独な裏の表情と。人間味のある人だったんだ。バンクシーはウォーホルは顔を出しすぎたって言ってた。

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    2020年04月11日
  • 知識ゼロからのフェルメール鑑賞術

    Posted by ブクログ

    セルフポートレートをされてる森村さんらしい視点に、既存のフェルメール研究家とは違う発見があってとても面白かった。

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    2014年07月01日
  • 生き延びるために芸術は必要か

    Posted by ブクログ

    芸術家は、制作活動を続ける上で、権力者に一定の配慮をする必要があった。
    かっての芸術活動は、王侯貴族などのパトロンがいてこそ継続できた。

    例えば、王侯貴族の肖像画を描く際に、スポンサーが喜ぶように描くこと。

    本書では一例として、19世紀のスペインの画家、ゴヤの作品、カルロス四世の家族、を挙げている。

    当時は皇后が実権を握っていた。その皇后の肖像を中央に描く配慮はしたものの、美しく描かなかった。
    当時の肖像画が、少し盛って美しく描くのが当たり前だった。

    この作品を観た皇后は、怒りを覚えたかもしれないが、破棄せず残すことを選んだ。
    その理由は、愛する我が子と中央に並んだ絵画、つまり次の王は誰かを示す絵画だったため、ともいわれている。

    一流の画家は、ただ権力者に従うだけでなく、自分の想いを権力者の意向に反しても、作品に込めることができる者でもある。

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    2025年11月21日
  • 生き延びるために芸術は必要か

    Posted by ブクログ

    おもしろかった。
    特にタイトルとなった第6話がよかった。

    見出しの言葉が端的でそれだけでもはっとする言葉。(以下、見出し)
    役に立つことと、生き延びることはおなじではない
    生き延びたいとねがうのはだれか
    「本になる人びと」がおしえてくれること
    芸術家を支援するには鉄則がある
    芸術とは、百年単位で作り上げる「普遍妥当性」である
    無観客の展覧会とはなにか
    「作品」と「商品」はなにがちがうのか
    「あったらいいな」と「ありえへん」
    美術館は、よくわからない
    「芸術」と「芸能」と比較する
    若い者の胸をあわだたせていた時代
    「アイデンティティの空白」を批判される
    生き延びるためには、勇ましくあってはならない
    持続不可能性建築に託すもの

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    2025年11月09日
  • 生き延びるために芸術は必要か

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    第1話 生き延びるのはだれか
    p.55 もちろん戦争や災害や差別や弾圧、そうしたくり返される人間の悲劇をまのあたりにすると、「人間が生き延びるために、私たちは何をするべきか」という問いがもつ切迫感によくさいなまれます。しかしそうした人間の、ある意味愚行の歴史をかえりみる方法としても、「私たち人間」という唯一無二であるかに思える主語(主役)と一度決別してみるべきだと提案してみたいんのです。

    第6話 生き延びるために芸術は必要か
    p.173 「商品」とは、「あったらいいな」の世界である。「作品」とは、「ありえへん」の世界である。

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    2024年09月29日
  • 自画像のゆくえ

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    自ら様々な著名人に扮したポートレイト作品を発表している著者による、自画像に対する読み応えのある論説。

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    2023年12月02日
  • 自画像のゆくえ

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    歴史上の人物や偉人・有名人などへの変装したセルフ・ポートレイト作品を一貫して発表し続ける現代芸術家の著者が、自身がこだわり続ける”自画像”とは何かを巡って記された論考。新書でありながら、何と600ページを超える大作。

    その多くは、彼が惹かれる”自画像”にまつわるアート界の大家を巡るものである。カラバッジョにはじまり、ベラスケス、レンブラント、フェルメール、ゴッホ、フリーダ・カーロ、そしてアンディ・ウォーホル。各作家にとっての”自画像”の意味合いや、作品のからくりなどが緻密に分析されており、”自画像”というテーマがここまで奥深いものだとは、という新鮮な感動を覚えた。

    読みえると、正直”自撮り”とは何か、というのはわかるようでわからなくなっている自分に気づくのだが、それでもこのキーワードからこれだけの作家たちの作品を分析し、その全てが驚きに満ちている、というのはとんでもない力作だと思い、充実した読後感に溢れている。

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    2021年11月28日
  • 知識ゼロからのフェルメール鑑賞術

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     先日小説「真珠の耳飾りの少女」を読んだので、いったいフェルメールの絵というのはどんなものなのか、興味があって手に取った。寡作だったフェルメールの代表的な絵をソロれぞれを、詳しく、そして時に非常に妙な視点から解説している。寓意の創造だけではなくて、いったいどのような遠近法を用いているのか、隠れている部分にはどのようなものがあったはずなのか、実際の絵の舞台はどのような広さだったかなどが綿密に検証されている。妙な目の付け所に感心したりして、絵の楽しみ方の新たな一面を知った気がする。

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    2020年06月10日
  • 自画像のゆくえ

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     自画像とは、明治以前の日本には根付いていなかった「西洋の精神」そのものであり、その精神を取り込むことこそが当時の日本美術界における至上命題であった。であるならば、その「描かれるべき西洋の精神」とは日本人にとって何だったのか。本書は、この問いに答えるべく、自画像(もしくは画家の視点を取り入れた絵画)を多く描いたとされる10人の西洋画の大家の生涯と作品に触れながら、「セルフポートレイト」をテーマに作品を描き続けた自身の半生と戦後日本のあゆみ、そして今を生きる我々の未来を考察する大著。

     知性と権威を象徴する肖像画のプロトタイプとなったダ・ヴィンチ。
     ナイフがわりに絵筆で自らのうちに潜む悪徳をも突き刺したカラヴァッジョ。
     消えゆく宮廷と永続する芸術を「観念的遠近法」の構造に埋め込んだベラスケス。
     観察者と夢想者、超俗と世俗の二面性を内包し肖像画の大量生産に勤しんだレンブラント。
     直接自画像を描かぬかわり、自らを暗箱としての絵画に埋め込んだフェルメール。
     画家としての「顔(画風)」と自らの病という個性の相克に苛まれ続けたゴッホ。
     「異形性」と「両義性」の苦悩のうちに自らをデコレートしたフリーダ・カーロ。
     他者によって構成される自らのイメージを露悪的なまでに重視したウォーホル。

     著者によるそれぞれの画家の評伝は、一応は自画像を参照点としたものではあるが、ほとんどバラバラでとっ散らかっているといってよい。もちろん、少々穿ち過ぎなきらいはあるものの、それぞれ独立した読み物としては面白い。しかしこの時点では序章で提起された「日本にとっての西洋的精神」の詳解につながるような系統立った展開はまだ見えてこない。
     
     ここまでが各論とすれば、ラスト100ページ足らずがいわば総論。ここでやや唐突感を伴いながら描かれるのが、戦前に醸成された「日本的なるもの」の称揚に対する反動として、敢えて日本美術に触れまいとする事なかれ主義に戸惑う著者の青年期だ。戦前・戦中を駆け抜け夭折した若き画家らにシンパシーを抱く著者は、「時代の踊り場」としての芸術の停滞期における画家らの苦悩が、その後の日本における西洋美術の国際的な評価に繋がったのだと論じる。日本における西洋の美術表現を西洋文化の剽窃とする見方に強く反抗した松本俊介を引用しつつ、西洋や和風といった二項対立を超越する普遍的価値が、このようなモラトリアル的「踊り場」における自己同一性の獲得には重要であると説く。

     さらに最終章では、「自画像」という内省的表現に伴う重厚さから軽やかに逃れる「自撮り」の意義は、「日常から遊離した私」を表現するという意味で撮影者から被写体への主導権の委譲がなされることにあると喝破する。様々なテクノロジーの進化により、以前よりも各段に容易に「変身」が可能となった今、可変的な「私」を楽しむことは、不安定な時代を主体的に生き抜く知恵であるというのだ。著者は「過去形未来」というやや難解なことばで表現しているが、自画像を描くということはいずれ死にゆく「私」を引き受けて、時間軸を超越した普遍性を獲得することなのだ。

     「コスプレ」という言葉がコモディティ化する遥か前より著名画家の自画像に「なりきる」というスタイルを確立していた著者の創作は、何らの重々しさも感じられずいかにも軽やかで楽しげである。それは、凝り固まった「自我」イメージからの柔軟な逸脱こそが「自画」像であるという逆説を著者が身をもって表現しているからであり、さらにその逸脱を実現する手段は誰にでも容易に入手可能なんだよ、という極めてポジティブなメッセージを携えているからこそだろう。
     

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    2020年03月17日
  • 自画像のゆくえ

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    かなりおもしろい。「自画像」という観点から絵画の読み取り方をみせてくれる。深く読み込み、自分なりに想像することの面白さ、大切さを学んだ。

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    2020年02月21日
  • 知識ゼロからのフェルメール鑑賞術

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    読書録「知識ゼロからのフェルメール鑑賞術」4

    著者 森村泰昌
    出版 幻冬舎

    p69より引用
    “「まねぶ」とは、「まねる」と「まなぶ」
    双方の語源となる古語。「まねる」と「まな
    ぶ」は出所が一緒。「まねる」ことは「まな
    ぶ」こと。まねてみると、たくさんのことが
    まなべます。”

    目次から抜粋引用
    “フェルメール、謎の生涯と作品
     《絵画芸術》を読み解く
     風景画に隠された秘密
     人物画に潜ませたメッセージ
     描かれた女性は誰なのか”

     美術家である著者による、画家フェルメー
    ルについての研究を記した一冊。
     フェルメールの人物像から個々の作品の
    解説・考察まで、歴史背景なども交えて書か
    れています。

     上記の引用は、絵画の中の人物に著者自身
    が扮装して写真をとることについての一節。
    何かを身につけようと思ったら、まず先人を
    しっかりと真似ることが大切なようです。
    どんなに同じように真似ようとしたとしても、
    全く同じものは出来ない、そこにその人のオ
    リジナリティーが表れるとは、養老氏の著作
    にあったように記憶しています。
     全編カラーで、作品リストや参考文献も
    しっかりと掲載されていますので、フェル
    メールに興味を持たれた方にはいい一冊とな
    るのではないでしょうか。

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    2015年10月17日