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Posted by ブクログ
全くこの作品について前知識がなかったが、思ったよりにんじんに対する周りの扱いは酷かった。
コンビニ人間の著者・村田沙耶香がこの本を読んで幼少期救われたと言っていたので興味を持ったが、確かににんじんも諦めているどうしようもない日々の話に、著書と似たようなものを感じる。
特に母親が、にんじんと他の兄弟との扱い・態度が全く異なることが一番酷く感じる。
そしてあまり干渉しない父親。
訳者のあとがきにて、著者・ルナールの日記を引用した、著者の母親や父親観に関する話があり、とても参考になった。
赤毛のアンなどでも“にんじん!にんじん!“と毛が赤いので馬鹿にする場面があるが、今後そうゆう場面でにんじんが使われる度にこの本を思い出して複雑な気持ちになりそうだ。
あとがきでも解説されているように、文章に余分な描写がなく、淡々としたところもある。それが尚更、にんじんの不遇とそれに対する対応が日常の現実的なものとして感じる。
Posted by ブクログ
なにかよからぬことが起こるのでは、と家族目線ではらはらしながら読み進める。多感な子供はささやかな事でもそれを経験として取り込み成長する。子どもに愛情をそそくことなく、虐待する親が育てた場合、その経験が卑屈な人間に育てられるような、反面教師的な側面がある。昔は子どもにお酒を飲ませたり、銃を扱わせたりしたのか。
読み手に家族目線とにんじん目線と代わる代わる視点が変わるところも面白い。
とてもシンプルな文体で子供向けの本とはじめは思ったがそうではないらしいです。時折支離滅裂な文章があるところも不安にさせられる。
古典にはこんな斬新なものもあるんですね。色々発掘してみたくなります。
Posted by ブクログ
さよなら『にんじん』
ということで「あら、素敵な本棚ね。と思われたくて読み直す世界の名作シリーズ」第一弾『にんじん』です
以前から気になっていた「光文社古典新訳文庫」名作と呼ばれるようなんは一通り読んでるんですが、やっぱりあらかた中身は忘れちゃってるので、せっかくなら【新訳】で気長に読み直そうと思い立ち、馬鹿みたいに手を広げておりますw
本当は『あしながおじさん』が気になってたんですが、みんみんの読書ストーカーと思われたらプライドが許さないので、やっぱり中身は忘れちゃってるんですが、子供の頃大好きだった記憶だけは残ってるフランスはルナールの『にんじん』からです
なぜ大好きだったかとうっすら残る記憶を紐解くと、主人公の少年にうっすら自分を重ねてたんだと思うんですよね
と、思って読み直したら、あれれ?にんじんめちゃめちゃ姉兄、母親にいじめられてるやん
しかもそのうっぷんを晴らすのににんじん自身も小動物を虐待してるし
結末もハッピーエンドに程遠い
確かに一番上にお姉ちゃん、次にお兄ちゃんで末っ子っていう家族構成と、にんじんの頑固で理屈っぽく、空想癖があってちょっと嘘つきってのは子供の頃の自分に重なるけど
父母はもちろん姉兄にも愛され守られた記憶しかないぞ?めっちゃ甘やかされたし
おかしいな
たぶんあれだな
兄貴に些細な意地悪をされたりゲームの順番守ってくれなかったり
お姉ちゃんとお風呂に入って頭をちゃんと洗わなくて叱られたり
母親によく出来たテストを思ったほど褒めてもらえなかったり
父親が遊びに連れて行ってくれる約束を守ってくれなかったりしたときの気持ちを意地になって広げてただけな気がするわ
ごめん、にんじん
わし君とは全然違ったわ
たぶんルナールの主題とは全然違うところに着地してるのは充分承知してるけど
今になって愛された子供時代を再認識してるわ
さよなら『にんじん』
Posted by ブクログ
目次の並べ方が絵本みたいで可愛らしい。けど内容は全然可愛らしくなんかない。母親のルピック夫人は、にんじんを否定し続ける。父親は、不在がち。ひどい話しでにんじんのスープには、自分のを。昨日の夜のが入っていて。飲んじゃった。汚い子だと言われた時にそんなことだろうと思ったよって。そんな返しあるか?と思った。にんじんのアルバムでにんじんは夫人に撮られたことがなく写真がない。なぜにんじんと呼ぶのです。髪の毛が黄色いからですか?ときかれでも、心はもっと黄色です。と夫人が答えた。黄色には薄汚れたという意味がある。にんじんは、ルナールの自伝ではないが、自伝的事実を大量に含んでいるという。見たくないだろう過去か。つらいな。
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