中国の歴史4 三国志の世界 後漢 三国時代

中国の歴史4 三国志の世界 後漢 三国時代

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1,980円 (税込)

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講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版。第2回配本、第3巻と同時発売の第4巻は、後漢末期から魏・呉・蜀の三国時代に焦点を当てる。
日本人にもっとも長く、広く親しまれてきた外国文学、『三国志』に語られる歴史は、どれほど史実を伝えているのだろうか。中国文学の研究者である著者が、小説『三国志演義』を手掛かりに、大抗争時代の戦乱と外交、文化と社会を解き明かす。
著者によれば、この時代は、現代にいたる中国の歴史を知るうえで、見逃せない重要性を持っているという。たとえば、小説では悪役の魏の曹操は、卓越した改革者であり、その子の曹丕、曹植は優れた詩人だった。曹操父子を中心とする文学運動が、後の唐詩の原点となったのである。また、広大な中国に、統一帝国を強く指向する理念が確立したのは、この時代だった。さらに、中国思想の骨格を成す儒教・仏教・道教が定着し、三教の間で論争と交流が行われるようになったのも、後漢末から三国時代のことだった。
また、陳寿の正史『三国志』や羅貫中の『三国志演義』では脇役だった呉こそが、実はこの時代を演出した影の主役だという。邪馬台国と朝鮮半島を含む東アジアの動乱は、現代に何をもたらしたか。文学から歴史を読む、中国通史シリーズとしては異色の一巻。〔原本:2005年、講談社刊〕

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中国の歴史 の一覧

1~12巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~12件目 / 12件
  • 中国の歴史1 神話から歴史へ 神話時代 夏王朝
    1,485円 (税込)
    講談社創業100周年企画として2004年~05年に出版された全集「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版が、いよいよ刊行開始。本全集は、2014年には中国で、2016年からは台湾で翻訳出版され、そのレベルの高さと視点の新しさから累計で150万部を超えるベストセラーになっている。 待望の文庫化、第1回配本は、第1巻と第2巻の同時配本。第1巻では、長年、中国での遺跡発掘を手掛けてきた著者が、「三皇五帝」や「盤古伝説」などで知られる中国の神話の表す史実を探り、「夏王朝」「殷王朝」の謎に迫る。 中国の古代文明といえば、かつては「黄河文明」を指したが、現在では、長江流域をはじめ、各地の多様な自然環境から展開した多元的な古代文明と理解されている。現在の中国のさまざまな地域社会や風土を考える際にも、こうした先史時代から続く地域文化の脈絡を無視できないのである。約1万年前の新石器時代、南北の文化地帯の周縁でアワ・キビ農耕や稲作農耕が生まれ、そこから牧畜型農耕社会と遊牧社会が分離し、さらにその周辺には狩猟採集民が存在した。こうした基本的生活様式が誕生した中から、いかにして初期国家が生まれたのか。最古の王朝とされる夏王朝と二里頭文化の関係とは――。 文庫化にあたり、原本刊行後の重要な遺跡と発掘成果を大幅に加筆。〔原本:2005年、講談社刊〕
  • 中国の歴史2 都市国家から中華へ 殷周 春秋戦国
    2,310円 (税込)
    講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版がいよいよスタート。本全集は、2014年には中国で、2016年からは台湾で翻訳出版され、累計で150万部を超えるベストセラーになっている。 第1巻と同時発売の第2巻では、夏・殷・周の三代の王朝と、春秋戦国時代を扱う。司馬遷の『史記』などに語られる歴史は、すべてが確かな「事実」なのだろうか。後代の建て前や常識に縛られ、架空の「事実」を盛り込まれた史書や注釈書の中から、ほんとうの「事実」を探り出す道筋を示す。夏殷周三代の王朝や、戦国時代の領域国家は、新石器時代以来の文化地域を母体として成立しており、いまだ『史記』で語られるような「天下」を成してはいなかったのである。 紀元前1023年、大国・殷を滅ぼした周は、青銅器に文字を鋳込む技術を殷から継承し、独占してそれを権威とした。しかし、その周も前8世紀には東西に分裂してやがて滅ぶ。つづく春秋時代も、それまでと同じく文化地域ごとに大国が小国を率いた時代だったが、漢字が周以外の大国の地域にも根づいていく。そして、大国が小国を滅ぼして官僚を派遣し、中央と地方を結ぶ文書行政が開始され、それを支える律令が整備されたのが、戦国時代だった。〔原本:2005年、講談社刊〕
  • 中国の歴史3 ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国
    1,760円 (税込)
    講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版。第2回配本となる第3巻は、最初の中華帝国といえる秦の始皇帝から前漢・後漢までを扱う。 戦国七雄のうち最も西方に位置する秦が初めて中国を統一、始皇帝が誕生したのは前221年。しかしわずか15年で農民反乱と楚漢の抗争を経て滅亡、劉邦の漢が成立する。新を挟み前漢と後漢の劉氏24代の漢帝国は440年も続く。なぜ始皇帝は乱世の中国統一を実現できたのか、また漢帝国の長期支配を可能にしたのは何か。謎に満ちた古代中国の実像に『史記』『漢書』などの史書と新発見の兵馬俑や大量の竹簡文書、出土資料の解読から肉迫する。項羽と劉邦の対決、民衆蜂起、宦官・官僚・外戚の権力闘争など英雄と梟雄、人々が躍動する歴史の内幕を生き生きと描く力作。〔原本:2004年、講談社刊〕
  • 中国の歴史4 三国志の世界 後漢 三国時代
    1,980円 (税込)
    講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版。第2回配本、第3巻と同時発売の第4巻は、後漢末期から魏・呉・蜀の三国時代に焦点を当てる。 日本人にもっとも長く、広く親しまれてきた外国文学、『三国志』に語られる歴史は、どれほど史実を伝えているのだろうか。中国文学の研究者である著者が、小説『三国志演義』を手掛かりに、大抗争時代の戦乱と外交、文化と社会を解き明かす。 著者によれば、この時代は、現代にいたる中国の歴史を知るうえで、見逃せない重要性を持っているという。たとえば、小説では悪役の魏の曹操は、卓越した改革者であり、その子の曹丕、曹植は優れた詩人だった。曹操父子を中心とする文学運動が、後の唐詩の原点となったのである。また、広大な中国に、統一帝国を強く指向する理念が確立したのは、この時代だった。さらに、中国思想の骨格を成す儒教・仏教・道教が定着し、三教の間で論争と交流が行われるようになったのも、後漢末から三国時代のことだった。 また、陳寿の正史『三国志』や羅貫中の『三国志演義』では脇役だった呉こそが、実はこの時代を演出した影の主役だという。邪馬台国と朝鮮半島を含む東アジアの動乱は、現代に何をもたらしたか。文学から歴史を読む、中国通史シリーズとしては異色の一巻。〔原本:2005年、講談社刊〕
  • 中国の歴史5 中華の崩壊と拡大 魏晋南北朝
    1,584円 (税込)
    講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版。第3回配本の第5巻は、220年の後漢滅亡から隋の天下統一(589年)にいたる大分裂の時代を取り上げる。 前漢・後漢の400年の大帝国は、後漢末期の混乱の中に崩壊し、魏・蜀・呉が争う三国時代を経て、晋の司馬炎による再統一をみるが、まもなく匈奴・鮮卑・羯・羌など異民族の大侵攻を招いていわゆる「五胡十六国」の大混乱時代に突入する。 華北はやがて鮮卑が建てた北魏が統一し(439年)、東魏、西魏、北斉、北周と興亡を繰り返す。一方、江南には漢民族の王朝である宋に続き、斉、梁、陳と次々に王朝が交替する。胡漢の勢力がたがいにしのぎを削るなかで、華北では雲岡や龍門の壮麗な石窟寺院が営まれ、江南には建康(現在の南京)を中心に陶淵明、顧ガイ之らで名高い六朝文化が栄える。 この魏晋南北朝時代は、日本列島には邪馬台国や倭の五王が登場し、朝鮮半島には高句麗・百済・新羅が興って、東アジアの「世界秩序」が形成された。その中心をなす「中華」も分裂と融合を繰り返し、非漢民族が漢化(中国化)するなかで拡大し、新たな中華世界を形作っていったのである。現代に続く中華意識と民族問題を視野に、東アジア世界の秩序の源流へとさかのぼる一冊。〔原本:2005年2月、講談社刊〕
  • 中国の歴史6 絢爛たる世界帝国 隋唐時代
    1,672円 (税込)
    講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版。第3回配本、第5巻と同時発売の第6巻は、古代東アジアに君臨した隋唐帝国の興亡史。 後漢末以来、400年にわたった分裂は、589年、隋によって統一された。2代皇帝・煬帝は大運河を開鑿するなど強権を発動したが、高句麗遠征に失敗して求心力を失う。煬帝の死後、3代恭帝から禅譲された李淵は唐王朝を樹立。2代太宗は、均田制・租庸調・府兵制を中心とする律令体制によって国力を充実させ、国際都市・長安を中心とする当時世界最高の文明国を現出させた。唐は一時、中国史上唯一の女帝・則天武后の周朝により中断するが、第6代玄宗により中興を果たすと、唐詩の李白・杜甫、書の顔真卿らを輩出して文化面でも繁栄を極めた。しかし、8世紀半ば、突厥の母とソグドの父を持つ安禄山の反乱、さらに9世紀後半の黄巣の乱へと混乱の度を加え、907年、朱全忠の簒奪により唐王朝は滅亡する。 シルクロードと都市の発展、女性たちの進出、日本からの遣唐使と円仁の求法の旅、朝鮮・ウイグル・チベットなど周辺諸国の動向もまじえ、世界帝国の300年を鮮やかに描き出す。 〔原本:2005年6月、講談社刊〕
  • 中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 宋朝
    1,551円 (税込)
    講談社創業100周年企画「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版、第4回配本。この巻では、唐宋変革期から南宋滅亡までを政治史を概観するとともに、思想文化に焦点を合わせて宋代中国を考察する。著者によれば、中国四千年の歴史のなかで、日本人にもっともなじみやすいのは宋代であり、日本の生活習慣や伝統文化の奥底に「宋」は居着いているという。 大唐帝国を揺るがせた安史の乱から200年、五代乱離のあとを承けて宋朝が建てられた。太宗の下、中央集権的官僚国家が確立、科挙制度の改革により広範な階層から科挙官僚が輩出した。文治主義をとったことの功罪はいかなるものだったか。 なかでも、朱子学の公認は宋という王朝を象徴する出来事だったが、それはどのような背景、環境から生まれ、受容されていったのか。その過程と、そこに関わる士大夫たちの精神について詳述する。 北方の異民族王朝に対し絶えず軍事的劣勢にありながらも、後世まで規範となる政治・社会・経済システムを作り上げた宋朝は、文化の華がひときわ咲き誇った時代だった。宋代に起源をもつ文化の新潮流、陶磁、喫茶、書画、文学などにも目を向け、宋代像を描き出す。〔原本:2005年7月、講談社刊〕
  • 中国の歴史8 疾駆する草原の征服者 遼 西夏 金 元
    1,980円 (税込)
    「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版、第5回配本の第8巻は、中原の「中華王朝」を脅かし続けた北方遊牧民の興亡史。 8世紀半ば、唐王朝を揺るがした「安史の乱」は、600年におよぶ大変動の序奏だった。耶律阿保機のキタイ、李存勗ひきいる沙陀、李元昊の西夏、完顔阿骨打の金。多極化と流動化のはてに、歴史の統合者たる大モンゴル国が浮上する。13世紀に世界史を大きく転回させた「大モンゴルの時代」は、突然訪れたわけではなかった。 中国王朝史のなかで忘れられた英雄・耶律阿保機が、10世紀初頭に建国した「キタイ帝国」すなわち大契丹国は、中華風には「遼」と呼ばれる。現在の中国東北部から東モンゴルを領域とし、北宋を圧迫したが、1125年、金により滅亡する。その後、耶律大石が中央アジアに建国した「第二次キタイ帝国」は、「西遼」「カラ・キタイ」と呼ばれる。タングト族の李元昊が1038年に建国した大夏は、中華からは西夏と呼ばれ、1227年、モンゴルにより滅ぶ。ジュシェン族(女真族)の完顔阿骨打が建国し、北宋を滅ぼした金も、1234年、モンゴルにより滅ぼされる。 そして、チンギス・カンに始まる大モンゴル国は、5代皇帝・クビライの時代にユーラシアの海陸を覆う世界帝国となった。この超域帝国の宗主国を、中華風には「元」と呼ぶ。グローバル化の扉を開き、現代へと続く巨大帝国誕生のドラマ。〔原本:2005年10月、講談社刊〕
  • 中国の歴史9 海と帝国 明清時代
    2,420円 (税込)
    学術文庫版「中国の歴史・全12巻」の第6回配本・第9巻は、明朝と清朝、ふたつの大帝国を1冊で通観する。出口治明氏(立命館アジア太平洋大学学長)が「名著ぞろいのシリーズの中で、まさに名著中の名著。内藤湖南に匹敵するのでは」とイチオシする話題作。 2003年3月、雲南省昆明の空港で、著者は不思議な一行に出会う。聞けば彼らは、台湾の港町・花蓮から、海の女神「媽祖」を奉じて、雲南省の麗江を訪ねた帰路だという。台湾の海の女神が、なぜ中国内陸の観光地を?――この謎から、海に囲まれた東ユーラシア500年の歴史が浮かび上がってくる。 14世紀半ば、朱元璋が開いた明朝は、万里の長城の修築や、鄭和の南海遠征など、古代的な性格の色濃い王朝だった。それに対し、16世紀に登場したヌルハチに始まる清朝は、少数の満洲族のもとでさまざまな人々が闊達に生き、近代的な活気に満ちていた。古代的な明代から、近代的な清代への跳躍はなぜ可能だったのか。それを解明するには、「海に向かい合う中国」を見ることで、従来の中国史の枠を超える必要がある。倭寇と朝貢、銀の流通と世界経済、清朝皇帝とチベット仏教。地球規模の視点から、ふたつの帝国を描き出す。そして19世紀、アヘン戦争や太平天国を経験し、中国社会は近代への脱皮に備えて大きく変化していく。〔原本:2005年8月、講談社刊〕 目次 はじめに 大海に囲まれた二つの帝国 第一章 出来事の時空間 第二章 明朝の成立―一四世紀1 第三章 海と陸の相克―一四世紀2 第四章 海と陸の交易者―一五世紀 第五章 商業の時代―一六世紀1 第六章 社会秩序の変容―一六世紀2 第七章 王朝の交替―一七世紀 第八章 産業の時代―一八世紀1 第九章 伝統中国の完成―一八世紀2 第一〇章 環球のなかの中国―一九世紀 おわりに 媽祖と明清の歴史 主要人物略伝 歴史キーワード解説 参考文献 年表 索引
  • 中国の歴史10 ラストエンペラーと近代中国 清末 中華民国
    1,639円 (税込)
    学術文庫版「中国の歴史・全12巻」の第10巻は、アヘン戦争後の19世紀半ばから、日中戦争がはじまる直前の1936年「西安事変」にいたるまでの中国近代史。二度のアヘン戦争で叩きのめされ、日清戦争の敗北によって亡国の危機にさらされた清朝末期。本書では、この時代を「中国史上初めて南の辺境から吹いた新しい時代の風」という視点でとらえ、「中華再生」の苦難のドラマを描く。 太平天国の蜂起に始まり、辛亥革命、国民革命、そして中国共産党の長征に至る革命運動は、いずれも南の大地から北に向かって展開した。この北伐に情熱を傾けた洪秀全、孫文、蒋介石、そして新時代の種をまいた毛沢東らの政治運動はどのように展開したのか。運動を支えた日本人の存在にも光をあてる。 また、辛亥革命によって退位した大清帝国の皇帝、宣統帝溥儀は、退位後、関東軍によって満洲国皇帝に祭り上げられ、日本の敗北とともに亡命・抑留生活を余儀なくされる。ラストエンペラー溥儀の数奇な運命と、激動する世界情勢に翻弄されつつみずからの手で運命を切り開き、近代中国を築いてきた人々の歴史。現在の日中問題のすべては、ここから始まる。〔原本:2005年9月、講談社刊〕 目次 序章 南からの風――辺境からの中華再生の試み 第一章 「南からの風」吹く――太平天国運動と列強 第二章 ゆらぐ中華の世界――洋務運動と日清戦争 第三章 ナショナリズムの誕生――戊戌変法と義和団 第四章 清帝国のたそがれ――ラストエンペラーと辛亥革命 第五章 「民の国」の試練――袁世凱政権と日本 第六章 若者たちの季節――五・四運動とマスクス主義 第七章 革命いまだ成らず――第一次国共合作と北伐 第八章 内憂と外患のなかで――南京国民政府と満州事変 第九章 抗日の長城を築かん――満洲国と長征・西安事変 第一〇章 辺境の街と人々――香港・台湾そして上海 学術文庫版のあとがき 主要人物略伝 歴史キーワード解説 参考文献 年表 索引
  • 中国の歴史11 巨龍の胎動 毛沢東vs.鄧小平
    1,650円 (税込)
    「中国の歴史・全12巻」の学術文庫版、第11巻は、様々な試練を乗り越え中華人民共和国を成立させた建国の父・毛沢東と、経済大国への改革開放路線を敷いた鄧小平の二人を軸に激動の中国現代史を辿る。 1921年の中国共産党結成に参加した毛は、非主流を歩み十数年後の長征中に漸く主導権を掌握する。抗日戦争後は国民党の蒋介石に挑戦、文化大革命では紅衛兵を動員し政敵・劉少奇を追放した。継続革命論者でその政治手法は敵を見据えてからどう打倒するか戦略を練る「軍事芸術」とも言われる。 一方、毛の忠実な部下だった鄧は、黒い猫でも白い猫でも鼠を捕る猫は良いとした「黒猫白猫論」を説いたリアリスト。文革と不倒翁・周恩来の逝去後に二度も失脚したがいずれも復活。毛沢東夫人の江青ら文革「四人組」逮捕後の再復活後は改革開放路線に邁進して経済大国の道を切り拓く。変わりゆく状況を的確に判断し次々と最適の選択をする「政治芸術」の人とも評される。この対照的な二人の生涯を縦糸にして清朝末期から中華民国成立、日本の侵略、国共内戦、1949年の中華人民共和国建国宣言を経て朝鮮戦争、中ソ対立、プロレタリア文化大革命などの激動を丹念に描いた渾身の力作。文庫化にあたり、習近平時代を加筆。〔原本:2004年11月、講談社刊〕 目次 はじめに 「中華民族の偉大な復興」 第一章 毛沢東と鄧小平 第二章 エリート革命から人民戦争へ 第三章 揺れる新国家建設 第四章 中国独自の社会主義への挑戦 第五章 プロレタリア文化大革命 第六章 革命と近代化の確執 第七章 改革開放・近代化へ邁進 第八章 大国化する中国の光と影 第九章 ポスト毛沢東と鄧小平の中国 第一〇章 習近平の時代と世界への挑戦 学術文庫版のあとがき 主要人物略伝 歴史キーワード解説 参考文献 年表 索引
  • 中国の歴史12 日本にとって中国とは何か
    1,485円 (税込)
    日本にとって、長く圧倒的な超大国であり続けた中国の歴史から、何を学ぶか。6人の研究者が論じる、シリーズ最終巻。 第一章 大自然に立ち向かって(尾形勇)・・・北と南、黄土・砂漠・湖沼など、大きく異なる多様な風土と、人口の変遷から歴史の舞台を見つめ直し、中国史の特質を整理・考察する。 第二章 中国文明論(鶴間和幸)・・・いくつもの「小さな中国」が競合し、「大きな中国」が形成された。食、言葉、服飾などの諸相からみる「多元一体の中華」「アジアの中の中国文明」。 第三章 中国人の歴史意識(上田信)・・・漢族が子どもに最初に教える秩序とは。祖先をめぐるチベット族のタブーとは。歴史をさかのぼることで「中国人」として育つ文化のシステム。 第四章 世界史の中の中国(葛剣雄・大川裕子訳)・・・清朝末期、外部からの圧力に押され、中国は「幻想の天下観」から「現実の世界観」へと転換した。復旦大学歴史学教授が特別寄稿。 第五章 中国史の中の日本(王勇)・・・『漢書』に現れる倭人から、遣唐使の墓誌、明代の倭寇、近代化の手本としての日本まで、豊富な史料から「中国史の内なる日本」光を当てる。 第六章 日本にとって中国とは何か(礪波護)・・・朝貢と畏敬、憧憬と模範、先進と親愛、対等と侮蔑――。常に正負がないまぜとなってきた日本人の中国観を、時間軸に沿って描く。 〔原本:2005年10月、講談社刊〕

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    Posted by ブクログ

     華やかな武将たちの戦場での活躍ばかりに目を奪われがちなこの三国時代だが、著者によればこの時代こそが統一と分裂、正統と異端、同質性と多様性が交錯する中国の国家観を特徴づける時代なのだという。血縁的継承によって形作られた漢の皇帝という立場が禅譲により移動するという事件が、国家の正統性をめぐる議論の噴出に徒ならぬ影響を及ぼした。

     中でも著者が注目するのは、三国中最も地味な扱いを受けやすい「呉」の役割だ。呉の孫権の唱えた「二帝並尊」論やこの時代に呉が用いた「黄武」という年号は、理想としての正統論と現実としての統治形態を何とか折り合わせようという試みの現れなのだという。

     そしてこの正統論がひろく人口に膾炙したのは、この時代に本格化した紙の使用によるところ大なのは間違いないだろう。情報流通の量と速度の増大に起因する「情報革命」が、この時代の議論をゲームとして楽しむ風潮と相俟って、儒者などの知識層に受容され発展していったのだ。

     終章で述べられるように、この正統をめぐる議論は現在の東アジア、ことに日本・韓国・中国の「三国」間における主張の衝突に大きく影響を及ぼしている。三国志時代の研究が今日的問題の考察にとり重要だということが、本書を読めば非常に容易に腑に落ちてくる。

    0
    2026年09月06日

    Posted by ブクログ

    少年時代だったかNHK人形劇の三国志や、高校生の時に吉川英治の三国志を読み、慣れ親しんできた物語なので楽しく読み切ることができた。
    しかし、張飛の娘2人が劉禅に嫁いでいたなんて、人形劇を見ていてあの人形の風貌とせんだみつおの声の張飛からは、どんな娘が産まれたんだ?と想像が膨らみ気になったし、諸葛一族が三国に分かれて活躍していたのも(呉に諸葛瑾が居たのは知っていた)、平安時代に源平一族分かれて相争ってるのと変わらんやんと思って楽しく読ませていただいた。
    三国志に馴染みがあるからかすらすらと読めたが、親しんでいない方も楽しめるのではないでしょうか。
    曹操の一族が後の世の詩作にも影響を与えたらしいとのことなので、確か岩波で詩集が出ていたはずなので、読んでみようかなと思いました。

    0
    2026年03月23日

    購入済み

    ドラマの時代背景を知るのに良い

    三国志関連の作品が好きな人におすすめです。
    時代背景や作中の思想のベースができて、物語の理解が進みます。
    特に、三国の国力の違いや外交、そもそもの統一に対する価値観の違いが目から鱗でした。
    また軍師連盟見返そうかな…

    0
    2023年09月20日

    Posted by ブクログ

    物語で馴染みのある三国志演義との相違点の解説も交えながら、時代の流れに沿って出来事を辿り、文学や宗教などのさまざまな観点から三国時代を見るという、通史の解説本に求めるものが全て詰まった実に面白い本。

    0
    2022年07月18日

    Posted by ブクログ

    三国時代のことで卒論を書いたのももう昔。さらっと三国時代をおさらいするのに本書を手に取りました。演義と正史、実態と思われるところの比較や政治的な流れ、文化的な動き、国際関係などなど、わかりやすく書かれています。改めて三国時代が画期になっていることは多くあると実感しました。それだけに、三国時代にシリーズの1冊がまるまる割かれているのはうれしい限り。本当に良い入門書です。

    0
    2021年04月01日

    Posted by ブクログ

    「中国の歴史」シリーズ4巻目、「三国志演義」を歴史学の側面から検証する本。その方面に関心のある方には、面白いはず。私は「第9章 邪馬台国をめぐる国際関係」のみについて記す。

    日本や朝鮮半島の考古学からのみ深掘りしてきた私ではあるが、この時代の中国の文献史学の信頼性は無視出来ない。批判的検証を経てどのように弥生時代末期を描いたか?1番大きな検証は以下。

    「卑弥呼は景初2年に洛陽に来たのか?3年に来たのか?」
    魏志東夷伝には景初2年(238年)、使者・難升米が6月に朝鮮半島の帯方郡に来て、天使に朝貢したいと申し出たので洛陽に向かわせ、12月に貢ぎ物生口(奴隷)男女10人と班布二匹二丈を献じたとある。コレは考古学界では景初3年の間違いであるというのが定説である。大きな理由は、景初2年6月は魏と戦闘中で帯方郡公孫氏が8月に滅びる直前であり、そんな余裕はなかったというのが大きい。
    しかし、金文京氏は景初2年であると主張する。読んでみると、非常に説得力がある。
    たかが1年の違いではない。この一年で、皇帝の代替わりがあった。よって、たかが東夷の小国に、生口10人というみすぼらしい贈り物に対して「鏡100枚」等という破格の待遇を授けた意味合いが、まるきり変わるのである。
    金文京氏は文献を読んで、景初2年でも無理がないと判断する。そうすると、倭国に対して期待したのは、呉に対する魏の「牽制」だったことがハッキリするのである。つまり、呉国が海を渡って公孫氏を援助させないようにする、呉と倭国との朝貢関係を結ばせない、とさせたのである。それは景初2年でなくては意味がなかった。三国時代は、諸葛亮孔明が期待するように、三国が併立して平和をもたらすものではなかった。どうしたらいち早くTOPになるか、魏としては何としても朝鮮半島を自分のものにして呉国からの挟撃を潰さなくてはならなかった。そのためには、蛮国たる邪馬台国への過剰な接待など当たり前のことだったのである。

    魏にとり、卑弥呼が凄いから、倭国が凄いから、「親魏倭王」になったわけでは無かった。

    見方を変えると、まるきり違う世界が見えてくる。
    つくづく「文字の力」は大きい。炎天下、大汗をかいて山を登り、土を掘り返してやっと掴んだ仮説も、机上の考察ですんなり覆る。

    以下、完全私の覚えです。完全無視を。とりあえず、勉強になった。
    ・後漢光武帝中元2年(57)正月、「倭の奴国、貢を奉じて朝賀す」
    ・安帝永初元年(107)10月、「倭国王帥升等、生口160人を献じて請見を願う」←因みに、松木武彦氏は帥升を吉備国王と見ている。
    ・155年曹操生まれる。(ー220)
    ・161年劉備生まれる。(ー223)
    ・165年高句麗新大王即位。
    ・167年「この頃卑弥呼即位」と文京氏は書く。ちょっと根拠が不明。誕生としても少し早すぎる。
    ・179高句麗の故国川王即位。
    ・182孫権生まれる。(ー252)
    ・197高句麗山上王即位。王の兄反乱、遼東の公孫度が援助するも失敗。
    ・201扶南大王立つ。
    ・207遼東太守の公孫康が袁氏を斬る。袁氏滅亡。
       劉備、諸葛亮を得る。
    ・208 赤壁の戦い
    ・216曹操魏王となる。
    ・220曹操死亡。曹丕皇帝に。
    ・221劉備皇帝に即位。
    ・223孫権黄武の年号をたてる。
    ・227諸葛亮出師表
       高句麗の山上王死去、東川王即位。
    ・228遼東の公孫康死去、公孫淵即位。
       孫権皇帝に。建業に遷都。
       大月王が親魏大月氏王に封ぜられる。
    ・232孫権、遼東に周賀らを派遣。
       魏の田豫、遼東を討つも成果なく撤退。
       遼東の公孫淵、呉に使節を派遣。
       田豫、成山で呉の使節の周賀を斬る、曹植死去。
    ・233孫権は使節を送って公孫淵を燕王に封ず。
       12月公孫淵は呉の使者を斬る。魏は公孫淵を楽浪公に封ず。呉の使節の従者、高句麗に至る。
       陳寿生まれる。(ー297)
    ・234魏の明帝が親征、呉軍は撤退。
       諸葛亮死去。
       高句麗王が呉に使節を送り臣従、呉も使節を送る。
    ・236高句麗王が呉の使者を斬り首を魏に送る。
    ・景初元年(237)魏、公孫淵を討つも失敗。公孫淵は燕王を自称、明帝、海船を建造させる。
    ・景初2年(238)1月、司馬懿が遼東を征伐。他将軍が海路、楽浪、帯方郡を攻める。公孫淵は呉に援助を求める。
       6月、倭の卑弥呼の使節、難升米ら帯方郡に至る。
       8月、遼東の公孫氏滅亡。
       12月、明帝重病。この頃、難升米ら洛陽に到着。魏は卑弥呼を親魏倭王とし、鏡などを下賜する。
    ・景初3年(239)1月、明帝死去。曹芳(少帝)が即位。
       2月曹爽が実験を握り、司馬懿を太傅に祭り上げ政権から遠ざける。
       4月呉国遼東援助部隊が到着、既に時期を逸す。
    ・元始元年(240)3月、帯方郡太守が健中校尉を倭に送る。
    ・241、孫権は四路に分けて魏を攻撃するが、失敗。
    ・243、12月倭の卑弥呼の使節、伊声耆ら洛陽に到着。
    ・246、2月魏の母丘倹、高句麗を攻め、丸都を陥落。高句麗王を粛慎の境界まで追い詰める。
    ・247 王きんが帯方太守となり、張政を倭に送る。
       倭に内紛が起こり、卑弥呼は帯方郡に訴える。
    ・248 高句麗東川王死去、中川王即位。
    ・249、この頃卑弥呼死去。壱与が女王になる。
       司馬懿がクーデター、曹爽一派を誅殺。
       壱与の使節が入貢。
    ・251 司馬懿死去、司馬師が跡を継ぐ。
    ・263 蜀が滅ぶ。
    ・265司馬炎が魏帝を退位、晋武帝として皇帝になる。
    ・266 11月倭の使節が晋に貢物を献ずる。

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    2022年01月03日

    Posted by ブクログ

    統一帝国の時代から分裂の時代に向けた歴史上の変革期としての時代描写が面白い。諸勢力の興亡だけでなく、文化や宗教といった社会面の理解も深まる内容。

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    2021年04月01日

    Posted by ブクログ

    三国志演義ではあれ程優遇されていた蜀だが、実際は三国の中でダントツに弱く、そもそも他所者の国であり、強い国づくりが難しかったこと。それでは他の魏や呉が万全の国家体制だったかというと、そうでもなく、内輪揉めで潰れてしまう。
    三国志の世界がが現在の中国と関係諸国の間を説明するキーになるというのは興味深い。

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    2020年12月25日

    Posted by ブクログ

     劉備の支配する蜀は、魏に比べると1/5、兵の数では1\4なんだけれど、三国時代と呼ばれている。この3国がそれぞれ「皇帝」と名乗ってそれぞれ中華帝国の正統を競うところに魅力があるのだろう。
     ただこの本は「学術文庫」なので、冷静な目で歴史を追っている。結局どに皇帝も中国全土を統一できないのだ。
     考えてみれば、中国共産党はこんなにも大きな国を中央集権で纏めているのだから、民主主義なんて言ってる場合じゃないのだろう。

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    2021年08月09日

中国の歴史4 三国志の世界 後漢 三国時代 の詳細情報

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