無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません
Posted by ブクログ
東京から田舎へ引越してきた人気モデル夏芽が神秘的でありながら自由奔放なコウと出会い、事件やすれ違いを経験しながらも、お互いを求め続ける物語。
小説なら途中で投げてるなと思いながら、一気読み。いつまで同じことするの、なんでこんなことしちゃうの、大友にしときなよー!って小説なら思ってただろう。だけど、ジョージ朝倉先生の圧倒的な絵の力で、読まずにはいられない。夏芽とコウの色っぽさ。大友の太陽のような笑顔。カナちゃんの怖いほどの執着。光と風、海と熱気。文字はないからこそのただそこにある美しさ。小説も大好きだけど、漫画もやっぱりいい〜…!そして、等身大系の主人公もいいけど、こういうもう絶世の美女的な主人公も漫画だからこそいい〜!!
夏芽とコウの物語だから、二人の結末だけだったけど、大友とカナちゃんも幸せになっていてほしいな。
Posted by ブクログ
あまりにもきちんとしたハッピーエンドで逆に驚き。
あんなにも鮮烈な出来事を経ての結末に文句はない。
十代の煌めきと危うさと儚さが眩く脆く、
凄まじい熱量に引き込まれる堂々とした作品で好き。
その土地の伝承と絆を色濃く表す方言がたまらない。
本当コウちゃんの引き寄せの力が半端なくて魅力的。
映画は見てないけど配役は素晴らしいと思う。
モデルの夏芽の転校先の田舎町浮雲町でコウに出逢う
→恋仲になる→夏祭りで夏芽はファンの蓮目に襲われる
(レイプ未遂だが、必死で助けようとするコウに泣ける)
→このことがきっかけで別れる二人→大友と付き合う
(大友が良い奴過ぎてもしやこのまま大友ルート!?
と思わせる程に深い愛で包む大友に拍手)→芸能活動開始
→いろいろありコウと一線を越える→大友と別れる→
付かず離れずの二人→夏祭りでカナは夏芽に忠告、
夏芽を災いの元とし、「コウちゃんに会うな」→
夏祭り中に蓮目は再び夏芽の元に現れ、襲う→
夏芽の隣で自殺を図り、この事が世間に知れた夏芽に
一生消えない傷を残そうと考え気絶する夏芽の喉元に
ナイフを突き付ける蓮目→コウとカナが蓮目を殺し、
山に埋めた夢を見た夏芽、現実と混同しコウに問うも
笑われ「そんな夢見たなら抜け出せたいうことじゃ」
と告げる。産婦人科にてコウとカナを見たと聞き、
カナに真実を聞きに行く。「本当のこと話しちゃる」
→二人は蓮目を殺しておらず、コウの元から逃げた後、
自らガソリンを撒き自殺をした蓮目、それを見たカナ、
コウに頼まれ二人で一緒に死体を神さんの海に沈めた、
そしてその時カナは夏芽の代わりにレイプされていて
ピル処方の為産婦人科に出向いていたのだ(辛過ぎ…)
→翌日コウを見掛けるも話し掛けられずカナへ電話
カナへの劣等感を吐露し、コウを任せて町を離れる
「さよならコウちゃん 浮雲町 一生さよなら」
→二年後、仕事で見てもらった占い師に
コウの悲惨な運命を告げられ胸騒ぎがしカナに電話。
神さんの海で自殺を図り大友に助けられたというコウ
「コウちゃんを浮雲町から連れ出して欲しい」
毎日神さんの海に花を手向け、神と交信し、
魂の置き所が無いようなコウを見てられない、と。
→二年振りの再会。
→海に飛び込み、蓮目を追い詰めてくれた感謝と
二年間ずっと会いたかったと告げる夏芽、
コウも海に飛び込み夏芽の首を締め、夏芽が
「いいや このままおわっても」そう感じた瞬間
抱きしめ、耳元で「すまんの」と囁き引き上げる。
それはあの日、蓮目に一度目に襲われたあの夜と
同じ言葉。時が戻り火が灯っていくのを感じる二人。
だが夏芽は、
コウはここの王様だから連れ出すことは出来ない、
と感じる。それでもお互いを認め合えた二人。
「好きに生きて俺をざわつかせてくれ」と言うコウ、
コウから数珠を一粒受け取り、女優の道を突き進む。
→55歳になった夏芽が地元の資産家と結婚し、
16歳になる息子がいるとのニュースが報道され終了。
「おう!俺も同じじゃつまらん2年間じゃった!
もう一生会わんなんて約束はつまらんのう…
いつ会うてもはずかしくないよう大丈夫であろう
そう思える約束のほうがええ
ずっと見ちょるけぇ俺の願いはよう おまえがその武器で天下取るの見ることじゃあ」
才能
10代という刹那の時間を捉えて、人間の持つむき出しの残酷さ理不尽さを圧倒的な筆力で描き切った名作。漫画という表現だけど内容はもはや哲学。
才能という業(カルマ)を持った人間は、自身も周りもその渦に巻き込みながらその才能(チカラ)にある種振り回されて生きるしかない。
生まれという才能、美やカリスマという才能、それぞれの背負うシーシュポスの岩を、転がりながら何度でもその頂へ運び続けるしかないのだと。
「もはやそれを幸せと想わねばならぬ。」
13巻だっけ、岩を運ぶと鉱物が綺麗で頂きへの闘争そのものに充足たり得るの後に続く一文。うろ覚えだがこの一文が好き。ファウストの刹那よ止まれも好きだけど。
この作品のせいでファウストとシーシュポスはちょびっと売れたよねきっと。私は読んだもの全部じゃないけど。10代で出会ってたら全部読んだろうな。多分そらで言えるほど…人生変わってたかも。無意味な反復に充足か。
太宰の人間失格じゃなくてカミュとゲーテだっていうのがたまらんジョージ朝倉!BGMはサティのジムノペディかショパンの雨垂れ、リストの幻想即興曲だこのヤロー!
さすが映画通、サブカル女子のカッコイイのツボを分かってらっしゃる。素直にラノベに行けない厨二女子万歳。
このシーシュポスの「幸福と想わねばならぬ」は英語だとmust sayかなmust beかな。だとすると「それはもはや幸福と呼べるに違いない」「幸福と断ずるに値する」と訳すのもアリかなぁ。
「must=〜ねばならぬ」という直訳調も好きだけどね、なんかその誤差がむしろ原文ぽく格調高くて。翻訳文学ならではの味というか。mustのニュアンスを強く感じるというか。所詮全ての翻訳は類義語でしかないのだし。原文は英語ですらないのだし、それってなんて伝言ゲームwww
はー、良かった。いつも読み終わるとカミュとゲーテが読みたくなる。下手なおクスリよりグラグラ…カッコイイなぁ通学路でカミュを読む高校生!
この作品はシーシュポスから出発して描いたのかなぁ、だとすると芥川よりよっぽど本歌取りのセンスがあるね。六の宮の姫君とか蜘蛛の糸とか、古典文学を題材にした作品で芥川はほぼまんまだけれども、ジョージ朝倉は自分の作品として再構築して魅せてくれたものね。
いや〜ホント才能ってこわい。
Posted by ブクログ
「男の人と同士で恋人になりたくて、でも男の人は女の人にそんなものを求めてない...云々」といったのはよしながふみだけど、最終巻を読んでいてその言葉を思い出した。
コウと夏芽のかんけいは一言では言い表せないけれど、同性でも成立する。ように思う。というか同性の方がうまくいくように思う。
去年はまった、途中までナイフと似た展開のマンガで、最後に作者が提示した答えは
「わたしたちは大人にならないといけない」
という方向のものだった。
逆にこのマンガは、大人になること、ならなければいけないこと、その過程で失うものに関して、ノーを言ったように思う。
もちろんコウも夏芽も、大友やカナだって大人にはなるのだけど、成熟することばかりがいいものではない、
何かに執着することは、必ずしも否定的なものではないのだ、と。どちらがいいとか悪いとかじゃなく、そこが興味深かった。
ただのアドレッセンス喪失潭に陥らなかったことに拍手。
好きで読んでて、かつ、常にこの先に何があるのか、わくわくさせられる数少ないマンガだった(苦しくもあったが...)。
タイミングがどうとか、(ネームに詰まると)愛のテレパシーとやらでつながろうとしたり、ジョージ朝倉の描いているものが、少なくともこの10年変わっていないこともわかった。ブレない。
蓮目自体がそもそも蛇足だったんじゃないかとか、
つっこみどころや不満もあるのだけれど、それを補ってあまりあるくらい美しくて残酷で、何をしたいのかが伝わる、個人的にど真ん中で好きなマンガでした。
その光があれば、生きていける。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
少女・女性マンガ
少女・女性マンガ
少女・女性マンガ
小説・文芸
少女・女性マンガ