現役外務省員によるロシア現代政治の分析。うーん、評価の難しい本です。冒頭に外交官にありがちな、自信満々で自己分析を示す箇所がありますが(プーチンの後継者問題を巡る議論)、こういう主張は外務省職員の評価を下げる、俗っぽい行為なのでやらない事が良いと思いますが・・・(笑)外務省には、自信家ばかりではなく、非常に優秀な人がいる事は評者も知っていますが、こういう方もいる事はいるのですよね。滅私奉公ではないですが、私の知る本当に優秀な外交官は、出来るだけ私情は抜きます。
さて、本書の良い点と悪い点をあげます。
【良い点】
・プーチン政権誕生後のロシアの状況を非常に簡単にレビュー出来る
→これはいわずもがなだが、コンパクトにまとまっているので、類書よりもお勧めだし、さらに分野ごとに分けてあるので分りやすい
・ロシアを読み解く際に、押さえておくべきポイントについて簡易にまとめている
→おそらく、多くの人はロシアは複雑なよくわからない国と思っているので、理解するポイントをわかりやすい形で列挙する点は評価出来る(但し、言葉の問題はあるけど)
・親露でも反露でもない視点からの分析
→どこまで中立的、客観的分析かという問題はあるけど、それでもそれなりの水準にあると思うし、何よりも世の中には親露は少ないにしても、反露的理解から実態分析をなおざりに安易な議論をする本が多い。これがロシアの戦略や論理の理解を妨げて来た側面がある事を考えれば、新書でもきちんと出来ているのは評価出来る。
【悪い点】
・結果に理由を求める事は多少の知識があれば誰でも出来るので、それを全面に押し出す姿勢には甚だ疑問
(「私の把握していた論理によれば、メドヴェージェフが後継者であったのはもともと分かっていた」というような議論)
→これは研究者や分析家としては問題がかなりある
・個別のストーリーを切って付けたような文章の展開も多く、多忙の極める外務省員が通勤列車でまとめたという印象を多分に受ける
→脈絡のない話が登場したり、埋め合わせ程度に(おそらく執筆時に話題になっていた)個別の出来事に触れたり。
・著者の主張する「ゲームのルール」という用語法に疑問を抱く
→ロシア政権は、国内と国外で二つの側面を持つ
国内:ゲームのルールをつくる立場
国外:ルールに則ってゲームをする立場
なので、ロシアの現状を形成している方針や方向性を全て「ゲームのルール」とまとめる事は誤解を招く。即ち、対外関係(政治、経済、文化)では、ロシアはCISなどの限定的領域を除けば、「ゲームのルール」を設定出来る立場ではなく、設定された「ルール」のもとで、それでも自国の利益を最大化するために行動するアクターに過ぎない(しかも、CISなどの影響圏ですら、ロシアの「ルール」に基づいて各国が必ずしも動いているわけではなく、あくまでも目的や方向性が比較的近い為に協力しているのが実態である)。
「ゲームのルール」という言葉は、著者が分りやすく自分の分析の独自性を出したかったのかもしれないが、少々、ジャーナリスティックな表現であるし、中身としてはロシア政権の目的や方向性と言うべきだろう。
色々とほめる言葉もけなす言葉も書きましたが(その資格が私にあるのかという大命題については、お赦しを)、端的に言えば、以下の一言につきます。
高校生、大学生、社会人などロシアについてあまり知らないが知りたい人には読む価値がある本。
ロシア政治についてそれなりの知見を有する大学生、院生、研究者、知識人にとっては学ぶ事はさほどないが、買っても損はないし、批判の為にも良い本。