ネタバレ
Posted by ブクログ
2020年10月11日
日本経済新聞の連載で読んでいた。早く一冊の本になってまとまらないかと楽しみにしていたが、1年も経ってようやくだ。『日本文学全集』の編纂作業と並行して大変だったのかな。
その全集の完結に寄せてと、出版社のフライヤに、日本人の性格の要点を知ったと、著者は以下の3つを挙げている;
一、自然すなわち神...続きを読む々への畏怖の念
二、常に恋を優先する生き方
三、弱きものに心を寄せる姿勢
そして、「今、ぼくたちはこういう日本人ではなくなってしまったかもしれない」と。
そんな思いも汲みながら、本書を振り返ると、原日本人への回帰の思いが感じられる気もした。ちょうど、平成から令和へと、生前退位が成って、皇位継承が既定路線で時代が移り変わろうというタイミングでの連載だったので、今の天皇制への期待と批判の気持ちもあってのことかと思っても読んでいたが、むしろ、我々日本人に、原点への回帰と、新しい時代を迎えて再生、再出発を促す作品だったのかとも思う。
それにしても、連載は混乱を極めた。というか、ストーリーというものが掴みにくかったり、当時の言葉そのままの記載の部分と、現代語訳が並び1日分の文量で、まったく話が進まない日が続いたり、ちょと一筋縄にはいかない連載だった。それでも、古代史の魅力、舞台が奈良であることの魅力などから、個人としては、とても楽しめた内容だった。
古代史は、史実というより、伝承だったり、そもそもが作り話だったりで、事実がハッキリしない。だからこそ、作家の創造性の発揮のしどころという面白みもあった。
連載と並行して読んだ安部龍太郎の『平城京』での、葛城氏と皇室との関係などは捉え方が異なり興味深かったし、このワカタケル=雄略天皇の描き方も全く相反するものだった。
先代の天皇殺しのクダリは、安部『平城京』では、ワカタケルが父親を暗殺し、その罪を眉輪(まゆわ)王という葛城氏の血筋の者に濡れ衣を着せたとして描く。一方、池上史観は日本書紀に則り、安康天皇は葛城氏の姫の連れ子の目弱(まよわ)に暗殺され、それをワカタケルが成敗して帝位に就く。一応、主人公としてのキャラクター作りがされていた。
古代史の解釈は定説がないだけに、発想が自由で面白い。
とにかく、神話と歴史がせめぎ合う時代の物語は、暴力的でもあり血なまぐさいが(そして、エロチック)、実にプリミティブで、人間が躍動している。
またそこに、卑弥呼を出すまでもないが、古代史における女性の立場の重要性もクローズアップされている描き方も、実に今的でもある。
『古事記』の現代語訳を行った著者、上中下巻とある古事記は、「政治的な動きが具体化されて権力闘争や武闘もある。そこに女たちが自分の意思を持って関わっている」下巻が面白いと言う。だから、ワカタケルを主人公にした物語を描いたのだろう。
自然=神々との関係が近かった時代という設定だ。ワカタケルもたびたび神と言葉を交わす。そして、側近として仕えるヰトやワカクサカといった女性たちが、神の御神託を夢を介して予言としてワカタケルに授ける。雄略天皇なきあとの主人公は、いや、もとより物語を動かしていたのはヰトであったかのような終盤には、ちょっと唸らされた。
そんな「神話と歴史がモザイクのように並列する世界」が、遠い昔、我が故郷の奈良で繰り広げられていたのかと思うだけで、心躍るではないか。
そうした女性たちが代々天皇に仕え、故事や世の理を後世に伝える役割を担っている。ヰトやワカクサカたちが、その役割を、稗田阿礼という「役職」を継いでいくというのも、面白い仕立てだった。