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『ミラノ 霧の風景』で彗星のようにあらわれ、知と情熱をたたえた佳品を遺して逝った文筆家須賀敦子。少女をキリスト教の信仰へ、遥かヨーロッパへと誘ったものは何だったのか。今なお多くの読者に愛される作家を追想し、その文学の核心に迫る。カルヴィーノ、タブッキ、サバ、そしてユルスナール。人を愛し、書物を愛し、たぐい稀な作品を紡ぎ出した須賀敦子の歩いた道を丹念に辿り直す書。
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Posted by ブクログ
戦前、戦中、戦後を生きた須賀敦子さんの足跡を丁寧に追った本。 ほぼ平成の記憶しかない私にとっては、単に須賀さんのことをよく知れる、バックグラウンドを理解できる以上の価値がありました。
買ったあとしばらく積んであったんだけど、温泉旅行で読み始めたら止まらなくなった。とてもいい。須賀敦子のエッセーは叙情的なんだけど、実際の彼女は子どものころからおてんばでやんちゃで情熱的な人だったことがよくわかる。ぜひ続編を読んでみたい。
2014年刊。もとは季刊誌「考える人」連載。 2010年冬東京谷中に始まって、12年冬東京三田まで、須賀敦子ゆかりの地、ゆかりの人を訪ねる旅。周囲や周辺から須賀敦子その人を浮かび上がらせる。ただし、日本国内限定(一度だけローマ)。 印象深かったのは「SPAZIO」誌(日本オリヴェッティ)編集長だった...続きを読む鈴木敏恵。彼女がいなければ、須賀はエッセイストにならなかったかもしれない。『ミラノ 霧の風景』も、ナタリア・ギンズブルグ『ある家族の会話』の翻訳も「SPAZIO」に連載された。ふたりは20年のつきあい。でも、「私さ、須賀敦子の親友っていわれるけどさ、本当かねぇ、彼女を十年拘束してしまった」。須賀が評判のエッセイストとして多忙になったのに、その後も「SPAZIO」に書かせ続けたことを気にしているらしい。 オリヴェッティはイタリア・トリノ近郊の大企業。そこが日本で出す文化広報誌に、須賀敦子が書かずに、だれが書くというのか。それにナタリアの『ある家族の会話』には、カミッロ・オリヴェッティも息子のアドリアーノ・オリヴェッティも登場するではないか。 (p.s. そう言えば、ゆかりの場所を訪ね回るというこの手法、松山巖『乱歩と東京』(1984)でも用いられていた。)
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