神吉敬三のレビュー一覧

  • 大衆の反逆

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    本気なのか?反語なのか?といった攻めている感じの文章がある。その先を続けてよく読めば本当に言いたいことが何かわかるが。センセーショナルな章タイトルや導入部の書き方は、新聞のキャッチ―な見出しやリード(前文)に通じるものがある。
    「大衆とは、良い意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出している」という部分で、自分のことを言われているようだった。
    「研究者の仕事がますます専門化する」「科学者が一世代ごとにますます狭くなる知的活動分野に閉じこもってゆく」「自己の限界内に閉じこもりそこで慢心する人間」といった言葉は、思想を持つために知を得る時に陥りがちな専門バカや狭窄的な視点への警鐘に思われた。
    また「真に自己を迷える者と自覚しない者は、必然的に自己を失う」「一つの真理を発見するものは、その前に習得したものを粉砕しなければならない」という言葉も心に残った。

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    2018年02月27日
  • 大衆の反逆

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    スペインの哲学者オルテガによる1930年に発表された著作。
    二つの世界大戦の間で、ファシズムが台頭しつつあったヨーロッパという環境下で書かれ、欧州各国でベストセラーになったと言う。
    本書で著者は、
    ◆社会は、特別の資質を備えた個人である「少数者」と、特別な資質を持っていない「大衆」に二分され、「大衆」とは「自分に特別な価値を認めようとはせず、自分はすべての人と同じであるというふうに・・・他の人々と同一であると感ずることに喜びを見いだしているようなすべての人」である。「大衆」を生み出したのは「自由民主主義」と「科学的実験」と「工業化」であるが、1930年代のヨーロッパでは「大衆」が社会的権力の座に登った。
    ◆社会はよりよく生きるための道具として国家を作ったが、国家主義の高まりにより、社会は「大衆」によって構成される国家のために生きなければならない矛盾に陥った。ファシズムとは、このような大衆人の運動から生まれたものである。
    ◆また、世界中で台頭する「民族主義」は、歴史を形成してきた「創造的民族」(=ヨーロッパに反抗しようとする「大衆民族」の運動である。
    ◆nation stateとは、独自の原動力、即ち成員に共通した自己の計画・共通性を持つ必要があり、ヨーロッパ大陸の諸民族の集団による、そのような一大nation stateを建設することのみがヨーロッパを強化し得る。
    と述べている。
    「大衆」に関する分析は普遍性を持っており、現代日本における政治・社会の根本的な問題を的確に表している。佐伯啓思が月刊誌『新潮45』で繰り返し取り上げる民主主義の課題がここにある(新書化され、『反・幸福論』、『日本の宿命』、『正義の偽装』で刊行されている)。
    一方、「創造的民族」vs「大衆民族」という主張は唯物史観的な発想であり、違和感を覚える。
    民主主義について考えるための、一つの視点を与えてくれる。
    (2011年2月了)

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    2016年01月11日
  • 大衆の反逆

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    原著が書かれたのが1930年。訳書の初出が1953年、神吉訳が67年。そして神吉訳がちくま学芸文庫で再版されたのが95年、いま手元にあるのはその二十二版で2014年発行。

    2015年になってから読んだ本書は、あと十数年で原著の出版から一世紀が経とうとしているが、未だに色褪せないばかりか、今日の社会の様相をよく言い当てているという感じがする。

    今日的に解釈しなおすべき部分があるとすれば、それは大衆の可視的な現象が都市の中だけでなく、インターネット上に現れているということである。大衆による無知の押し付け、私刑(リンチ)の執行は、見えない暴力として目に見える形で人を襲っている。技術によってインターナショナルになった世界はしかし、あくまで機械としての超国家(スーパーステート)を構成しているだけで、そこには何らの試みも、何の目標も計画も意志もない。だからテロリズム、ゲリラが容易に跋扈するのである。これらのものには目標があり、計画があり意志があるからだ。

    オルテガのこの本は、論旨がやや雑駁であちこちに飛び、確固たる論理構成を持つというわけではないが、警句、箴言としては傾聴に値する。わかりやすいし。その意味で楽しく読ませてもらった。

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    2015年09月10日
  • 大衆の反逆

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    1930年の本だそうな。
    当時のヨーロッパにおける国家、そして大衆の在り方について書かれた本だが、現代にも当てはまる事が多くて驚く。予言、と言ってもいい。

    現代「大衆」とは何なのか。国家の中でどうあるべきなのか。
    しかし難しかった‥

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    2015年05月31日
  • 大衆の反逆

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    有名な“大衆批判”の書。
    大衆を批判できる者は、当然「自分は大衆の一人ではない」と自覚していなければならないはずだ。 どんな上から目線やねん……と“大衆根性”丸出しで読み始めたら、早々にねじまがった根性を叩き直されるような一文に遭遇。

    (以下、引用)
    『一般に「選ばれた少数者」について語る場合、悪意からこの言葉の意味を歪曲してしまうのが普通である。つまり人々は、選ばれた者とは、われこそは他に優る者なりと信じ込んでいる僭越な人間ではなく、たとえ自力で達成しえなくても、他の人々以上に自分自身に対して、多くしかも高度な要求を課す人のことである、ということを知りながら知らぬふりをして議論しているのである。人間を最も根本的に分類すれば、次の二つのタイプに分けることができる。第一は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第二は、自分に対してなんらの特別な要求をもたない人々、生きるということが自分の既存の姿の瞬間的連続以外のなにものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のまにまに漂う浮標のような人々である』(pp17-18)

    ギャフン!

    「エリート・貴族擁護」と批判されることもあったようだが、著者はむしろ「大衆を脱却して精神的貴族になろう」と読者に鼓舞しているのであり、本書の批判の矛先は(いわゆる社会階層上の)エリート・貴族にも向けられている。
    ニーチェの超人思想に近いものを感じる。あくまで「個人の在り方」であった超人思想を社会論的に発展させた感じかな。異なるところは「他者・社会とのかかわり合い」を大前提としているところか。

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    2014年12月05日
  • 大衆の反逆

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    翻訳が非常に読み辛かった。ヨーロッパや貴族を高潔とする固定観念が感じられたが、本書では没落しつつあるヨーロッパの国々に対する警鐘を唱えている。

    『ところが今日では、大衆は、彼らが喫茶店での話題から得た結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである。』

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    2025年08月09日
  • 大衆の反逆

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    大衆 という言葉は、大衆デモクラシーという言葉もあるように前向きなイメージで捉えていた。しかし、大衆=平均化であり、これからは大衆離れも起こると強く感じた

    #flier

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    2021年06月21日
  • 大衆の反逆

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    慢心し切ったお坊ちゃん、これは今の日本にも当てはまると思う。皆(もしかしたら私も)権利ばかりを主張してばかり。

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    2020年02月21日
  • 大衆の反逆

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    スペイン人の著者が、1930年代に、1920年代から30年代のヨーロッパ社会について論じた書。
    訳者の要約がわかりやすい。
    「…十九世紀は大衆人に恐るべき欲求とそれを満足させるためのあらゆる手段を与えたが、その結果現代の大衆人は過保護の『お坊ちゃん』と化し、自分を取り巻く高度で豊かな生の環境=文明を、あたかもそれが空気のような自然物であるかのように錯覚し、文明を生み出しそれを維持している稀有の才能に対する感謝の念を忘れるとともに、自分があたかも自足自律的人間であるかのように錯覚し、自分より優れた者の声に耳を貸さない不従順で自己閉塞的な人間と化してしまったのである。いうなれば、現代の大衆人は文明世界の中に突如おどり出た未開人であり、『野蛮人』なのである。」
    東日本大震災から明日でちょうど1年。まさに今の日本のことを指摘されているかの錯覚に陥るほど、身に染みる逆説である。原発に対して、無知であることは許されないと言われている気がした。

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    2021年08月08日
  • 大衆の反逆

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    現代社会の主役となった大衆が、現在の自分らを支えている権利や文化、技術の意義を顧みず、あたかも原始人として振舞う(過去の過ちを繰り返す)ことに対して警鐘を鳴らす。社会科学って大事ですね
    自然科学にしろ社会科学にしろ、これまで人類が積み上げてきた叡智は莫大な量になった訳だけど、人間にそれ全部を使いこなす能力はない訳だから、自然と何処かで叡智を機械化、簡略化、ブラックボックス化しないと最先端の事象は扱えない。何でもかんでも顧みてなんて、現実的には無理なんだよな

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    2017年10月14日